多恋人
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零章 Jailbreak
Language Exchangeアプリを通じて学習を目的という建前のもと訪日外国人と交流を持つことが可能だ。
一足飛びに性的な関係性へと発展することもある。
要は出会い系ってこと。
体だけを目的とした出会いなら安く済むほどいいかもしれない。
僕はただその不定形な、語彙さえ通用しない文脈と文脈の間に、共通する要素を見ようとする。息継ぎもできないほど潜っては溺れそうになる。あと少しで手が触れるという予感だけをあとにして。
*
連絡先を交換してからは早かった。
ナイトバーで働くNaakは逢引きの目的がはっきりとしていた。
毎晩のように煽るアルコールと深夜までの接待の日常に潤いを。
決して豊かではない収入の足しに、必要な生活用品を添えて。
体の関係へは抵抗はないという。二つ返事で約束を取り付ける。
お互いつたない英語で会話する。
Naakのタイ訛りと時制の不一致を連発する僕との会話はおよそ会話と呼べるようなものではなかったけれど。
「まずはレストランに行きたい」
そういうのでランチタイムの焼肉に連れて行った。
食べ放題メニューを選ぼうとしていたので、ランチの中からしか選べない釘を指す。
二人分のメニューが到着する。
とくに話すこともないので無言で肉を焼く。サラダをつまむ。白米をかき込む。
並行する線がなくても成立する図形のように実態のないテーブル。
向こう側には学生と思しき集団と熟年の夫婦が和気藹々と肉を取り分けている。
食べ終わったらすぐに会計を済ませて、店を出る。
「服を見たい」
事前に聞いていた通りショッピングモールのテナントへと足を運ぶ。
Naakはいきなり靴のコーナーに足を踏み入れた。フィッティングしてみたら?と尋ねると次々と足を突っ込んで試していく。
「これにする、いい?」
値段を見ると、まあまあ想定内。ふつうのコンバースのそれと変わらない。
会計はせずにラッピングはせずに袋に入れてもらう。
Naakは冬の寒さに耐えられるジャケットを持ってないらしい。今日も薄手のパーカーを羽織っているだけだ。
それじゃ自殺行為なので、ウールと合成繊維のコートを試着させる。
マイルドなピンク色のコートが似合っていたので、それもレジを通す。
「ありがとう」と何度もいう姿はほんとうに嬉しそうに見えた。
*
「このあとCoffee Shopはどう?」
生理がきたから、と翻訳機を通して伝えてくきた。
SEXするつもりはほとんどなかったけれどホテルに行く約束だから、IC近くのホテルまで向かうことにした。
そこでゆっくりコーヒーを飲めばいいだろう。
到着する。チェックインを済ませてエレベータに乗る。
ガランとした空間に点々と使用中のランプが浮かんでいる。
まるでそれは現世と別の世界の中間地点のように現実味が欠けていながら、生活感にあふれていた。
ドアを開いてコートをハンガーにかける頃にはNaakはノリノリで、AVのチャンネルを回していた。
ソファに並んで腰掛けて、軽いタッチから徐々にヒートアップする。
「Kissして」
その言葉で火がついて、燻る材木に無理やりマッチを擦り付けるような火だったが、お互いに絡み合う。
上を脱がせるとその体躯から想像していた通りの巨大な乳房が露わになった。
焦茶色の肌は瑞々しくハリがあり、触れているだけで気持ちよかった。
敏感な部分に触れるとNaakは激しい吐息とときおり声を漏らした。
「生理中だけど洗ってから挿れたい」
いつか誰かから聞いたようなセリフをここでも耳にした。
無言で制してから乳房に僕の勃起した部分を挟ませる。
既にあったまっていたので1、2分で臨界点に達して射精した。
「ティッシュとって」
そうNaakが言っている合間も数回の脈動を繰り返して、
その巨大な乳房の谷間から精液はあふれて溢れていった。
いっしょにシャワー浴びようと言ってくれたが、先に向かわせてスマホでいくつかのメッセージをチェックした。
もう会うことはないんだろうな。
しばらく部屋で時間を潰したあと、適当な理由をつけてホテルを出る。
家の前まで送ったあと今日はありがとう、とお互いに告げる。
助手席のウィンドウ越しに見送ったが振り返ることはなかった。
*
会津若松の中心からやや外れた歓楽街の通りに質素な外観のパブがある。
そこでタレントとして毎晩歌や踊りを披露しているフィリピンの女性たち。
その中の一人と僕は知り合いになり、会う前から意気投合した。
単なる指名客に対する色恋営業を間に受けたふりをして。
単なる飲食店員に対する好意を受け取ったふりをして。
思いの強さやタイミングや位置関係で我々はすれ違い、傷つき落胆し、また期待を膨らませていく。
最初からそれがゲームとわかって尚その真っ只中へ突入する。
きっとそこには新しいときめきが待っていると信じて。
多恋人 as @suisei_as
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