いつかのあの子

フレデりか

第1話

わたしの小さい頃の記憶はいつもぐしゃぐしゃの髪の毛とともに想い出される。



小さい頃からわたしは可愛くなくて、2つ下の弟は女の子みたいに可愛かった。ママはわたしを可愛くするのを諦めて、弟の髪を伸ばして、弟の髪を毎朝櫛で丁寧に梳かして、弟の髪を綺麗に結っていた。わたしはいつもそれを見ながら自分でぐしゃぐしゃに髪を結んでいた。飽きられたおもちゃみたいだなと幼いながらに諦観していた。"可愛い"という言葉が向けられる先はいつも弟で、わたしが自分で結ったぐしゃぐしゃの髪をママに見せてもママは困ったみたいに笑うだけだった。


小学生になって、お勉強が始まって、わたしはみんなよりもこれが上手なんだと感じた。先生や友達のママがわたしを「頭が良い」と褒めるたびにママはわたしのぐしゃぐしゃの頭を撫でて、「すごいねえ」って笑いかけてくれた。わたしが1番欲しかった言葉はもらえなくても、ママに優しく触れてもらうためなら勉強も運動も一生懸命になれた。


中学生になって、いつのまにかわたしも髪を上手く結えるようになっていた。ママに髪の毛を結ってもらいたいとも思わなくなった。天使みたいに可愛かった弟は背がどんどん大きくなって、声も低くなって、長い髪の毛もとっくに短くなっていた。ママの「可愛い」は長い間ずっと宙に浮いていた。わたしはそれをいつもぼんやり眺めていた。



高校生になって、お化粧を覚えた。髪の毛を"巻く"ことが出来るようになって、自分に似合う服装をするようになって、焼けて黒かった肌も白くなった。好きな人が出来て、自分に向けた「可愛い」を受け取れるようになった。


ママがわたしを見た。わたしの髪を指で掬った。口が動く。_______


わたしをまっすぐ見つめるママは本当に美しい顔をしていた。綺麗に梳かしたわたしの髪をママが機嫌良く編んでいる。ぐしゃぐしゃの髪の毛の女の子を想って、わたしはいまも胸が苦しい。

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いつかのあの子 フレデりか @ata_g9u

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