変化

「ヒロ」


 セオドアが呼ぶ。


「なんですか、セオドア様」


 こんなやりとりも、そのうちできなくなるのかと思うと、寂しさが込み上げてくる。あと何回こうして名前を呼んでもらえるだろう。しみじみと物思いに耽っていると、話が聞こえていないと思ったセオドアが再び名前を呼んだ。


「ヒロ」

「あ、はい!」

「なんだか最近ぼーっとしていることが増えていないか?」

「そうですか?」


 はぐらかそうとしたが、さすがに黙って消えたら後味が悪い。別れる時、セオドアには気持ちよく見送って欲しい。なので、少しだけ話すことにした。


「セオドア様の世話役を解かれた後のことを考えておりまして」


 セオドアはぎょっとした。


「ヒロはずっとここにいるのではないのか!?」

「いえ? さすがにセオドア様の病が治りましたら、私のやれることももうないでしょうし。今度は帝王学などを教えられるような家来の方が増えるのではないでしょうか?」


 ツカツカとセオドアはヒロの元まで歩き、その肩をがっしり掴む。


「ここを離れるのはだめだ! 騎士になるとか……!」

「今ですらセオドア様に抜かされているのですよ?」

「アイザック団長と婚姻するとか!?」

「セオドア様、血迷ってます」


 はっとセオドアは我に帰った。


「いや、今のは無しだ! アイザックに気があっては困る……」


 真正面から見るセオドアは、いつのまにかヒロの背丈を超えていた。透き通る瞳が綺麗で、思わず見つめていると、視線に気付いたセオドアの頬が赤く染まった。


「あまり見ないでくれ、ヒロ」

「セオドア様は照れ屋さんですものね」

「……ヒロはその、」


 セオドアが言い淀む。


「……好きな人はいるのか? だから帰りたがるのか……?」

「違いますよ、そうではありません。私にも、私の家族がいるだけです」

「いつでも遊びに来てくれるのか?」

「それは……」


 ヒロが言葉を濁すと、ふっとセオドアは苦笑いする。


「ヒロは、私に嘘をつかないものな。もうここには来ないつもりか……」

「いえ、その……」


 気まずい雰囲気が立ち込める。やっぱり言い出すのはやめておくべきだったかと、ヒロは後悔した。そうか、寂しくなるがいつでも遊びに来たらいい。そういわれる予定だったのに。


「僕が……」


 セオドアがぽつりと言う。


「僕が、ヒロのことを、気にかけていると言ったら、城に残ってくれるか……?」

「兄がそんなに欲しいのですか?」

「違う!……ヒロのことが、好きなんだ」


 消え入りそうな声で言われた言葉に、ヒロは一瞬理解ができなかった。……なんだって?


「私、男ですよ」

「ああ」

「十個以上上ですよ」

「そうなのか!?」

「はい」

「年齢、は、関係ない」

「それでも好きと」

「何度も言わせないでくれ……」


 ヒロがまず一番に思ったことは、どうしよう、だった。忘れてはならない、セオドアは十四歳。いたいけな少年を誑かしてしまったことになる。ヒロにその意思がなかったとしても、たった今、好きと言われた事実は変わらない。

 そして告白されたけれど、ヒロは弟のようにしか見えていなかった。自分より背が高い相手だったことには少しときめいてしまったが、腕を組んで「うーむ」と悩み声をあげたい気持ちだった。


「せめてセオドア様があと十個、年が近かったらなあ」

「……そうしたら、考えてくれたか?」

「そうですね……」


 内心、王族な時点で無理です、とは思っていたが、口には出さなかった。


「……分かった」


 この年頃で、おとなしく引き下がることができるなんて、セオドアは大人すぎる。と少々お節介なことを考えながら、ヒロはセオドアから一歩退いた。

 そうして、言われずともひとりになりたいだろうからと、セオドアの部屋をそっと後にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る