明るい花宮さん(トラウマ持ち)と結ばれる話

kこう

明るい花宮さん

 初めて出会った時、本当に明るい子だと思った。

太陽みたいに笑っていて、周りに元気を振りまいていて俺とは対象的な人だと思った。

 初めて彼女の声を聞いた時とても優しい声だと思った。常に周りを気にかけているような、そんな優しい声だと思った。


 だから、初めて会った時俺は彼女に恋をしてしまったんだ。


***


「おはよー、島村くん。」


「あ、おはよう、花宮さん」


 すっかり夏の暑さがなくなりだんだん涼しくなってきた頃。俺はいつものように彼女と挨拶をかわす。

 神の悪戯かはたまた運命か、俺は彼女と教室の1番後ろの左の2つの席になっている。

 しかも珍しいことにうちのクラスは席替えがなく俺はこの明るい美少女の隣で毎日を過ごすことになってしまった。

 俺がより彼女に惹かれる理由は間違えなくここだろう。


…あ、そういえば自己紹介してなかったな。

俺は島村大輝(しまむら だいき)今年16歳になる高校1年生。帰宅部所属の一般的な高校生だ。

 そしてさっき説明したこの美少女が名前は花宮陽華(はなみやゆうか)、このクラスいやこの学校でも一二を争うほどの美少女でクラスの人気者である。言わぬもがなな陽キャである。


片思いを膨らませること5ヶ月、日に日に多くなる気持ちを抱えながら俺は毎日を過ごしている。


「島村くん、今日の1時間目なんだっけ?」


「あー確か数学だったかな、」


「うえぇ、数学かぁ。最近の内容難しいからあんまやりたくないよー」


「…まあ、確かにね」


「うー、次のテスト大丈夫かな〜?」


「まあ、花宮さんなら大丈夫だよ。前回だって学年1位でしょ」


「それはそうだけど、あれはたまたま得意な範囲だっただけで、今の範囲は自信ないんだよ。」


「普段から努力してるんだしきっと大丈夫だよ。昨日だって夕方ぐらいまで図書室で勉強してたんでしょ」


「…うん、そうだね。…ありがと」


 …ふー、危ねぇ。思わず俺が花宮さんの行動を把握しているストーカーになるところだったぜ。

 俺はたまたま図書委員でたまたま夕方まで仕事してたらたまたま花宮さんを見ただけだからな。勘違いされては困るぜ。


…とまあ、俺の静かな危機は置いといて俺はいつもこんな感じで花宮さんに話しかけられて雑談をしているという感じだ。

 彼女が本当に明るいから話していて元気をもらえるし、いくら隠キャといえど話しかけられて受け答えできないほどではないため、俺は好きな人と話す機会を与えてもらえているのだ。

 …神様、仏様、花宮様本当に感謝しております。

俺から話しかけるなんてハードル高いから本当に助かってます。


ーキーンコーンカーンコーンー


「あ、授業始まった。」


***


ーキーンコーンカーンコーンー


「はい、ではまた明日。さようなら」


放課後、ようやく1日の学校が終わった。授業は面倒なものの、隣に好きな人がいる身としてはもっと長くいたいと思ってしまい1日がいつも長いようで短く感じる。


「あー、終わったー。お疲れ様、島村くん」


「うん、お疲れ様。花宮さん」


「いやー、今日も疲れたねー。さてさてこれから私は部活に行って参るとしましょうか」


「あ、頑張ってね」


「うん、また明日。」


「また明日。」


華のある学生である彼女は当然部活にも入っており、バレー部所属のエースである。噂によると入ってからすぐにレギュラーの座を手に入れ試合でも大活躍だそうだ。

さっき少し話してた通り彼女は勉強においても優秀で前回のテストでは学年一位をとったほどだ。

そう、文武両道とはまさにこのこと。そこに痺れる憧れるぅー。


…ごほん。とまぁこんな感じで彼女の話ばかり語っているわけなんだけれども、そろそろ俺の話もしたほうがいいだろうか?

 …ん?聞きたくないって?そんなこと言わないでくれ。…まあ、本当に聞きたくないなら耳でも塞いでおいてくれ。


 彼女と別れの挨拶をしたあと俺はいつも通り図書室に向かう。うちの学校の図書室は結構大きめでいろんなジャンルを揃えている珍しめの学校である。

 読書好きの身としてはありがたいことこの上なく、新刊も結構扱ってくれるため最近は毎日通っている。


「おう、島村!今日も息してるか?」


「…委員長相変わらず意味不明な挨拶するのやめてくれませんかね?」


「ははは、すまんすまん。君のツッコミがいつも面白くてね。」


「…はぁ、まあ褒め言葉として受け取っておきます。」


 こちらは図書委員会委員長の厚村竜司先輩だ。見ての通りの熱血で、少し馬鹿っぽい。俺が図書室に来るたびにこんなよくわからない挨拶をされてツッコム羽目になっている。

 …とはいえこんな委員長だからこそ読書にかける熱はすごいもので、今のこのいろんな本がある状態も先生に何度も頼み込んだもので、間違えなくこの先輩の努力の結晶と言えるだろう。

 だから、同じ図書委員として俺は尊敬しており、憧れの先輩の一人である。


「さあ、島村今日はどんな用事できたんだ?」


「あー、おととい借りた本を読み終えたので次の巻を借りようかなって」


「なるほど!あの本だなちょっと待ってろ…」


「ほい、これだろ、夏の恋って本」


「あ、そうです。ありがとうございます。」


「ははは、いいんだ本好きには優しくするのがモットーだからな。」


「…あ、めずらしくまともなこと言った」


「おいおい、珍しくとはなんだ珍しくとは」


「はは、なんでもありません」


「そうかそうかはっはっは[


***


「さて、そろそろかな」


時刻はもう6時。この季節になるともう太陽はほぼ沈みかかっており、窓の外は若干暗くなっている。

窓からは昼間よりも涼しい風が入ってきて、個人的に1番過ごしやすい時間である。

 俺はこの時間まで少し勉強も挟みつつもずっと読書をしていた。最近ではこれが日課になってきている。帰宅部でありながらなぜ早く帰らないのか、と思う同志もいるのかもしれない。

 もちろん俺だって普段は早く帰るさ。しかし今日は違う。ちゃんと理由があるんだ。


「…失礼しまーす。」


「お、花宮か。ようこそ図書室へ。もう時間も時間だから本を借りるなら早めにな!」


「了解です。」


「はっはっは、相変わらず元気あっていいな。まあ、7時まではいるからゆっくりしていくといい。」


「はい、ありがとうございます。」


 扉をゆっくり開けて入ってきたのは部活終わりの花宮さん。

そう、これが俺の本当の目的、部活終わりの花宮さんに会うことだ。ひと運動した後の彼女にはやはりまた違った魅力があるのだ。


 こんな時間から図書室に来るなんてめずらしいと思う人もいるかもしれないが、本人曰くバイトがちょうど7時かららしく、しかも学校から近いため、少しの時間潰しのたまにきているのだそうだ。


 だから俺は読書を利用して彼女に会う時間を合法的に増やしているのだ。

 …おっと、勘違いしてほしくないが俺はちゃんと本が好きだし、ここには本を読むために来ている。

彼女を見ることは所詮それのついでにすぎないのだ。



…それはそうと朝の俺の話、嘘って自白したやん、俺。


「あ、島村くん。奇遇だねぇ、またこんな時間まで本読んでるの?」


「あ、花宮さん。そうだよ、今日はずっとこの本読んでたんだ、」


「ほほう、なになに『夏の恋』とな、やいやい島村さん。昨日も読んでたけど、この本はどんな本なんだい?」

 

「えーっとね、短くまとめるならある少女の夏の恋の物語。まあ、タイトルのまんまだね」


「なるほど、素敵な物語じゃないか。あらすじとかってある?ちょっと興味あるから」


「あー、あらすじねぇ。…えっと、あるところに一人の少女がいました。彼女はひまわりが大好きなとても可愛らしい少女でした。

 そんな彼女は毎年家族とあるひまわり畑を訪れていました。

 ある日、彼女はそこである一人の少年と出会いました。その少年はとても優しい少年でしたが少し引っ込み思案なところがあり、少女はそんな彼が可愛いと思いもっと話したいと思いました。

