第6話




飛鳥に連れられ2-Dの前まで来てみたものの…中からは泣き声や歓声が聞こえてきて壬黎は思わず半歩ドアから離れた。





「…入りたくない」




「諦めろ」




「あたしの自己PRって諦めが悪いところだと思うんだよね」





そう言い捨て逃げようと走り出したものの彼女の身体は全く前に進まない。それどころかズルズルと後ろに引き摺られぽいっと教室に放り込まれていた。




そんな間抜けな絵面よりも中の生徒達は1人の男を取り押さえるのに必死である。





「もう離しませんよォ、白夜びゃくやさん!」




「おい、やめろ」




「うわァ…」





壬黎が放り込まれた先には5、6人の男を背中にくっ付け、腕からぶらさげ、更には足にしがみ付かせている長身の男の姿。その光景に彼女からドン引きした声が自然と出るのは仕方のない事。




まるで子供をあやす保育士の如し。くっついているのは子供なんて歳でもない男達ばかりなのだが。





「いつまでやってんだ。お前ら出席取るから白夜から離れろ」




「そんな事言ったら白夜さん逃げますもん!」




「大丈夫だ。奥の手を用意した」





奥の手?みんなが首を傾げる中飛鳥はじっと壬黎を見やるのだが、見られている本人も奥の手って何だろう?と首を傾げていた。




待てど暮らせど言葉を発しない飛鳥に更に首を傾げ彼女は自分の手を見下ろしてみたものの、そのグレーの目の視界に入るのは中身が入っていない形ばかりのトートバッグである。





「壬黎さん…?」




「あ、逃げる!壬黎さん逃げるぞ!抑えろ!」




「……まっずい」





教室中の男が自分を見ている事に気付き、そしてポツッと呟かれた自分の名前に彼女は我に返り走り出そうとしていた。




そもそもあんな大男達を何人も彼女は身体に引っ付けられない。逃げようとするとひょいと誰かに抱えられブランと宙に浮いた足に壬黎の目は点になっている。





「はい、壬黎さん確保ォ」




「あ、圧縮して道端に捨てる…!」




「…え?物騒すぎますって」





ふわりと背後から少し甘い匂いがして彼女が振り向けば、突進してくる男の軍団から遠ざけ抱えていたのは紅龍の幹部補佐である男、聖夜のえるの姿。




男達を何人も身体にくっ付けていた男の姿を近くでニヤニヤと笑いながら楽しそうに見ていたのも彼である。





「聖夜、そいつこっちに寄越せ」




「…何で白夜まで物みたいに扱うの?」




「ハ?」





ため息をつき聖夜から壬黎を降ろす先程まで人を沢山身体にくっつけていた人物。助けてもらったものの壬黎が気に食わないのは何言ってるかわからないって顔をしてるところである。




紅龍の副リーダーである白夜は先程のヤンキーが言っていた騎士なんて立派な異名が付いている。どこが騎士なのかは壬黎には微塵もわからないと思われている挙句、スマートのスの字もないし勇敢のゆの字もないとも思われているのだが。





「いやァ、やっぱり2人が揃うと威圧感ありますね。さすが紅龍の阿吽」




「何そのだっさいネーミング」




「これ結構有名っすよ?紅龍の2トップの龍と騎士は常に一緒だって」




「常に一緒ではないかな」





紅龍。全国的にもトップ争いをしているいわゆるやんちゃチームである。メンバーは20人と少ないものの傘下や同盟は多数。そんなチームのリーダーは壬黎だったのだ。




彼女としては諸事情があり紅龍を抜けたはずなのに…何をどうしたのか先代である斗眞に彼らは泣き付き、ものの見事に確保する作戦は成功していた。





「お前ら、そろそろ出席取らせてな?」




「すいません、飛鳥さん」




「いや、白夜は…何も悪くない、はずだ」




「…何であたしなの?」





だってお前のせいじゃんと言わんばかりの視線を壬黎へ向ける飛鳥。そもそもの原因は彼が奥の手と彼女を犠牲にしたことから始まっているのだが、そんな事は棚に上げられている。




名簿をつらつらと読み上げている飛鳥にムッとした顔をした後に壬黎が中指を勢いよく突き立てればチョークが彼女目掛けて吹っ飛んできている。それすらもあまり動揺せずに彼女は避けているのだが。





