第2話:6歳少女が海に流したボトルメールが豪華客船よりも速く地球の裏側に届いたミステリー
ボトルメールが大洋を渡って異国の浜辺に流れ着く。きっと誰かがボトルを見つけて知らせてくれる。純真な心の持ち主なら、そう信じてボトルメールを海に流すかもしれない。でも実際には、いつまで経っても付近の海を漂っていて、結局は数キロも離れていない浜辺にゴミと一緒に打ち上げられてしまう――そんな夢のない結果になることの方がはるかに多いらしい。
だが…2005年、英国の少女キーリー・リードちゃん(6歳)は、ボトルメールへの返事をオランダからもらった。そのボトルメールを海に流したとき、キーリーちゃんはまだ3歳だった。スコットランドのエジンバラ近郊の小さな海岸の町アバードの浜辺から流したものだった。そのボトルメールは2年がかりでオランダの浜辺に到着し、現地の海で泳いでいた人が見つけてくれたのだった。
スコットランドからオランダまでは、直線距離で600キロほど。その距離の海をボトルが渡り切るのに2年かかったということになる。
その経験で自信を深めた彼女は2006年、休日に祖父母と訪れたスコットランド北東部のモレー湾からボトルメールを流した。ボトルと言っても、実際にはガラス瓶ではなくペットボトルである。その中に連絡先を書いた手紙を入れて、海に投げ込んだ。
今度は、潮の流れに乗ってスカンジナビア半島の浜辺に届けばいいな・・・と期待していた。だが、前回のボトルメールがオランダに届くのにさえ2年の月日を要した。今回も気長に待たないといけないはずだった。
ところが、2ヶ月もしないうちにボトルメールへの返事が届いた。しかも、スコットランドから見てちょうど地球の反対側に位置するニュージューランドから届いた返事だった。差出人は、ニュージーランド北島(ノースアイランド)のワンガマタに住むジェームズ・ウィルソン君という少年。しかも、キーリーちゃんと同い年の6歳である。
海でボトルを拾い、中に手紙が入っていることに気づき、返事を出してくれたのだった。キーリーちゃんがボトルを流してから、ジェームズ君がボトルを拾うまでに経過した日数は、わずか47日だったことがわかった。
スコットランドとニュージーランドの間にはアフリカ大陸とユーラシア大陸が存在するため、海路は迂回するかたちになり、ずいぶんと長い距離になる。太平洋周りよりも大西洋周りの方が近いが、それでも3万2千キロ以上ある。
つまり、キーリーちゃんのボトルメールは、たったの47日で3万2千キロの海を渡り切ったことになる。速度を計算してみると、1日の移動距離が684キロ以上、平均時速にして29 km/h 以上であったことになる。
1860年に当時快速客船として知られたThermopylae号がロンドンからオーストラリアまでの最短記録を打ち立てたが、その航海日数は63日だった。
今日の豪華客船の旅ですら、英国からニュージーランドまでは最長で40日ほどかかる。しかも、キーリーちゃんのボトルとは違い、大陸を迂回せずにパナマ運河またはスエズ運河を通過して、この日数である。運河を使わなければ、もっと日数がかかる。キーリーちゃんのボトルの方が速かったということになりそうだ。
キーリーちゃん本人は、自分の流したボトルがたった47日でニュージーランドに届いたことに不思議さを感じている様子はなく、ただ率直に返事が来たことを喜んでいる。「わたしが思っていたより、ずっと遠くにボトルが届いたので、とても嬉しいです」と。
なんせ、彼女は前回の実績もあるわけで、ボトルメールが遠い異国に届くのは当然のことのようにさえ思っているのだろう。だが、もちろん大人たちは首を傾げている。
①キーリーちゃんがボトルを流した海岸から数キロの位置にあるマクダフ海洋水族館のクレア・マシューズさんは、次のように驚きをあらわにしている。
「ニュージーランドですって? スコットランドから流したボトルが届く見込みが最も薄い場所じゃありませんか。普通なら、大西洋の真ん中でボトルが立ち往生するのが関の山ですよ。いったい全体、何がどうなってボトルが大西洋を渡り切り、ニュージューランドまで届いたのか、まったく理解できませんね」