 少年は少年で彼女に一目惚れしてしまい、ずっと話していたいと思いました。

 しかし二人ともまだ少年少女で家に帰らなくてはなりません。だから二人はまた来年ここで会う約束をしました。

そして毎年、二人はそこか来て一日中その年あったことを語り合いました。そうしていくうちにお互いの中は深まり…」


「深まり…?」


「…少年はその少女の悩みに気づきました。だから少年はそれを良くするために毎年のこの時間で情報を集めてその悩みを解決しようとしました。しかし一年に1日ではあまりにも短くて、隠していながらも少しずつやつれていく彼女を眺めることしかできなかった。

…で時は流れ高校生になった少年はその少女の住む街の学校を受験してそこで住むことにした。

 そこからその少年が少女の悩みを解決するために奮闘するって言うお話」


「…なるほど、少し珍しい展開だけどすごく面白そう」


「そうそう、俺も最初珍しい話の展開するなーっても思ったけど、ひまわり畑でのもどかしさとか学園で悩みを解決する姿やそれでの彼女の関わり方とかすごいよくって、面白い作品だと思うよ」


「そうだね、私も興味が湧いたよ。島村くんが読み終わったら読んでみたいな…」


「それはもうぜひぜひ、この少女多分花宮さんに似てるから結構感情移入しやすいと思うよ」


「…え?」


「あ、ごめんなんでもない。気にしないで」


「あ、…うん。わかった。まあとりあえず読んでみるよ」


 俺の馬鹿〜!!せっかくいい感じに話せてたのに変なこと言ったせいで花宮さん少し引いちゃってるじゃん。せっかくいい感じに話せてたのに最後の最後で台無しだよ。

 俺の馬鹿野郎!こんなんだから友達ができないんだぞ?俺。反省しろや!


「おーい、二人ともそろそろ時間だから家に帰れー」


「…あっ!もうこんな時間。ごめんね島村くん私バイト行ってくる。また明日!」



「お疲れ様ー。」


タッタッタッと軽快な足跡を立てて彼女は学校からバイトに向かった。走りゆく後ろ姿もまた髪が揺れて綺麗で素敵だなと思いつつ、さっきの会話からも心臓がなりっぱなしでやっぱり好きだと自覚させられるのだった。


「よし、島村俺もそろそろ塾に行くから戸締り頼んだぞ」


「あ。わかりました。俺ももう少し読んだら帰りますね」


「おう、お疲れ様!」


「お疲れ様ー。」


***


「…ただいまー。」


「あ、お帰りなさい!お兄ちゃん」


「お、未来。ちゃんといい子にしてたか?学校うまくやれてるか?」


「もちろんだよ、お兄ちゃん。私を舐めてもらっちゃ困るね。今日だって友達と買い物行ったんだよ?」


「おお、それはよかったな。お兄ちゃん大歓喜です」


「えっへん、」


 両手でえっへんのポーズをとっているのは俺の可愛い妹である、島村未来(しまむらみらい)である。

 現在中1でこんな兄がおりながらも明るく可愛く良い子に育ってくれた。噂では学校でもモテモテなんだとか。いやはや兄として嬉しい限りである。


「ところで未来よ、今日のご飯はなんですかな」


「ふぉっふぉっふぉっ、今日のご飯は私お手製のシチューですぞ」


「おお、未来お手製のシチューか!それは美味しそうだ。すぐに荷物置いてくるぜ!」


***


「うまーい、未来これすごいうまいぞ!未来は天才だ!将来立派な主婦になれるな!」


「へへへ、お兄ちゃんありがとう。頑張った甲斐あったよ。お母さんたちもたくさん褒めてくれたし」


「そりゃこんなうまいなら誰だってほめるだろ。未来最高!」


「そんなに褒めても何も出ないよ〜?へへへ」


 その照れた笑顔があればそれだけでもうお釣りが来るぐらいだぜ、

…ん?そうだよ?俺シスコンだよ?未来LOVEだよ?

 だってこんな可愛くて優秀な妹なかなかいないぞ。こんなの愛さない方がおかしいだろ。


「でさぁ、お兄ちゃん。…そろそろ花宮さんには告白したら?」


「っ!?ゴホッゴホッ。…急に何言い出すんだよ、未来。」


「私ね、お兄ちゃんが誰かと結ばれるなら花宮さんがいいの。前に一回うちに来た時一目でお兄ちゃんにピッタリと思ったから」


「…いいかい未来くん、よく聞くんだ。俺は一般的な陰キャよりのただの学生。向こうは学園でもトップクラスの陽キャ、釣り合うわけないだろ?」


「…ぶー、また釣り合う釣り合わないの話?そんなの本人間なら関係ないじゃん」


「だとしてもだよ、…確かに俺は彼女に恋をしている。でもな、あの学校にはもっといい奴らもたくさんいるし、そもそも隣の席ってところしか接点がないからよくて友人止まりなんだよ。…大体俺には勇気がないし、こんなヘタレにはハードルが高いって」


「…また、お兄ちゃん自虐してる。お兄ちゃんは優しくて本当にいい人なんだから勿体無いよ。」


「…そんなこと言ってくれるのは未来ぐらいだよ」


「…絶対そんなことないのに、もーいいよそうやってお兄ちゃんは一生勇気がでず、後悔するといいさ。そして落ち込んだところを私がもらうから」


「ははは、そうしてくれると助かるよ」


 未来の言う通り、きっと俺は卒業まで勇気がでず告白すればよかったって後悔するだろう。

 でも、下手に告白してそれからの学校生活が気まずくなるぐらいなら告白しない方がいいにきまってる。ヘタレとか臆病とかなんとでも言うといいさ、俺は彼女とまだ気楽に話していたいんだ。

 ありがとう、未来よ、君のおかげで俺は将来もひとりぼっちのままでいなくてすむよ。



「…はぁー、絶対脈あると思うのに」


***


「うーーん。あー疲れたー。さぁ明日に備えて今日はもう寝ますか」


いやはや今日も一日結構濃い日だった。今日も花宮さんとお話できたし、明日も楽しみだ…

クラスが分かれたらもう会う機会ないかもだしこの残りの時間を精一杯楽しまないとな。


ーブー、ブー、ー


 そうして楽しい1日を振り返りちょうど布団に入ろうとした時、俺のスマホが振動し始めた。

 こんな時間になんのようだろうか、業務連絡とかならメールでするもんな、と言うかそもそも誰だ?


 ちょっとだけ怖さも覚えつつも誰からか確認しないと出るかどうかの判断もつかないわけで、俺はスマホを手に取り宛先を確認した。


「…え?花宮さん?」


なんと電話をかけてきた相手はあの花宮さんだ。隣になったばっかりの時に向こうから交換をしてもらったきり連絡もしていなかったのに急に向こうから電話がかかってきたのだ。

 あまりに突然のことに軽いパニックに陥った俺は何をすべきかわけがわからなくなってしまう。


 あ?え、花宮さん!?こんな時間になんで、ていうかどうして俺の番号を、あ、最初に。いやそれよりも声大丈夫か?咳とか変な音とか、いやそれよりもまずは電話に出ないと


「も、もしもし」


「あ、もしもし?島村くん?こんな遅い時間にごめんね」


電話の向こうから聞こえてきたのはいつも学校で聞いている花宮さんの声。夜だからなのか少しだけ声はいつもより優しく静かな雰囲気を持っている。

俺はその声を聞いて直前までの焦りが嘘のように落ち着いて来た。


「あ、花宮さん、だ、大丈夫。ちょっと驚いただけでなんも問題ないよ」


「…そう、よかった。」


「そ、それで何の用?こんな時間に」


「…ちょっと聞きたいことがあって」


「…聞きたいこと?」


「今日さ、学校で夏の恋って本教えてくれたじゃん。」


「…そうだね」


「それでさ、今日たまたまバイトが急遽休みになったから、あのあと気になってその本を買って読んだの」


「…うん、」


「だからさ、聞きたいんだ。…なんで私と似てるって思ったの?」


「…あ、」


おう、まさかのそのセリフを掘り返してくるか。…やっぱり誤魔化しきれてないよな。うぐぐ、わかっていたけどいざ掘り返されるとなんと答えたらいいものか…


「…できれば素直に答えて欲しいな」


「…わかったそう言うことならただ思ったことをいうよ。これは俺の主観だから間違ってても気にしないでね」


「うん。大丈夫。」


「俺花宮さんが無理して明るく振る舞ってるって感じる時があって、ほら花宮さんっていつも笑顔じゃん。だからさたまにこんな時に明るく入れれるのかな?本当は内に何か隠してるんじゃないかって勝手に思ってそれがあの本の少女に似てるなって思ってさ。ちょっと話しててテンション上がっちゃって声に出ちゃったの、もし傷ついたなら謝るよ。」


