第5話



「いやァ、悪いな!」




「ちょっとでも悪いと思ってるならちゃんと謝って」




「お前ね、それが兄ちゃんにする態度なの?」




「…ハア?」





何を言っているんですか?そう言わんばかりの返しをする女子高生に向かって、大人気なくそして騒がしく怒り始める成人男性を壬黎と飛鳥は並んで眺めていた。




場所は変わって理事長室。飛鳥の手により壬黎がズルズルと引きずられ連行されたこの場所は騒がしい男、壬黎の兄である斗眞とうまの執務室でもある。





「…用事はなんなの?」




「お前が抜けたって聞いてさァ」




「そうだね」




「少しは動揺してみような」




「こっちも考えがあってだし」





内心ドキドキですよと壬黎は適当に笑いながら言うのだが、その顔を見て飛鳥は微妙な顔を向けた。とうの昔に卒業したはずの彼ら2人がこうして彼女を問いただすのは理由があるからである。




壬黎があまり触れて欲しくないとわかっていながらチクチクと突いてくる斗眞は心配もしているのだが、そのとうの妹には嫌な顔しか向けられていない。





「でもさァ、後輩に泣きつかれたらどうにかしなきゃって思うじゃん?」




「ふうん」




「何でもお前指名するだけしてほいっといなくなったらしいじゃん」





そりゃ、自分勝手じゃない?そう斗眞に図星を突かれた壬黎は反論することは出来ずにムグムグと口を噤む羽目になっている。




それほどまでに力を付けてきていた所が相手だったのだが…それは目の前の2人も彼らに助けを求めた人物達も知らぬ事だった。





「そういうわけでお前達を呼び出して可愛い後輩に全面協力したんだけど」




「達…?」




「教室に行けばわかる。この為にクソ忙しい中あの高校合併させて、ついでに散り散りになってるお前達をこっちに編入させたんだから」




「……それ喋っていいのか?」





しまった!そんな顔をする自分の兄を見て壬黎はまたもや嫌な勘が働いた…否、もうそれは勘でも何でもなく事実な事を理解している。




(そんなホイホイと人呼べるもんなの?そんな力兄貴にあんの?)

壬黎はやってしまった事に対しての疑問よりもどうやってそれをやってのけたかの方が気になってしまっていた。





「壬黎が来るよって言ったらみんな芋づる式で釣れた」




「人を魚の餌みたいに…ちょっと飛鳥さん」




「俺も今回ばかりは斗眞の味方だからごめんな?」





どうにかしてと言わんばかりの顔を飛鳥に向ける壬黎だったが両手を上げ無理と意思表示をする彼へ向かって小さく舌打ちをしていた。




ま、とりあえずいってらっしゃい。会話も空気も何もかもぶった斬る斗眞の一言と共に彼女は理事長室から締め出しをくらった。

(何でもありは学校のシステムだけじゃないの?)

ドンドンと理事長室のドアを叩くがうんともすんとも言わず、ドアノブを捻ってみるが動かず。





「諦めな」




「ングゥッ!」





うんともすんとも言わなかったドアが開き、出てきた飛鳥に軽く頭をなでられ壬黎はギリギリと歯を食いしばりすぎて変な声が出ている。




まるで慰めるようなそれなのだが飛鳥は先程の発言通り今回ばかりは斗眞側で全然慰めになってない。するすると頭を往復する手を彼女はぺしりと叩き落とした。





「ほら、とりあえずクラス行くぞ」




「嫌だよ」




「いいから行くんだよ」




「飛鳥さんなんて嫌い」




「そうか」





飛鳥に連れられ…否、首根っこを引っ掴まれ教室まで歩くその道のりで壬黎は察してしまっていた。




2-Dとは商業科でヤンキーの集まりで、もっと言えば彼女の顔見知りの集まりで…敵の集まりでもある事を。





「お前…さすがにそのままだと目立つな」




「飛鳥さんも十分目立ってるよ」





そこかしこで囁かれる紅龍くりゅうという単語に僅かに顔を歪めながらも聞こえなかったふりをして歩く壬黎。




囁かれている原因は彼女だけではなく飛鳥にもあるのだが。





「ラッキー!龍じゃん!ここで仕留めるか!」




「これで俺たちがてっぺんだな!」




「今なら丸腰だ!」




「てめェら今ここでこいつに仕掛けてみろ。消されるぞ」




「ゲェ、永谷ながたにだ…」





何かが起こる前に彼女を背に庇いピシャリと言い放つ飛鳥。勇敢にも応戦しようと一歩踏み出していた壬黎はその背に勢いよく顔をぶつけた。




飛鳥は目の前の生徒ではなく壬黎を止めようとしたのだが、それは彼女も理解していて迷惑そうな顔を飛鳥へむけている。

(ていうか、消されるぞって言い方もおかしいよ、この人…)





「おい、龍さんよォ。騎士ナイトはどうした?俺ァあいつにでっかい借りがあんだよ」




「…さァ?」




「揃いも揃って舐めやがって!」




「飛鳥さん先行ってて」




「あのな、俺一応お前らを預かってる側だからな?わかってるか?」





よし来たと腕まくりをして飛鳥を押し退け…次の瞬間ベシッ!ベシッ!絡んで来た男と何故か自分まで頭を手に持っていた名簿みたいなもので勢いよく叩かれ、壬黎の頭にはハテナが浮かんでいた。




何でお前叩かれてんの?知らないよそんなの。そう言い合う壬黎と男子生徒に叩いた張本人は大きなため息をついているのだが。





「お前も学生なんだな…」




「ちょっと…それどういう意味?老けてるって言いたいの?」




「えげつねェ強さだって聞くからバケモンかと…」




「あたしを何だと思ってんの君は」





顔を歪めて聞けばすまんとしょんぼりしている男。鬼銀きぎんというチームに所属していると彼がそう言った瞬間壬黎の顔は思い切り引き攣ったのだった。





「壬黎!置いてくぞ!」




「あ、待って。置いてかないで」




「おい、龍!リーダーがあんたの事探してんぜ!」




「会いに来るなら自分が来てって言っておいて!」





彼女はその鬼銀のリーダーだけには会いたくはないのだ。問い詰められるのが目に見えている。



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