第3話:遠い異国の浜辺に流れ着く代わりに30年先の未来に届いたボトルメール

 オーストラリア北東部クイーンズランド州のイェプーンという町の15キロ沖合いにグレート・ケッペルという名の島がある。世界遺産に登録されている大珊瑚礁帯グレート・バリア・リーフの一部である。教会のキャンプでこの島を訪れていた同州イプスウィチ在住のマリー・マイヤットという名の18歳の少女が青く美しい海に夢を託した。ワイン瓶に手紙を入れて流したのだ。


 ボトルメールが海流に乗って異国の浜辺に届くような話はめったにない。たいていのボトルメールは、夢のない結末を迎える。投入された場所の近くの海岸にゴミとして打ち上げられてしまう。ボトルメールを流すのがたいてい子供や若年者であることを考えると、幼き日・若き日の夢がはかなく、かなわぬものであることを暗示するかのようである。


 18歳の少女マリー・マイヤットさんがグレート・ケッペル島から流したボトルメールも、やはり例外ではなかった。しばらくは海上を漂っていたに違いないが、結局、流した場所から15キロほどしか離れていない対岸のオーストラリア本土の町イェプーン近くの浜に打ち上げられてしまった。


 2006年の9月、偶然にもマリーさんと同じくイプスウィチ生まれイプスウィチ育ちで、マリーさんより3つ年下のマーク・ハッチンズさんという45歳の男性が家族と一緒にその浜に釣りにやって来たときに、マリーさんのボトルを見つけた。マークさんは、いつも浜に着くと、波打ち際を散歩することにしている。その日もそうして波打ち際を歩いているとワイン瓶が目に入ったのだという。


 ボトルを取り上げてみると、中に手紙らしきものが入っているのがわかった。マークさんの妻がボトルを日にかざして、手紙の文字を読み取った。手紙の日付を見て、その場にいた家族全員が驚嘆の声を上げた。確かに“1976”という数字が記されていた。30年も前に流されたボトルメールだったのだ。


 手紙には、流し主の住所も書かれていた。それは、マリーさんが十代のころに住んでいた家の住所であり、現在は違う場所に住んでいるが、最終的にマークさんはマリーさんと連絡を取ることができた。


 30年前に流したボトルメールを見つけたという思いがけない連絡を受けたマリーさんは、びっくり仰天してしまった。マリーさんは言う。「こんなにも年月が経ってからボトルメールが見つかったのですから、驚かない人はいません」


 まだ18歳だったころの遠い記憶を呼び覚ましてくれる思い出のボトルメールとの再会を30年ぶりに果たしたことで、現在48歳のマリーさんは心癒される思いがしたと話している。マークさんとマリーさんは、以来、家族ぐるみで友達付き合いをしている。


 マークさんは、ボトルが30年も経ってから見つかった理由をこう分析している。「ボトルは、浜辺に流れ着いた後、砂に埋もれてしまったのでしょう。最近、海が荒れたときにボトルが再び姿を現したに違いありません」


 つまり、こういうことになる。


 18歳の少女が大珊瑚礁帯の島から流したボトルメールは、やはり異国への海流に乗ることなどできず、付近の海を漂った後、スタート地点から十数キロしか離れていない対岸のオーストラリア大陸の浜辺に打ち上げられてしまった。少女が夢を託したボトルメールを開封してくれる者は久しく現れなかった。


 打ち寄せる波にさらされる日々が続いた。何十日、何百日、何千日。やがて、ボトルは砂に埋もれ始めた。海が荒れるたびに、ボトルの上にさらに砂が厚く堆積していった。もはや、人目に触れることのない深さにまで埋もれてしまった。


 ボトルを流した少女は、二十代になり、やがて三十路に達し、四十路に達し・・・。そうして、30年の歳月が流れたころ、海がひときわ荒れて堆積していた砂が洗い流された。ボトルは何十年ぶりかに日の目を見た。そこに、家族を連れた一人の男性が現れ、ボトルを拾い上げた。18歳の少女がそのボトルを海に流したとき15歳の少年だった彼も、30年の歳月を経て45歳になっていた。


 30年という歳月は長いようでいて短い。ボトルメールは紛れもなく人工物だが、こんなふうに大自然と一体化してしまうと、30年など瞬く間。少女が流したボトルメールは、海流に乗って遠い異国の浜辺に届く代わりに、こうして30年先の未来に届くことができたのだ。


 タイムカプセルを浜に埋めておいた場合と結果的にほぼ同じだが、こちらの方が驚きに満ちている。30年前を振り返ろうにも、その当時はまだ生まれていなかったという読者も多いだろうと思うが、たまには思い出の品を取り出して来て追憶に浸るのもいいかもしれない。


■ Source: Note in a bottle makes 30-year return voyage


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