「…大丈夫、別に傷ついてはいないから。」


「でもわざわざ電話で聞いてきたぐらいだしほんとは何か隠してたりしない?」


「大丈夫、大丈夫だから島村君は気にしないで…。」


電話の向こうから聞こえてくる声はいつもの明るい声ではない、どこか暗いようでまたどこか明るいようなそんな感情のこもった声が聞こえてくる。

 本人はああやっているが俺を気遣っていやな気持を隠していないだろうか。しかしたとえ隠していたとしてそれを話してくれないということは俺への好感度が足りていないという考えもできる。

結局俺はどこまで行ってもまだ他人だということだろう。だからこそ、これ以上踏み込んで彼女不快な思いにするわけにはいかない。一歩引くことが人間関係をきっとうまくやるということだろう。


「…花宮さんもう大丈夫?聞きたいことは聞けた?」


「…うん、夜遅くにごめんね。いろいろありがと」


「お役に立てたならうれしいよ、じゃおやすみ花宮さん。」


「ふふ、おやすみ…島村大輝くん。」


「…え?何でフルねー…あ、きれちゃった」


ツーツーと音が鳴り電話が切れたことが確かにわかる。つかの間の夢のような時間、内容はともあれ俺は好きな人と夜電話できたのだ、正直落ち着いていたとはいえ鼓動は早くドキドキは今だ収まっていない。

 最後なぜ彼女は俺のことをフルネームで呼んでくれたのか、それだけがもやもやとして残ってしまったとはいえ短いながらとても楽しかった。


「はぁ、今日は何時に寝れるだろうか」


なり続ける鼓動に手を当てながら一日の疲れを抱え、俺は布団に入る。興奮しすぎると人は目が覚めるもので疲れはあるものの全く眠くないのだ。

 だから俺は横になりながら今日の楽しかった思い出を振り返るのだった。そして結局俺がちゃんと眠れたのは2時ごろなのであった。

 うん、寝る前により眠気の覚めることを思い出したのは我ながらバカだったな…


***


「…い、おーい島村くん。起きてー今授業中だよー」


「…う、うーん。はっ!しまった寝てしまっていた。」


「あ、起きたね島村くん。」


「うん、起こしてくれてありがとう」


「それはいいの。それよりもどうしたの?体調悪いの?…もしかして昨日の夜の電話のせい?」


「ああ、いやそんなことないよ!大丈夫、すこし睡眠の質が悪くて少し眠かっただけ」


「そ、そう?ならいいんだけど。あ、寝顔あざました」


「…!?え?花宮さん、今なんて?」


「ふふふ、なんでもないよーだ。」


 な、なんだ?花宮さん今日はなんかやけにテンションが高くないか?なんかいいことでもあったのだろうか?…いや、それよりも!俺!聞き間違えじゃなきゃ好きな人に思いっきり寝顔見られたってことになるんですけど、いや普通に恥ずかしいっていくら価値のない寝顔といえどそんなふつうにみられて褒められたら恥ずかしいよ。


「…見てみたいな」


「ん?」


「ああいやなんでもない、なんでもない。ちょっとおなかすいたなって」


「あー確かにもう3時間目だもんね。俺も少しおなかすいてきたわ」


「…あのさー」


ーキーンコーンカーンコーンー


「あ、授業終わった。えーと次は確か化学で実験か。移動教室めんどくさいなー」


「…うん、そうだね」


***


「あー今日ももう終わりかー。最近一日早いや。」


「確かに…もしかしてクロノス様が私たちを楽させようとしているのか?」


「時空の神様学生の願い聞いちゃうんだ…」


「たぶん学生の時につらい思いして、同じ思い味わって惜しくないからーって。」


「…たぶんクロノスは学生やってないと思うんですが」


「!!た、確かに…」


「「ぷっ、あはははっ」」


 いやーいいねえこういう会話、なんか陽キャしてる感じがするよ。なんか今日花宮さんとの距離が一気に近くなった気もするし、いやー素晴らしい日だよ。


「…あっ、そういえば。花宮さん3時間目の時俺に何言おうとしてたの?」


「…あ、えーとね…。別になんか重要な話じゃないんだけど。それでもいい?」


「全然、俺はどんな話でもウェルカムだよ」


(だって花宮さんと話せる時間伸びるし)


「そ、そうなら。あ、いやなら断ってもらって構わないんだけど…」


 彼女の声はいつものように明るい声をまとっているもののどこか不安を感じているような表情や声色が隠れている。俺に話す内容で不安になるなんてどんな内容なんだ?…でもまあ、


「別に花宮さんの頼みなら何でもやるよ、たとえ火の中、水の中を行くことになろうともね」


だって好きな人の頼み事だし。


「はは、なら言うよ。…ねえ、島村君。今週の土曜日うちに遊びに来ない?」


「…え?」


「…やっぱりだめ?」


「いや全然行かせてもらいますが?」


「ほんと!?やったあ。じゃあ約束ね。あ。細かい日程とかは後で送るから」


「うん、わかった。楽しみにしてるよ」


「あ、私部活いかなと。また明日ねー」


「じゃあねー」


いつもより楽しそうなステップで彼女は教室を出ていく。今日は一日中少し元気がない感じだったから元に戻って良かったと思う。後ろ姿も相変わらず可憐だぜ。

 …そろそろ現実見るか。まずは大きく息を吸って…


「ええええぇぇぇえええ!!!」


「なんか花宮さんの家に誘われたんですけどー!?いやドユコト?反射的にオッケーしたけど俺好きな人に家に誘われたんですけど!?なんで?どうしてこんな急に!?」


何か悩んでるとは思っていたものの、まさかその内容が俺を家に誘うことを戸惑っていたとか誰が予想できただろうか、いやできない!(反語)

 いやまじでびっくりした、思わず心臓が止まるかと思ったよ。いや間違えなく2.3秒ぐらいは心臓止まってた。…やばい鼓動が止まらない。このまま行くと興奮のしすぎて死んでしまう。まずは落ち着け、俺。こういう時こそ、大きく深呼吸をするんだ。


「すぅ~、はぁ~。」


 だめだ!全く落ち着かない。いや好きな人に誘われたならこの反応は人として当然なのかもしれないが、しかしこのままだとにやけながら下校することになってしまう。

 別に顔を見られなければどうてことはないが例えばたまたま人を見たときにその相手がにやけていたらどう思うだろうか。

 それがイケメンだったり可愛かったらいいが、俺みたいな中の下の顔がそんな表情をしていたらどう思われるかわからない。周りの目は気にしない方ではあるが別に変に見られたいわけではないのだ。


「とはいえ、今日委員長も休みだしな~。ここで少し自習して落ち着いたら帰るか。」


 その後、特に問題もなく落ち着いてきたためにやけながら家に帰るというものは避けれたものの結局ふとしたたびに誘われて遊びに行くことを思い出してしまい俺はしばらく寝不足になるのであった。


***


ー土曜日ー


今日は待ちに待った遊びに行く日、あまりに楽しみだったため最近興奮から平日は寝れず起きれなかったのに今日は5時に起きました。…人ってすごいね。

 

「えーともらった地図だとここだけど…まさかこの高層マンションか…?」


 地図に言われた通りに歩きたどり着いたのは都内でも結構大きい方の高層マンションの前である。

 登校の横目に見るぐらいのもので見上げても1番上が見えない文字通りの全く別の世界である。


「こんなところに住んでるのか花宮さん…えーと、1221号室だっけな?」


ーピンポーンー


『はーい』


「あ、花宮さん?聞こえる」


『お、この声は島村くんだね。よくぞきなさった。じゃあ、今扉開けるから12階までエレベーターで上がってきてね。」


そう言われると目の前の扉がウィーーンと音を立てて開く。ここまで巨大なガラスの扉が開くのは結構圧巻である。


「…すげぇ、これが高層マンション。やべえ、本当に次元が違う…」


 初めて来る世界に男心がくすぐられ、若干興奮しながら俺は言われた通り12階へ向かうのであった。


***


「えーとここの部屋だよな。あー、…家の前にもインターホンあるんだ。なにがかはしらないがさすがだな。…やべぇ、急に緊張してきた。」


 俺がインターホンに手を伸ばそうとした瞬間、今まで聞こえていなかった自分の鼓動が急に耳に響く。

 当然だろう、だってこの扉の先には自分の好きな人がいてここはその好きな人の家の前、緊張さない方が無理というものだ。

 しかしこのままでは埒が開かないし、待たせている花宮さんにも迷惑がかかってしまう。

 …えーい、ままよ!