②キーリーちゃんの祖母パール・リードさんも、実は少し懐疑的だ。
「どうやってボトルがニュージーランドに届いたのか、まったくわかりません。やっぱり誰かが(近くの海で)ボトルを拾った後、飛行機でニュージーランドまで持って行ったのでしょうかねえ? ミステリーです」
③スコットランド・アバディーン市の漁業研究所のビル・ターレル博士は海流の研究を専門としているが、第三者が介在したのは、ほぼ間違いないと述べている。
「私は常日頃から科学者たるもの、あらゆる可能性を考慮に入れ、可能性がある限りは検討の余地を残しておくべきだと考えています。ですが、ボトルが自力でニュージーランドに到着するというようなことは、絶対にありえません。誰かが(近くの海で)拾い上げたと考えるほかありません。
「(風や嵐などの)気象条件が作用したということも考えられません。気象現象が赤道を越えることはないからです。いたいけない少女の夢を壊したくはないのですが、これは絶対にありえないことなのです」
★ ★ ★
実際、海流図を見ると、スコットランドから流されたボトルがニュージーランドに辿り着く可能性は皆無としか思えない。表層流に関しては、むしろニュージーランドからグレートブリテン島方面に向かう海流ばかりである。まったくの逆流ということになる。
ただし、深層海流図を見ると、まさしくグレートブリテン島からニュージーランドに向かう流れが存在する。とはいえ、ボトルメールは海上を漂っていたはずなので、この流れに乗ることはありえない。そもそも、海流に乗ったにしても、47日で3万2千キロの移動距離(時速29 k/m)の説明にはならない。
やはり、第三者が近くの海で拾い上げて、飛行機に乗ってニュージーランドまで運んだのだろうか? だとしたら、夢がなさすぎる。いくつか別の仮説を立ててみよう。
☑クジラやイルカなどの大型海洋生物が英国近海でボトルを誤飲した。その後、ニュージーランド付近まで旅をしたところで、排泄物と共にボトルが体外に出た。そして浜辺に打ち上げられた。
クジラは時速数十キロで泳ぐことができるので、時速29 k/mの説明も付きそうだ。この説は、あながちありえなくもない気がする。われながら次のように自己評点を与えておこう。
☑海には、実は、ペットボトルくらいの大きさの物なら通過できる「ワームホール」が存在する。ボトルはワームホールを通過して、ほぼ一瞬にしてニュージーランドに到着していた。47日後にようやく発見されたのである。
ま、ワームホール説がアリなら、タイムスリップ説やパラレルワールド説もアリということになってしまうわけだが。
★ ★ ★
ちなみに、幼い少女が連絡先を記入したボトルメールをむやみと海に流すことには、リスキーな面もある。海を渡ればよいが、近辺の海岸に打ち寄せられることの方が多いからだ。それを変なおじさんが拾うと、「変なおじさん」と言うギャグで済まない展開になりかねない。
【追記】
「バラスト水」説も出ている。可能性はあると思う。
ただし、最近、バラスト水による生態系への影響が問題視されている(貝の幼生を本来の生息海域外に運んでしまうなど)。このため、最近の船舶の場合は、バラスト・タンクに浄化装置やフィルタなどが設けられているようだ。つまり、ペットボトルがバラスト・タンクに取り込まれるか、あるいは取り込まれたとしても排出されるかどうかが問題である。(古い船舶の場合は、フィルタも浄化装置も付いていないかもしれないが)。
また、竜巻説なども出ているが、これは記事内で引用している「気象現象が赤道を越えることはない」というビル・ターレル博士の言葉が示す理由により、ほぼ否定されると思う。たとえば赤道の北で発生した竜巻が赤道の南に移動することはないとされている。筆者はこの方面にあまり詳しくないので、うまく説明できないのだが。
■Sources:
・Bottled message bemuses scientists
・Girl's message in a bottle reaches New Zealand
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