見学

 セオドアの手を助けながら、エナと共に騎士団の訓練場まで行く。

 広場は部屋から見下ろしていたよりも広く感じた。その端を歩き、騎士団員が訓練の準備をしているところまで近付くと、一番近くにいた団員がこちらに気付いて、サッと敬礼の姿勢をとった。


「団長の元まで案内いたします」


 団員に連れられた先にいたアイザック団長は、黒くて丸い耳を持った獣人だった。騎士団長に就くほどの強さを考えるとおそらく草食動物ではなく、黒豹といったところだろうか。

 黄色い目でこちらを見やると、団員に指示を出した。


「全員敬礼ー!」


 あちらこちらに散らばっていた団員が、ザッと敬礼をするのは壮観だった。


「セオドア様、ずいぶんと元気になられたようで何よりです。今日は見学を?」

「ああ。よろしく頼む」

「そちらの方は?」

「エナは知っておるだろう。こちらは側支えのヒロだ。世話になっている」


 紹介されてお辞儀をすると、アイザック団長はヒロの細い手足に目を止めた。


「ヒロ殿の腕前は?」

「わ、私はまったく! 剣を持ったこともございません!」

「む。殿下の側にいるなら多少は鍛えねば」

「ええっと、武術より学術の方が得意でして……」

「いや、少しでも力をつけておいた方が良い。木刀を貸すので振ってみるように」


 団員の一人が木刀を持ってきて、ヒロに渡した。剣術なんてしたことがないのに、どうしろと。

 仕方なしに振り下ろして、アイザック団長を見ると、それで良いとばかりに頷かれた。


「ヒロ殿は団員の訓練が終わるまで、そうして木刀を振っているように」

「ええ!」

「む。何か不満かね」

「いやあ、最初から少しハードでは……?」

「筋肉をつけることは大事なことだ。休みながらでもやるとずいぶん違うぞ」


 アイザックはそう言って譲らなかったので、ヒロは団員の訓練中、木刀を振り続けることになってしまった。休みながらでも、普段運動をしていない体にはきつい。


「頑張れヒロ!」

「ヒロ、頑張ってください」


 セオドアとエナに応援されながら、騎士団の訓練を横目に、ヒロは木刀を振る。どうしてこんなことをしているんだろうか、と首を傾げたくなるが、運動不足の体であることは確かなので、この際いいかと、ヒロも訓練に参加したのであった。


「つ、疲れた……」


 セオドアを部屋に連れて帰るのに、ヒロはエナに代わってもらっていた。ひとりで歩くのが精一杯だったので。


「腕がプルプルするよ……明日は絶対筋肉痛だ……」


 カクンカクンとロボットのように一歩一歩慎重に歩くヒロを見て、セオドアが笑った。


「僕も小さい頃は同じようなことをさせられた。今はできないけれど、元気になったらやれるよ」

「……セオドア様に追いつかれないように頑張ります」

「こういうのは日々の積み重ねが物を言いますからね。頑張ってください、ヒロ」


 エナに応援されて、ヒロは頷いた。

 次の日はやはり筋肉痛におそわれ、手に豆ができて痛いとエナに愚痴をこぼすのだが、セオドアが訓練場に行きたがるのを止めるわけにはいかず、ヒロはその度に木刀を振る苦行に耐えなければならないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る