ーピンポーンー


「はーい、あ!島村くん!いらっしゃい!、すぐ開けるね」


 インターホンの向こうから元気で明るい声がすると共に軽快に走ってくる足音が聞こえてきた。

 そしてその足跡は扉の前まで来て、ゆっくり扉を開けられた。


「…いらっしゃい、島村くん。待ってたよ、さあ上がって上がって、…島村くん?」


元気な声で俺は家に歓迎される、…が俺はそれどころではない。

何故なら!目の前に!花宮さんの!私服があるからだーー!!!!。

見よ!この可憐な姿を、普段の制服とは違い彼女の服は私服という少しだらけた服!

少し柔らかめな水色のスカートに白の長袖の服、あまりに彼女に似合いすぎている。見ているだけで心臓がどきどきするし女の子のいい匂いが鼻をくすぐる。ただでさえバックバクの心臓の鼓動がすごいことになってー


「おーい、島村くーん?大丈夫かーい?」


「…はっ!あ、いやなんでもない、お、お邪魔させていただきます。」


「…うん、いらっしゃい、お茶用意するからそこら辺のソファ―に座っといてね」


「…はーい」


 中に入るとそこには大きめの1LDKが広がっており、俺は奥のテレビの近くのソファーに案内された。

部屋はとてもきれいに掃除されていて目に見える限りのところに埃は一切ない、すごくおしゃれでテレビでしか見ないような空間が広がっている。

 そのうえ、窓からは12階から見れる絶景があり、ここからうちが見えそうなほど周りを見渡すことができる。俺はおしゃれでかっこいい別世界に飛ばされたような感覚を味わいながら緊張を交えつつ花宮さんがお茶を入れてくれるのを待つ。


「お待たせ―、はいお茶」


「ありがとう、いやー、それにしてもきれいなお家だね。」


「そうでしょ、家具の配置とか結構こだわってるんだよ」


「え!?装飾花宮さんがやってるの?すごい、めちゃくちゃ上手。俺こういうセンス内からあこがれるよ」


「えへへ、ありがと。…じゃあ、何して遊ぶ?」


「うーん、何でもいいけど。ちなみにどんなゲームがあるの?」


「えーと、超乱闘とか遊びバトルとか基本的なものは何でもあると思うよ?」


「…ちなみに花宮さんはゲームうまい?」


「うーん、結構やってるけどセンスがないから多分普通ぐらい?」


「…なるほど、ならまずは無難に超乱闘でもやるか」


「りょーかい!今準備するね」


 さりげなく会話してるけど、花宮さん、特に理由もなく単純に家で遊びたかったんだ…。

楽しみではあるけど、いろいろ想定して身構えてたから少し肩透かしくらった気分だぜ。まあ、俺みたいなやつと何か起こるわけないか。多分隣で少し仲良くなれたから誘われたんだろう。


「よーし、楽しみますか」 


****


『GAME SET、 SHIMAMURA WIN』


「あー負けちゃったかー。」


「ふう、花宮さん結構強いね。普通に負けそうだったよ」


「えっへん、伊達にこのゲームやってるわけじゃないんですよ。…でも悔しいからもう一回!」


「よし、かかってこい」


***


「あっ、もう12時だ。時間がたつのはあっという間だね。」


「ほんとだ、もうこんなに時間がたってる。」


 楽しい時ほど時間が流れるのが早いとはよくいうが、朝9時ぐらいに来たのにもうお昼の時間なのか。

やっぱり超乱闘はいいな、二人対戦でも結構熱中してしまったぜ。結構花宮さん強くて楽しい。


「よし、そしたらそろそろご飯の時間にしようか」


「そうだね。何食べよう?どっか出前でも取る?」


「ふっふっふ、あまいよ島村君。」


「なぬ!?」


「まあ30分ぐらい待ちたまえ」


彼女はそう言って自信満々の表情をしてそのまま台所に歩いて行った。

 これは、まさか、そんな…そんな贅沢なことが許されるとでもいうのか!?

 あ、なんかいい匂いがしてきた…


そうしてそれから待つことちょうど30分ぐらい、彼女は台所から何かを運んできた。


「はい、お待たせ。私お手製のグラタンだよ」


「すごい美味しそう…」


「ふふ、さあ、召し上がれ。」


 そう目の前に置かれたのは彼女の手料理、グラタンである。熱々のグラタンは表面のチーズがいい感じに焦げており、見るからに美味しそうな見た目をしている。


「…いただきます。ん!美味しい。」


「…ふう、失敗しなくてよかった。」


「花宮さん料理上手だね」


「うん、いつもご飯自分で作ってるからさ。結構上手くなったんだよ」


「へぇ。…てことは両親は結構忙しい感じ?」


「…うん、社長さんやってるからいつも私が寝たぐらいに帰ってきて起きたらもう仕事に行ってる。」


「そうなんだ、それは寂しいね。」


 うちの家庭も両親が忙しく基本的に家にいない。というのもお父さんは今、単身赴任で家にいないためお母さんが家にいない時基本未来と二人なのだ。

 未来が家に帰ったときにはお母さんは家にいるらしいが俺が帰るころにはもう仕事に行ってしまっている。

 だから、家族に会えない寂しさはよくわかる。


「…あれ?じゃあ、お母さんは?」


「….お母さんは私が中学生ぐらいの時に病気で死んじゃった」


「あ…!ご、ごめん。」


「いいよ、もう振り切れてるから。気になるのも仕方ないしね」


 あー、やらかしたー!。まただよ、なんで俺はこう気遣いができないんだ。少し考えたらわかるだろ!両親って質問に明らかに対象が一人の話をしてたのになんでそんなところを察せないんだ!

 どうするんだよ!このままだと空気が悪いままになるぞ!せっかく美味しいご飯を食べているというのに!


 …ただ、一つ気になることはある。これ以上踏み込んだらきっと嫌われるかもしれないけど、せっかく誘ってくれたのにひどいかもしれないけど、それでも一つ気になることがある。

 本当はその言葉は心にしまうべきなのだろう。楽しく午後を過ごしたいなら触れないべきなのだろう。

 頭ではわかっていたのにその言葉は俺の口から心からこぼれ落ちてしまった。


「なんでまだ、そんなに笑顔でいられるの?」


「…え?」


 声には寂寥感が言葉には悲しみがそこにはある。それなのに彼女の表情はずっと笑顔でずっと明るくいようとしている。

 思えば俺はずっとそれが気になっていた。前にも言ったように彼女はいつも笑っているのだ。

 いつも明るく振る舞っているのだ、辛い時も寂しい時も悔しい時もずっと明るくずっとずっと。

 俺はそれがずっと気になっていた、なんでそんなにつらそうなのに笑っていられるのかって…

 俺はずっとそれが彼女が本当に明るくポジティブだからだと思っていた、そう納得させてきた。


…けれど俺はあの日知ってしまったんだ。


***


時は遡ること夏休み前、恋に想いを膨らませすぎて若干暴走気味だった俺は基本的に花宮さん関連イベントがあったら全て訪れていた。

 今思うと結構気持ち悪いし、熱烈なアイドルのファンかよ、と思うがその頃はそれぐらい彼女に熱中していた。

 …もちろん今だって熱は一切冷めていないしなんならより距離も近くなったより好きになっているが、俺は適度な距離を自然さを覚えたのだ。

 決してストーカーなどではないので勘違いはしないように!


まあ、そんなことがありまして、俺は彼女の部活の先輩の引退試合を見にきたことがあった。

 …そう、その時のことだ。


『優勝はー。なんと一年生の花宮陽華選手だー!』


 彼女は先輩の引退試合でぶっちぎりで優勝してしまったのだ。

 引退試合で先輩に花を持たせるべきだ、と周りから色々言われていたが、先輩は笑っていてこれなら任せられると安心していたという話を聞いた。

 選手として全力を尽くすというのはかっこいいと思った、


 …とまあそれは一旦おいといて問題はこの話で彼女が周りから責められていた時、周りに思いを伝えていた時、彼女はずっとわらっていたということだ。

 きっとひどい責められ方をされていたのに一度もその時でその話で彼女は辛い顔をしていなかった。

 観戦席で見ていても彼女はずっと明るくずっと笑顔で周りに接していたのだ。


 だから、その時俺は初めて彼女に違和感を持ったのだ。

 普段彼女は笑顔で明るくない時間がないのではないかと。そして同じなのではないかと思った。


 座っているだけでも、歩いているだけでも噂は耳に入る。それが学園でトップクラスに人気な花宮さんなら尚更…

 だからわかったのだ、…彼女は思っている通りずっと笑って明るくいるということを、

 俺はずっと隣の席で彼女を見てきた。だからわかる、彼女は普通の人で特段ポジティブというわけではなく普通に悩み、普通に悲しむ、特別でもない少女だということを。

 もちろんこれはあくまで俺の主観であり、予想にすぎない、だからこそ、この考えが浮かんだとき俺はそれをなかったことにしたのだ。予測で物事を話したら傷つくかもしれないし、距離が広がってしまうかも知れない、勇気のない俺にはそんなことはできなかった。

