第3話 あなたとわたし

 文化祭が終わる。最後の足掻きだと先輩はリクエストを募集し出した。即興で何かを描くというパフォーマンスも添えて。

 自己PRが上手な人のところには、お客さんの列が出来ていき、その状況がさらにお客さんを呼んだ。

 完成した作品は、お客さんにプレゼントされる。

「呼ばれてる」

 部員が私の肩に軽く触れて、耳にそっと声が入った。私? 人差し指が動く。驚きのあまりジェスチャーで返事をしていた。

「ほらほら! リクエストなんだから、待たせないの」

 私を見つけた先輩が、手首を掴み引っ張る。軽音部の。体育館で演奏していた人が。なんで。

「昨日の展示で、イラストの作者さん?」

 声が出なくて頷くだけ。相手の目は、あちこちに移動する。じろじろ見すぎだよ……。

「読書が好きそうな印象を受けるなぁ。絵描けるとか、カッコいいね」

 内側から熱い。たぶん、今、顔赤い。

「あなたは紙とペンだけでいいから、隅の空いてる机で出来るよね」

 周りがパパッと用意してしまう。お客さんからのリクエストだ、描かないと。


「あ、イラストの作者さんなら、俺の願い聞いてもらってもいい?」

 願い? 声より仕草のほうが応えるのが早くて、首を傾げていた。

「俺、演奏してみたっていう動画、上げてるんだ。それでね? プロフィール画像、いっつもベースでさ。他のメンバーは絵が上手い知り合いに描いてもらってて、俺だけ無いの。こういうの、描いてもらえたらなーって思う」

 プロフィール画像。絵の大きさは問題じゃない、平気。ただ、どういう人かっていうのを分かりやすくしないといけない、それが問題。

 指でサッと流れていく画面で、あなたの事だと伝わらないといけない。そんな大事なことを文化祭のこの短時間で描く……?

 賑やかに感じていた音が、時間の進みを狂わせる。どうしよう。手が動かない。動かないなら話さなきゃ。この時間では無理でも、描けるって約束を――

「俺の演奏……あ、体育館でやったんだけど、来てくれたりした? まぁ無理でも動画に上げてるから、いつでも聴いてくれたらいいけどね」

 制服、ズボンのポケットから何かを出す仕草。スマートフォンをササッと操作して、横を押すのは音量だよね、どうして?

 大勢の声。歩く音。机と椅子の音。たくさんの音が混ざり合った賑やかな教室。相手は私の耳元にスマートフォンを近づけた。耳に入ってくる柔らかな音色。

「音、聴こえてる? 大きさは丁度いい?」

 さっきは俯いて困らせたと思うから、何度もしっかり頷いて応える。


 相手と私だけのような、不思議な気分だった。だんだんと居なくなるお客さん。本当にもう時間が無い。必ず描くと約束は言わなきゃ……。

「俺ね、このSNSやってるんだ。そっちは? 何かやってる?」

 見せてくれたSNSは、偶然にも私もやってて、趣味のイラストをいくつも載せていた。スマートフォンを急いで出して、SNSのページを見せる。相手の表情がパァッと変わる。

「おっ、同じアプリだ。え! めちゃくちゃ描いてるんだ。フォローしていい? 連絡も取りやすいし」

 大きく頷いてみせた。相手の指がサッと動く。少しすると私のスマートフォンに通知が入る。画面にある名前は、文化祭で私のイラストにコメントを残してくれた人でした。

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