とんとんと、

 セオドアが歩けるようになった。今までベッドと浴室の往復だったので、これは快挙である。

 最初はヒロかエナが手を取って支えながら、廊下を一緒に歩くこと数日。セオドアは歩ける喜びから、歩行訓練によく励んだ。廊下だけでは飽き足りぬ、と言い始めたのは早かった。

 あっという間に廊下を往復できるようになり、今度はさらに遠くへ行きたいと言うものなので、エナと相談した結果、騎士団の訓練場に足を運ぶことにした。騎士団長に憧れているセオドアである。気に入ること間違いなしだろう。警護の問題に関しても、騎士団の側ならクリアのはず。

 そう国王に相談したいことを兵士に告げると、ジェンソン国王直々に、セオドアの部屋にやってきた。


「わがままを言っているんだって? セオドア」

「父様!」


 久しぶりのジェンソン国王に、セオドアは息子らしく歓喜の入り混じった声を上げた。国王は目元に皺を浮かべ笑いながら、体調が良くなりつつある息子を嬉しそうに見る。


「ヒロ、セオドアは手を煩わせていないか?」

「いえまったく。とても優しくて心根の良い方です」

「セオドアはな、今でこそ大人しいが、病になる数年前まではガサツでやんちゃで暴れん坊だったんだぞ?」

「父様!」


 今度はセオドアが非難の声をあげるが、聞いてしまったものは仕方がない。


「そうなんですか?」

「それはもう。女官の手を大いに煩わせる子だったのだ」

「父様、言い過ぎです。大げさです!」

「ふはは、元気そうで良かったセオドア。なかなか来れず、すまなかったな。この時期は執務が慌ただしくて時間が取れなかったのだ」


 そう言ってジェンソン国王がセオドアを抱き上げると、何回目かの「父様!」が響き渡った。


「僕、もうそのように抱き上げられる年ではありません! それに自分で歩けます!」

「なんだ、ヒロに見られるのが恥ずかしいのか」

「そ、そうではなく……!」


 普段落ち着いているセオドアも、父の前では形無しである。その頬は恥ずかしそうに赤らんでいた。

 最初を思えば、ずいぶんとふくふくしたほっぺになったなあ、なんて考えながら、親子団欒の時を見守る。


「それで、どこへ行きたいのだ?」

「騎士団の訓練場です、陛下」

「訓練場か。分かった。アイザックにも伝えておこう。無茶はするんじゃないぞ」


 ぐりぐりと頭をなでられて、髪の毛をぐしゃぐしゃにされながらセオドアは笑顔になった。


「はい!」


 ジェンソン国王はセオドアを降ろし、ヒロの方を見た。


「ヒロ、このあと用事はあるか?」

「いえ、特に」

「話がしたい。謁見の間に来てくれ」

「かしこまりました」


 ヒロが返事をすると、セオドアだけが何かに気づいたように挙動不審な様子を見せた。


「父様、」


 セオドアは何か一度言おうとして、言葉を探すように止まり、再び言葉を発する。


「ヒロを解雇したり……」


 言葉尻に向かってすぼんでいく声に、ヒロは瞬きをした。


「そういった話ではない。安心しろ」


 国王はセオドアの肩をポンと叩いて、ヒロに後に付いて来るように命じた。ヒロは王子に会釈をし、セオドアの部屋を出たのだった。


「……ずいぶん好かれているようだな」

「もったいないことでございます」


 謁見の間にて、ジェンソン国王とヒロは向き合っていた。


「セオドアの体調は快方に向かっている。先ほど顔を見てよく分かった。礼を言う」

「いえ、特には何もしておりませんので」

「ここ数年体調がすぐれなかったのが、今では訓練場まで歩けるようになったというのだぞ。何もしていないわけがなかろう。しかし……」


 国王は一度言葉を区切って、小さく笑った。


「子どもは聡いな。ヒロの帰りの件であるが、もうしばらく待ってはくれぬか」

「……いつ頃になるのでしょうか」

「せめて、普通の人のような生活が十分に送れるようになるまでは。あやつの笑顔を曇らせたくないのだ。許せ」

「……私も、セオドア様のことは、この世界から帰ったとしても気になるでしょう。ですから、多少伸びたくらいでどうということもありません」

「ありがたい」


 ジェンソン国王は、ひとりの親として、頭を下げたのだった。

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