 だから、俺はずっと自分で思い込むことにしたのだ、彼女が明るいのはポジティブだからで特に理由はないと。それが今まで続いていた。


 それがなぜ俺は今その疑問を言葉にしようと思ったのだろうか、どうして言葉がもれるほどたまったのだろうか、文字通りこの言葉は凶器だ。

 お互いに関係を悪くしてさらに彼女を傷つけてしまう可能性のある凶器。そんなものを普通人にましてや好きな人に言うべきではないことぐらい誰にでもわかる。

 なのに言葉が漏れた、どうなるか…なんてわかっていてそれが俺にとってメリットにはなりえないことを知っていながら。


 …でもさ、言葉にしてわかったんだよね。花宮さんと結ばれたいということの以前に彼女に幸せでいてほしい、心に素直に苦しまないでほしいって。

 きっと今ならまだ言葉を取り消すことだってできる。まだ引き返せる、まだ楽しい午後を過ごすための猶予は残されてる。だけれど、俺はそれを選ぶつもりはない。

 たとえ勘違いであっても、この言葉を続けなければならない。理由なんて一つでいい、ただ言葉が漏れたときに思ったこと、心から明るくふるまえる本当の彼女の笑顔が見たいということだけ。


 目の前にいるのはずっと笑顔でいる花宮さん。覚悟はいいか?俺、きっと勘違いでも彼女との会話はこれが最後になるかもしれない。それでも進むんだ、彼女に何か変化のきっかけを与えられるように…

 嫌われる怖さ、傷つけてしまうであろう罪悪感が俺の心に襲いかかる、しかしその程度では俺の覚悟は揺るがない。だからこそ、俺は一歩を踏み出した。


「花宮さん、もう一回聞くよ?なんで無理して笑ってるの。」


「…きゅ、急にどうしたの?島村君。ほら変なことを言ってないで早くご飯食べてよ」


「もう食べたよ、すごいおいしかった」


「早っ!、…まあでも、おいしかったならよかった。じゃあそろそろまた…」


「花宮さん、…逃げないで」


「に、逃げてなんかいないよ。質問の答えね。別に無理してるわけじゃないよ、…これでいい?」


「…なんで、つらいとき、悲しい時もずっと笑顔で笑って明るくいられるの?」


「ねぇ、さっきから何の話をしているの?なんか変だよ島村君」


「…わかった単刀直入に言うね。花宮さんなんでそんなに明るいことにこだわるの?」


「…いや、だからこだわってないんだって。いい加減しつこいよ?」


 何度も何度も俺は言葉を繰り返す、その度に彼女の顔は少し歪み、その瞳は困惑や苛立ちが混じったようになってゆく。

 ただまだ彼女は逃げようとしている、言葉をわかっているはずなのにわかってないような様子をとっている。

 …だから、彼女を崩すならここしかない。


「お母さんにずっと笑顔でいてねでも言われたの?」


「…っ!お母さんは!そんなこと言ってない!これは私がやってるだけで、…あ」


「やっぱりか、その笑顔はやっぱり無理やり作ってたんだ…」


「し、島村くんに何がわかるの!?ただ隣の席にいるだけでしょ!?」


「わかるよ、だってずっと見てきたから。きみは普通の女の子でつらいときはつらいし悲しい時は涙を流すような子だって」


「…島村くんに、君に何がわかるっていうんだ!!私の何が!なんでそんなに私が無理してるって!!勝手なこと言って!!」


 苛立ちは限界を迎え、怒りが溢れ出している。俺をまっすぐ見る目には怒りの裏に悲しみや失望のようなものも見えて、俺の心にそれを突き刺してくる。

 ただ…


「…はじめて、笑顔以外の表情を見た。君はそんな風に怒るんだね」


「…あたりまえだよ!私は普通に別の表情だってするし!無理なんてしてない」


「いいや、無理してるよ。俺にはわかる」


「だからなんで!?」


「…一緒だからだよ、うちの妹の未来に」


 そう、それは俺が彼女が無理をしていると思っていた根本的な理由。そしてこの俺の主観の1番の根拠。


「…は?」


「未来さ、昔いじめられてたことがあったんだよ。だけど、あいつはバカだからこんな話したら迷惑かけてしまうって思いやがってずっと俺らの前では笑顔でいて、しかもさ、ちょうどタイミングよくうちの親父の単身赴任がきまって、家がバタバタしててだれも未来を気にする余裕がなかったんだよ」


「でもいじめは加速していったようで本当にあの頃の未来は追いつめていたと思う、だから本当に危なかった。たまたま俺が家に早く帰った時、あいつ首つって死のうとしてたんだよ。立派に遺書まで残してさ。」


「…」


「もちろんすぐに止めたよ。それで家族総出で叱った。それからうちの家族は全力でそのいじめをなくしに行った。親父もさ、単身赴任なんて最悪何とかなるそれより娘の幸せだって、いって仕事すっぽり出していじめを対処してたよ」


「おかげでさ、ようやく未来も心から笑えるようになって、今では友達もできて毎日楽しそうなんだよ。でもさ、こっちからしてみたらずっと不安でさ、感情を見逃さないようにずっと見てたらさ、いつの間にかある程度わかるようになったんだよね。それこそ、その人が無理してるかどうかとか」


 いやー、あれは本当に焦ったよね。マジでしばらく未来から目が離せなかった。

 しばらく生きた心地しなかったよ。…まあ、誰もなにもなかったし、そのおかげで今花宮さんの気持ちにも気づけたから、結果的にみたらいい経験だったのかもしれないな。

…まあ、もう二度とあんな思いしたくないけど。

 

「だからさ、わかるんだ。花宮さんはずっと苦しんでずっと笑顔を作ってるってことが。同じなんだよ、あの時の未来の目と」


「…そう、なんだ。私そんな目してるんだ…」


「…うん。ね、花宮さん。だからさもう無理なんてやめて素直になりなよ。ずっととは言わないからさ、少しぐらい気を抜いたってなんも変わらないよ。このままだといつか心が壊れてちゃう。」


「…」


「花宮さん、自分に向き合うのも大切なんだよ」


 きっと彼女はその無理をしている状態が当たり前になりすぎている。それくらい自然体でそれぐらい違和感がなくなっているのだ。

 でも、心の奥にしまっている感情はなくならない。それを適度に発散しなければ心は壊れてしまう。


 俺の言葉を聞いた彼女はいつものような笑顔ではなく、普通の悩んだ表情で悩んでいる。

 そうして申し訳なさとを持ってこちらをみてきた。


「…ねぇ、島村くん。悪いんだけどさ、もう今日は帰ってくれない?」


「…そう、か。うん、わかった。ご飯おいしかったし楽しかったよ、ありがとね」


「…うん、私も楽しかったよ。…ごめんね」


「こちらこそ傷つけてちゃってごめん。…じゃ、お邪魔しました。」


「…じゃあね」


 そうして俺は彼女の部屋を去っていった。ただ去っていく間際に彼女が発した言葉を俺は聞き逃さなかった。


「……ごめんね島村君…私には無理だよ」


 その言葉は今回の話の彼女の答えだったのかもしれない。


***


「…あ~あ、やっぱり、嫌われちゃったかなぁ。」


 帰り道、俺の心にはやり切ったという思いと、やってしまったという後悔が巡っていた。

 ただきっと俺の言葉は全てとは言わなくても、少しは彼女に届いているはずだ。

 俺は信じることしかできない、きっとそれが彼女にとってなにかしらの転換点になっていると言うことを。


「…さて、これから先どうしようかな?」


 昼の空の太陽は秋なのにまだ少し暑く、曇りの残った空はいつもとなにも変わらない見た目をしていた。


***


 それから次の一週間は軽く地獄だった。どれだけ一旦距離を置こうと向こうが思っていても席が隣であるため、そうにもいかない。

 俺ば別に気にしていないのだが、向こうが明らかに気まずそうな顔をしてこちらに目を合わせないのでそれが少し悪いことをしている気分になって罪悪感がある。


ただ、別に用事くらいは話してくれるので完全に嫌われたわけではなかったのは不幸中の幸いである。

 いまだに彼女にみた感じの変化はない、ただどこか迷いのようなものを時々感じるよう思う。

 本当はもう一個何か大きなきっかけがあれば彼女に少なからず変化が生まれると思う。

 …まあ、少なくともそれは今の俺にはできない。


「世の中時には諦めも肝心ってね」


***


 放課後、いつもなら俺は図書館にいて花宮さんを待っているところだがやはり俺にも気まずさと言うものはあるので久しぶり今日は帰宅部らしく速攻で家に帰ろうとしていた。

 すると俺は校門の側にある一台の車が目についた。その車は見るからに高級な車で近くには一人の男の人が立ってこちらを見ている。


「誰かの迎えの人なんかな?金持ちそうな親さんもいたもんだなぁ。」


 俺は物珍しさに少し興味を持ちつつ、久しぶりの明るい時間帯での下校をのんびり行こうとしたその時、


「あ!そこの君!島村くんじゃないか!」


「…はへっ?」


何故か俺はそのお金持ちそうな男の人に声をかけられてしまった。

 しかも向こうは俺のことを知っているようで手を振ってこちらに近づいてくる。知らない人に詰め寄られており、俺は若干の恐怖を覚えつつある。


「い、いや誰ですか?あなた?」

 

