盗聴二・二六事件

「結局のところ、日本の貸金庫事業自体が、明治の頃から不正にアクセス出来たんじゃないの?」


 三茶助教は、その後も脱線し続けた話を「と思うんだよね〜」と本題に戻した。


「二・二六事件では、戒厳司令部、陸軍省、逓信省が協力した盗聴記録が残っているんだけど、その一か月くらい前から憲兵隊が勝手に盗聴しているんだよね。

 で、通信の秘密を守るべき通信省の職員が、その盗聴に勝手に協力してるのは……」


「やばくない?」と、鼻に皺を寄せて上の前歯を見せた。


 (そのもみあげの長さでそれはないだろ。むしろそっちのほうがやばいだろ)


 もう、本を読むことを諦めて話に加わっていた御茶ノ水は、プレーリードッグのような三茶に少しイラっとしていた。


「当時の公務員って、天皇陛下に仕えている官吏かんりのはずなのに、逓信省の人が独断で盗聴に協力するのはやばすぎるでしょ。仮に雇人や傭人であったとしても、自称尊王攘夷の御用盗じゃないんだからさ。

 そうなると、民間の銀行員なんか、鼻息で飛ばされるんじゃないの? 森永卓郎風に言うと」


 (……森永卓郎って、そんな風なこと言ってたっけ?)


 御茶ノ水は、首をかしげた。


「ああ。それって、長いものには巻かれろ、ってやつっすね」と親子四代警察官一家の長男江古田が頷く。


 戦後、警察官の給料が安いときには、気にいらなきゃ何時でも辞められるとなったらしいが、今では高給取りだからと、江古田は警察官志望を表明していた。


 御茶ノ水が、「何か知っているのか?」と水を向けても、江古田は莞爾として笑い、それに答えることはない。


 警察署での架空請求書による不正経理での裏ガネ作りは、警察庁が把握していない遊技場パチンコホール営業者、景品交換所運営者、特殊景品卸売業者の三者のシステムが連携しての「三店方式」による現金化と同じで、民主主義国家でありながら、誰も知らないことになっているという不思議なシステムだ。


 警察官個人の犯罪については熱く語る江古田は、警察組織の事案になると、まるで別人のような振舞ふるまいを見せる。


 そして、北海道警察銃器対策課と函館税関による末端価格四十億円、130キロの覚醒剤密輸にまで至った拳銃・薬物摘発の大号令よりも危ない事案が、現在のふるさと納税制度である。


 生活保護制度の利権は、「三店方式」の利権に近い。


 三週間ほど前に、沼太郎USO銀行の貸金庫での窃盗事件の報道がなされた際には、どうやって顧客が持っている鍵のスペアキーを利用することができたのかという大切り(大喜利)で、SNS同様に、研究会の部室も大いに盛り上がった。


 デジカメ・3Dプリンターによる割印の印鑑作成から、古典的な、蒸気・熱・糊剥がし剤などの薬品・冷凍庫で凍らせることでの封筒の開封方法へと話は弾み、これまた古典的な、一人で核ミサイル発射のシーケンスでの二人同時に離れた場所にある鍵を回すにはどうしたらいいのかへという話へ転がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二・二六事件と沼太郎USO銀行貸金庫窃盗事件 名無しのオプ=アート @nameless_op_art

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