「てめェ目がマジなんだよ!」




「学校の先生がてめェって言っちゃダメだよ、飛鳥さん」




「俺を狩る気だろ!そうだろ!」





狩るなんて滅相も無い。彼女がわざとヘラッと笑って見せればため息をつかれ、更には後ろを指さされ。




気付けば教室中がしんと静かになっていて壬黎が振り返って見れば教室にいた全員が壁際にぎゅうぎゅうとより、何かから逃げるように身を寄せ合っていた。




人1人殺しそうな目してたぞ、やべェよあの人。そんな囁きまで聞こえてくる。





「…ごめんね?」




「し、心臓に悪いっす」




「殺人鬼みてェな顔だった」




「白夜は平気なのに…」




「白夜と他の奴を一緒にするな。それに…俺が現役退いていくら経つと思ってんだ」





たかが数年されど数年。紅龍を引退してから身の危険をを感じることが無ければ感覚は普通の人間に戻っていくものである。




それは半ばリーダーの座を押し付けて退いたはずの彼女にとっては一生無いことだった。





「壬黎?」




「…ん?」




「ところで壬黎さん、白夜さん」




「なァにノエルちゃん」




「この状況なんでもう逃げらんないっすけど…戻って来てくれますよね?」





いつの間にか教室の隅っこにいた生徒達は壬黎と白夜をぐるっと囲み、もう逃げ場はないと言葉通りの行動をしていた。




囲まれた2人の頼みの綱の飛鳥は出席取ったから行くなと名簿片手に気付いたらドアの外。ピシャリとドアを閉めて立ち去ってしまっている。





「えェ…」




「逃さねェっすよ」




「おい、どうすんだ」




「ノエルちゃんも逞しくなったよね。勝てるって算段なんでしょ?」




「ま、そうっすねェ」





逃げようと思ったら強行突破しかないと思うんすけど…俺ら相手に本気で殴る事出来ないでしょ。そう言ってニヤアっと意地悪く笑う聖夜に思わず彼女は顔を歪めた。




ズル賢いというか、計算高いというか。さすが参謀と夜行を補佐する役目に居るだけあり全てが聖夜の作戦通りに進んでいる。





「ノエルちゃんが居るからみなとを次に指名したんだけど…」




「意外と俺やる事多いんで。しかも湊さんも今年までだし」




「あれ…そんなにノエルちゃんにまかせてたっけ?」




「聖夜は湊だけじゃなく俺の補佐だったろ」





しれっと白夜がそう言い聖夜は頷く。確かに彼は夜行隊長も兼任してるのだが。




あたし、そう頼んだっけ?壬黎がそう聞けば白夜は縦に聖夜は横に首をそれぞれ振り始め真逆なそれにピンと来たのだった。





「勝手に白夜がノエルちゃん独り占めしてるって事?」




「語弊があるんでその言い方やめてもらっていいっすか?」




「どうりで暇そうだったもんね?おっかしいなーとは思ったんだよね?ついつい暇そうだし更に仕事振っちゃったよ」




「大変だったな」





聖夜が。さらっとそう言い眠そうに欠伸をする白夜。その態度に呆れながらもグレーの目を聖夜に向けると確かにやつれていた。




手招きするとフラフラと近寄って来るその姿にお化けみたいなんて思考が彼女には一瞬過ぎっている。





「ノエルちゃん」




「はい?」




「ごめんね、頑張ってくれてありがとう」





彼女が優しくそう言えば彼はどばっと無言で号泣し始めてしまった。ぐずぐずと鼻をすする音まで聞こえてくる。




(あれだけ強がっていても実は甘えたなところは昔から変わってないなァ)

クスクスと笑う壬黎に普段であれば聖夜は反論をするのだが、疲弊しきりあまりそんな余裕はない。





「君、本当会った時から変わらないね」




「…ほっといてくださいよ」




「放っておけないからこうやって甘やかしてるんでしょ」





椅子に座らせするりと甘ったるそうな薄いピンクの頭を撫でてやればぎゅうっと壬黎にしがみつき、ずびっと鼻を啜る音までしている。




そんな2人の背後ではガタガタと何かの物音がしているのだが、どうせろくでもない事だと彼女は振り向く事はなかった。





「俺、今すごく大変なんすよ?」




「そりゃ白夜に全部押し付けられればね」




「それだけじゃないですって」





壬黎が首を傾げると深いため息が聖夜の口から吐き出された。さっきまで泣いてたはずの彼は呆れた顔に表情が切り替わっている。




情報という情報を全て管理してるんですなんて言われて彼女の頭上には余計にハテナが浮かび始めていた。





「あれ、湊は?」




「湊さんはどっかの阿吽の2人が急に辞めるとか言って行方くらますからその処理に追われてます」




「わァ、すごい大変」




「このまま俺が過労死してもいいんすか?」




「…よくはないかな」





なら戻ってくれますよね?顔を上げしてやったり顔をする聖夜に壬黎はへにょっと眉を下げ困った顔をし始めている。




囲んで取り押さえるだけでは無駄だと理解していた彼は元リーダーである彼女が仲間内には甘く、特に自分には甘い事も理解しており…泣き落とし作戦も言わずもがな大成功したのだった。




わかったよ…と降参したように壬黎が言えば教室にいた全員が作戦成功に歓声を上げている。

(これだからここは離れられないのかもしれない。)



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