「おや、初めましてだったか。それは失礼した 。……おっほん。私はこう言うものだ、以後よろしく」


 そういうとその男の人は礼儀正しく俺に一枚の名刺を渡してきた。 


「あ、はいご丁寧にどうも。…って、え?花宮哲郎…?もしかして花宮さんのお父さん!?」


「ああそうだ、いつも娘がお世話になってるよ、」


「い、いえそれは俺の方がなっているというかなんというか、ちょっと驚きすぎて頭が真っ白になっちゃってて」


「ははは、それは申し訳ないことをしたな」


 なんと目の前にいたのはまさかの花宮さんのお父さんで、俺はあまりに突然で予想していなかったことに大パニック状態に陥る。

 さっきまで考えていたことが全部吹っ飛んで文字通り頭が真っ白になってしまった。

 言葉の受け答えこそできているものの正直自分でもなに言ってるのか相手がなにを言っているのかすらわからない。


「まあ、落ち着きたまえ。驚かせた本人がいうことでもないがそこまで驚く必要はないと思うぞ。少し深呼吸でもしたらすぐ落ち着くさ。ほら息を大きく吸ってー。」


「すぅー、はぁー。ありがとうございます。少し落ち着きました。」


「そうかそれはよかった。…ところで君は今暇かい?」


「え、ええ今日は特に予定もないですけど」


「そうか、なら俺と少しドライブに行かないかい?」


***


「いやー今日はいい天気だ、風が気持ちいい」


「そうですね、今日はいつもより涼しいです。」


 あれからおおよそ20分俺は哲郎さんと何気ない雑談をしながら景色を眺めている。

 親が忙しいのもあり久々に車に乗っているため、いつもより爽快感が増しているように感じる。何気ない雑談も案外楽しいものだ。


「よーし、島村くん。俺たちの仲も深まったことだしそろそろ本題に入ろうではないか」


「…本題?」


「…ああ、どうしても君に聞いておきたいことがあってね。うちの娘の隣に座っている君に…」



 さっきまでの少しおちゃらけた空気が嘘のように一瞬で空気が重くなったのを俺は肌で感じる。

 そりゃただ雑談するためだけにドライブに誘われたと思っていなかったので、こういう話するだろうとは思っていたがやはりいざ、となると緊張するものもある。


「…私はね仕事柄毎日がどうしても忙しいんだ、だから基本家にいられなくてどうしても陽華との会派が少なくなってしまうんだ」


「…そうなんですか。あっ、そういえ哲郎さんは今、何の仕事してるんです?」


「そうか、そういえばまだ行っていなかったか。私は今少し有名な薬局の会社で社長をやらせてもらっているんだ。もしかしたら聞いたことがあるかな?花宮製薬というんだけど」


「…え!?花宮製薬!?聞いたことありますっていうか普通に普段から使ってますよ!CMでもよく見る大企業じゃないですか」


 花宮製薬とは、おおよそ13年前に創業を開始した会社で今ではほとんどの病院で薬を受け持ち、スーパーのような店などもあり大きく全国に展開している誰もが一度は聞いたことがある大企業である。

 花宮さんがあんな高級そうなマンションに住めていたのも納得の経歴である。


「そんなすごいものではないよ。いろんな人に支えられてたまたま成功しただけだからな」


「それでも、すごいですって。そこまで頑張っていて尊敬します」


「尊敬…ね。それはすこし私には重すぎる言葉かもしれない」


「そう…ですかね?」


「そうだとも。確かに私はこの会社で成功を収めることができたかもしれない。しかしね、私は会社を発展させるために一番大切な時に陽華のそばにいてやれなかったんだ。」


「…それは」


「親として失格なのはわかっている。けれど、どうしても陽華を養っていくには一刻も早く会社を大きくする必要があったんだ。」


「…」


「本来親としては母親を失った娘に寄り添うべきなのはわかっていた。わかっていたのに、私は…俺は…選択を誤ってしまったんだ。」


 彼の口から出てくるのは自分のふがいなさと娘を心配する気持ち、そしていままでの自分の行動に対する後悔だった。

 その後悔のこもった言葉に俺は何も話すことができない。ただ聞くしかできなくなっていた。


「…なあ島村くん。君は彼女がずっといかなる時も笑顔な理由を探っているんだよね」


「…!?ど、どうしてそれを」


「…やはり、か。すごいな君は私が気づくのに時間のかかったものをこうも簡単に…」


「あ、あの~?」


「ん?気づいた理由かい?簡単だよ君が陽華について話したときの顔がその事実に気づいた私の顔にそっくりだったからだ。こう見えても、人を見る目のは自身があるんでね」


「そ、そんなんでわかるんですか」


「もちろん確信はなかったさ。だから少し鎌をかけさせてもらったんだよ。」


「な、なるほど…」


これが花宮さんのお父さんんの手腕。まるでこちらをすべて見通されているかのような気分に陥りそうだ。


「本当に君には関心させられるし、うらやましいよ。」


「は、はい。ありがとうございます」


「…君みたいに見抜ける力が私にもあれば何か変わったのだろうか」


「…あ、あのそれで理由って何ですか?」


「そうかその話だったね。これは君だから話す話だ。くれぐれもほかの人に言わないと約束してくれるか?」


「そ、それはもちろん」


「なら…いいんだ。…そうだね、あれはだいたい6年前ぐらいの話になるのかな?」


***


「ねえお父さんお母さん、見てみて大きな海!!」


「おお、そうだなすごいきれいだ」


「そうですね、ふふ…まるで別世界にいるみたいです」


 車の窓から見えるのは一面に広がる青色の世界。太陽の光が反射してまるで宝石のように輝いている。


「にしても哲郎さん。忙しいだろうによく休みを取れましたね」


「確かに忙しいが会社も少しずつ軌道になってきたからな。少しぐらい休みを取ることもできるようになってきたんだ」


「まあ、それはそれはめでたいことですね。」


「え!、じゃあお父さんこれからもっと一緒に入れるの?」


「そうだな、次の事業がうまくいけば余裕を持って仕事をできるようになるからもう少しかな?」


「じゃあそれ終わったらまたみんなでどこか出かけようよ!」


「そうだな、約束だ」


 この時の俺は世界で1番の幸せものだと思っていた。大好きな妻である花宮舞(はなみやまい)さんと一緒に愛おしい娘ももらって、これ以上なものはないだろう。

 妻の支えもあって事業も少しずつ軌道に載せることができた。もう少し頑張れば家族の時間も増やせるだろう。


 そう、この頃までの俺はこの時間が永遠に続くものだと思っていた…。

 

