第5話 香水

 日直で遅くなったのもあるけど、冬は暮れるのが早い。

 上靴に履き替えているとき、誰かが後ろを通った。空気が微かに流れる。柔軟剤の匂いがした。

「ん? 今帰りなんだ。俺も」

 振り返って相手を確かめるタイミングがほぼ一緒だった。

「課題間に合わなくて居残りしてた。そっちは?」

 口を動かす。先輩との距離が少し近くなる。聞き逃さないようにって、相手からの配慮だよね。

「俺ね、日直の日誌、結構誤魔化して書く」

 自然と隣に来てて、並んで歩いて。動きがあるたび、ふわりと香る。

 声を大きくを意識して、首を傾げて先輩に聞く。

「香水つけてないし、たぶん柔軟剤……。もしかして匂い過ぎ? ヤバい?」

 悪い意味じゃなくて〜! 良い匂いだから〜!

「匂い、大丈夫そう……? そっか、よかった」

 なんとか伝わった。先輩の、笑うのを我慢してるのが少し気になったけど。

 正門で別れる。自転車に跨り颯爽と行く姿を見届けて。香りと笑った顔が繰り返される。

 先輩はもうすっかり遠いのに、なぜか緊張してきて、それなのに嬉しく思う私がいる。

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