 ある日のことだった。会社で働いている時突然電話がなった。宛先は自宅からだった。

 何かあったのかと思い、一旦仕事を置いておいて私はその電話に出た。電話の先にいたのは陽華だった。


「お父さん、お父さん!大変だよど、どうしよう!」


その声は今までに聞いたことのないぐらい焦っており、若干涙の混じったような声をしていた。


「どうたんだ?陽華、一回落ち着いて何があったかゆっくり話してくれ」


「お母さんが…お母さんが、急に倒れちゃて救急車に運ばれたの!!」


「…え?」


 あまりに唐突に言われた事実に俺は現実を受け止められず一瞬放心状態にになってしまいしばらく俺はそこで固まってしまっていた。


 次に俺の意識が戻ったのは一通のメールだった。それは、舞がどこの病院に運ばれたのか、というメールだった。

 いてもたってもいられなくなった俺は事情を説明したあと速攻でその病院に向かった。


***


「舞!大丈夫か!?」


「…ごほっ、あ、哲郎さん仕事はどうしたんですか?」


 目の前にいたのはベットで点滴を打たれている状態でいる舞の姿だった。


「仕事は抜けてきた、いや今はそんなのどうだっていい倒れたと聞いたぞ?大丈夫なのか!?」


「…」


「…舞?」


「哲郎さん、ごめんなさい。」


心配に対して答えられたのは謝罪の言葉。そのことばで私のいやな予感は加速する。


「!?ど、どうしたんだよ?謝る前に頼むからどうして倒れたのか教えてくれ…」


「…私、急性的なガンになってしまったの」


「なっ…そ、それは大丈夫なのか?」


「…どうやら潜伏している間に進むところまで進んでしまっていたらしくて、いつ死んでもおかしくないんだとか」


 そうして俺に告げられたのは信じたくもない間違えのない事実。倒れたと聞いた時に1番恐れていた状況そのものだ。


「…うそ、だよな。な、なんかの検査ミスとかじゃ。それに手術とかじゃ…」


 あまりに聞きたくない現実を言われた俺は心ではわかっていてもその言葉を否定するように聞き返してしまう。


「哲郎さん、現実を受け止めてください。私は多分もう生きれて二週間かもしれないんです。」


「…ど、どうして舞がそんな目に合わなければならないんだ。舞は、舞は何も悪いことしていないだろう?」


「こればっかりは仕方ないです。最初はもう驚きましたけど、私はもう覚悟はできてます」



「覚悟なんて、そんな寂しいことを言わないでくれ…頼むから」


「…ごめんね、哲郎さん」


 それから、彼女はガンとの闘病生活を送ることになった。しかし、いくら薬を飲もうとも彼女の容態はすぐに悪化していった。

 どうやら彼女がかかったのはガンの中でも特段と強いものらしくしかもそれが1番広がってはいけないところに広がってしまい、手をつけれないらしい。

 日に日に悪く、やつれていく舞の姿を私は祈りながら見ることしかできず、心の底から無力感を感じていた。


 今もお見舞いにきた陽華が縋りついて泣いていた姿を忘れることはできない。


***


 …そうしてある日彼女に私は呼ばれた。

扉を開けるとそこにいたのは私の知っている姿とはもう全く異なっている、弱りきってしまった私の愛する妻の姿があった。


「…どうしたんだ?舞。こんな時間に呼び出して」

 

「…多分私は…今日が限界だと思うん…です」


「…なっ!?そ、そんなこと言わないでくれ、きっと諦めなかったから奇跡は…」


「…哲郎さん。世の中にはどうしようもないことも…あるんです。…だから…頼みますから私が…もう喋れなくなる前に…ゴッホ、ゴッホ」


「だ、大丈夫か!?」


「…哲郎さん、お願いです。私の最後の…頼みですから。今喋れてるのも…本当に…奇跡みたいなもんなん….です。


 彼女の瞳からは言葉からは懇願するような感情を感じる。体だって喋ることだって苦痛が伴うのにそれでも彼女は俺に最後の言葉を残そうとしている。

 …だから、俺はとうとう覚悟を決めた。…別れの覚悟を


「ふふ、その目私が1番好きな目なん…です。私が、初めて…会った時から…ずっと好きな」


「…哲郎さん。最初にあったのは…高校の校庭でしたっけ?」


  そこから語られたのは二人の出会いと人生。その話は決して誰も触ることのできない神聖な空間。一人の女性は弱々しくも明るい声で、もう一人は強がりながらも涙で二人の会話は続いて行った。

 …この話は誰にも外に語られることはない。


***


「…ふふ、少し話しすぎてしまいましたね。…ただもう時間がないみたいです。…だから最後にお願いを聞いてください。」


「…あぁ、もうなんでもこい。お前のためならなんだって叶えてみせる」


「…哲郎さん幸せになってください。きっとあなたなら仕事もこの先も絶対うまく行きます。」


「ああ、任せておけ」


「そしてもう一つ、陽華のことを笑顔に明るくさせてあげてください。あの子にはきっと笑顔が似合います。私がいなくなった辛い時間を支えてあげてください。彼女がせめて振り切れるまでは」


「…あぁ、当然だ。俺がお前の願いを叶えてみせる!」


「…それでこそ、哲郎さんです。…哲郎、…さん、私…あなたに…あえて…本当に…幸せでした。」


 気づいたらずっと握っていた手、その手から力が抜け彼女が眠りの世界についたのを俺は一番間近で目を離さずに見ていた。


***


「…というのが、お母さんとのお話。まあ、これは理由とは関係ないんだが、こんなことがあったってことを君に知ってて欲しくてね。長々話してしまってすまない」


「…」


「おや?…はは、君は私の話で涙を流してくれるのか…本当に君は優しい子だね。」


「…だ、だって」


 話を聞いていたら俺の瞳からは涙が溢れていた。もし自分がその身だったらと考えてしまうと、どうしても溢れてきてしまったのだ。


「…ただね、私は託されてそれを任されたのならうまくやることができなかった。」


「私は悲しみを少しでも誤魔化すためにも、この先陽華が明るく不自由なく過ごせるためにもまずは仕事を倍にした。」


「そして陽華の様子を見るために一週間に一回彼女と話す時間を作ったんだ」


「…そ、そんな時間を」


「知ってるかい?子供はね思っているよりも感情に敏感なんだよ?だからね、きっと陽華はわかってしまったんだろうね。…最初は悲しみでいっぱいだったその表情はいつのまにか毎回笑顔でいっぱいになっていたんだ。きっと俺が明るくなるのを求めているのを感じてしまったんだろうね」


「けれど当時の私は追い詰められすぎて、それが良いと思ってしまっていたんだ。だからそのままにしてしまった。多分これが彼女が笑顔でい続ける理由だと思うよ」


「そうなん、ですね…」


 明かされたのはあまりにも重すぎる理由。誰も悪くなく誰もが人を思い遣った結果起きた問題。

 想像していたよりもずっと深刻で心に直接ナイフが刺されたような痛みすら感じる。


「全く託されたものをこなせないなんて親として男としても本当に失格だよ。我ながら嫌になるよ」


「…哲郎さんは十分頑張ったと思いますよ。実際花宮さんは元気に今も過ごせてるわけですし」


「…確かにその一点だけをみたら私は成功したのかもしれない。しかし君もわかっているだろう?…彼女は心を押し込めてしまっているということを」


「…そ、それは」


「あれは間違えなく私のせいだ。だから本当は私が解決するべき問題だった。しかし私は陽華が感情を隠していることに気づくことができなかった。」


 彼の口からは常に後悔の言葉が溢れてくる。そのやり切れなさは俺には計り知れない。

 その後悔の辛さを理解することはできない。


「哲郎さん…」


「私が気づいたのは前に陽華と話した二週間前だ。たまたま、仕事が落ち着いてきて私は少し余裕ができたんだ。せっかくだから、と思って久しぶりに陽華と話したんだ。」


「…すぐに気づいたよ。彼女が無理をして笑顔を作ってるって。これでも私は親だからねそういうのはわるんだ、そう簡単な話、昔の笑顔と比べただけ」


「余裕ができた瞬間、本当にいろんなものが見えてきた。けれどもう私では遅すぎたんだ。陽華はもう心を塞ぎ切っていて私が手を届くところを変えてしまったんだ」


「知ってるかい?陽華がね話すのは基本君についてなんだよ?」


「え?」


「隣に面白い子がいてってさよく話してくれるんだよ。それでさ、君について話している時の笑顔だけは私がいつもみていた本当の笑顔なんだ。だから私もね、そんな君に興味をもっていたんだ。」


「そ、そうなんですか」


 え?花宮さん俺のこと話してたの?え、いやだいぶ衝撃的なんですけど…


「最近は少し忙しいのとどうしても陽華に合わせる顔がなくてね。この少しの休憩時間でここに来て様子をみてたんだよ」


「あ、だからあそこで見ていたんですか。」


「そうだね、それで今日たまたま君を見て誘って話して確信したんだよ。」


「確信?」


「…なぁ、島村くん。正式に頼みたいことがあるんだ」


「…なんですか?そんなに改まって」


「…陽華がまた素直に笑えるようにしてくれないか?」


「それは…俺には無理かもしれないです。実は先週の土曜日に一度彼女に踏み込んでしまっていて、いますでに避けられていて…」


「…!!もうすでに踏み込んでいたのか!。いやはや君には驚かされてばかりだ。…そうかそうか、ならもう君はやることがわかっているのか」


「え?いや、今どうしたらいいのか考えていて、もう諦めるべきかなって思ってるぐらい」


「ならば、君に一つアドバイスだ。冷静になって心に従え、それが1番の近道だ」


 後部席に座っているため顔は見れないけれど、その顔が笑顔いっぱいであることだけはなぜか分かったのであった。


***


あれから、家に着きいつものように未来の美味しい料理を食べた俺はいつもより早めに寝る準備を済まして、布団に横になった。

 

「…なんかすごい濃い一日だったな。」


 今日、哲郎さんに出会ったのは本当にたまたまだった。

 あの日以降もやはり未練があったのか俺は花宮さんのことが気になって少し部活を窓からのぞいてたり、少し本を読んで気持ちを紛らわしたりしていた。

 帰宅部らしく早く帰ってたとはいえ、おそらくいつも1〜2時間ぐらいは学校に留まっていたと思う。

 哲郎さんも様子を見に来ていたのは学校が終わる4時から5時の1時間で多いときでも週に2回ほどしか来れていなかったらしい。当然、一日も来れなかった週もある。

 例えば俺が一日でもズレていたら、例えば哲郎さんが今日来なかったら、きっと俺は本を読みにまた図書館にいき、早く帰ったとしても会わない日になっていたかもしれない。


 だからこそ、俺はこの今日のこの偶然の出会いは今日の会話は何か俺に大きな意味があると、そう感じた。


『冷静になって心に従え』


 今も頭の中でぐるぐる回っているのは彼に言われたこの言葉。彼から俺にくれたこのアドバイス、意味はよくわからないのになぜかどうしてもこの言葉が心にひっかかる。


「冷静になって心に…」


 …本当に俺がやりたいことってなんだろう?


 ふと思い浮かんだことを心につぶやいてみる。そうすると最初に考えつくのは花宮さんと結ばれたいこと。当然だ、俺はまだまだ花宮さんが好きだしできることなら結ばれたい。

 しかし、これは今俺が求めている答えではない。もし心のまま従うっていうなら明日には告白するということになってしまう。

 どう考えてもそれは少しおかしいし、タイミングというものがあると思う。


…だとしたら、本を読みたい?、寝たい?、もっとテストでいい点を撮りたい?、それともゲームをしたい?いいや、どれも欲望として持っているが今回の話には関係ない。

 

 心の奥にある本当の気持ち…やりたいことは思いつくのにどれも何かが違う気がする。哲郎さんはなにを見て、何を考えて俺にこういう言葉を言ったんだろう?

 あの時彼があの言葉を言ったとき彼はまるで俺がすべきことをすぐにわかるような、期待の混じった声をしていた気がする。


「俺に一体なにを見通したんだ?」


 彼の望みは間違えなく花宮さんがまた本心から笑えるようになること、それは間違えがない。

 しかし、それを俺に期待して任せるというのはよくわからない。俺は何度も言うが先日のあの日、彼女に踏み込み彼女に言葉を伝えるとともに彼女を傷つけてしまっている。

 それ自体は彼女の変化にならばいいと思ってやったので特に大きな後悔はないし、実際少しは彼女に響いたと思っている。

 ただ逆にいえばすでに俺は彼女に踏み込み今はもう日常会話も少ししずらいような気まずい空気になってしまっている。


 それを俺は完璧ではないものの説明をした、なのに哲郎さんは逆にそれを聞いて俺に任せたように見えた。

 …つまり俺はもう答えを持っていると見ているようだった。


「…でもそんなもん、思い当たる節もないし」


「…そりゃ、お兄ちゃん。自分のことなんも分かってないし」


「…おわぁっっ!、み、未来?いつのまに!?」


 いきなり目の前に現れたのは世界で1番かわいい存在である未来である。

 俺の布団の左側でひょこっと俺を見ていた。その顔は少し頬を膨れており俺に対して怒ってしまっているようだった。


「むー、いつからってずっといたんですけどー」


「え?まじ?」


「お兄ちゃんの横でずっとこっち向くのを待ってたのに向こう向いてずっとなんか考えてるんだもん。」


「き、気づかなかった…」


「兄ちゃんなら暗闇でも未来を見つけてくれると信じていたのに‥」


「うっ…す、すまん。くそっ!俺は兄失格だ!」


 なんてことだ、思ったより長いことそこいいたのか!考え事をしていたとはいえ、こんな近くにいる未来の気配すら感じられないとは!


「…まあ、お兄ちゃんのその一点に集中する癖はいい癖だから。」


「…おお、なんとありがたい言葉。さすが未来様、器がお広いことで…」


「…お兄ちゃん、その喋り方気持ち悪いからやめて」


「はい!やめます!…それはそうとさっきの話どういうことだ?」


「ん?あ〜そのまんまだよ。お兄ちゃんはね、自分のことを全く理解してない…あ、電気つけるね。」


「自分のことは自分が1番理解しているってよくいうんだが…」


「だってさぁ、お兄ちゃんさっきの話聞いてた感じ自分の本当にやりたいことを全く思いついてないんでしょ」


「確かにそれはそうだから、そんな自分の気持ちをすぐに言葉に表せる人なんてそんなにいないだろ」


「未来はできるよ」


「…なるほど、さすが未来」


 実際自分の感情をそのまま声に出すのは、言葉にするのは案外難しいものである。それは、人は周りをみて感情を隠すことがおおく、自分の感情を我慢することが多いため、自分の感情を見失ってしまうことが多いのだ。つまり何が言いたいかというと…未来は天才!ということだ。


「…それでさ、お兄ちゃん。」


「おう、」


「…私のためにいつまでも自分に嘘を着くの、やめて」


「え?」


「…私わかるの、お兄ちゃんは私を心配するあまり自分の心に蓋をして人を心配するようになったって」


「…そんなこと、」


「お兄ちゃん、人が幸せになることばっかり考えて、自分のこと諦めるでしょ。例えばさ、その人が幸せになるために自分の恋を諦めたとか」


「…!?な、なんでそれを」


「お兄ちゃんが未来の感情をわかるように未来もお兄ちゃんの感情がある程度わかるの。だから、お兄ちゃんが落ち込んでいることぐらいすぐわかるし、それをお兄ちゃんから起こしたってことも見たらわかる。」


 彼女の目に映るのは俺の顔、未来は俺を見てまっすぐ言葉を伝えてくれる。いつもの瞳より何倍も真剣で本当に優しい瞳をしている。


「お兄ちゃんは本当に優しい。人のことをずっと心配していつも自分を犠牲にしてその子を助けようとする。…それがお兄ちゃんで私もそれに助けられた。私が今もここにいるのだってお兄ちゃんのおかげだし。」


「でもさ、たまにはさお兄ちゃんも素直になることが大切だと思うの。その心のフィルターを剥がして素直に…さ」


「…俺の素直な気持ち、」


 …素直な気持ちってなんだ?それこそこそさっき考えてた俺のやりたいことと何か違うのか?未来の言う心のフィルタってなんなんだろう?

そんなものが俺に本当にあるのだろうか?俺は俺なりに素直に生きてきたつもりなんだが…


「はぁーもうしょうがないな、じゃあ大ヒント!…お兄ちゃんはさ、花宮さんと結ばれたい?」


「え?そりゃもちろん」


「じゃあ、結ばれるにはどうしたらいいと思う?」


「それは俺が告白するとか」


「…なんだわかってるじゃん」


「…え?は!?まさか未来、俺に告白しろって言ってるのか!?」


「そりゃあもちろん。それがお兄ちゃんのほんとの気持ちだし」


「そりゃ…俺だって結ばれたいとは思っているけど。お互い気まずい感じだからするにしても絶対今じゃないって」


「世の中当たって砕けろだよ、何事にもチャレンジしなきゃ」


「砕けるのはいやなんですけど!?」


「と に か く お兄ちゃんは明日花宮さんに告白すること!きっとそれが全部丸く治るから!」


「いやいや、なんで!?」


「それは自分で考えてねー!じゃ、おやすみー」


「いやちょっ、スト…。あ、逃げられた」


 け、結局俺の素直な気持ちは告白したいってことでいいのか?しかし、ついさっき否定したことを他の人にそれが本音だだと言われるとは思ってなかった…

 未来の言うことを信じるならそれが何か変化を与えるということらしい、…でもそれが表す意味とはなんなんだ?

なぜ周りの人はみんなそれをわかっているのに俺はそれがわからないんだ?

 ヒントをもらっても答えを見つけられない自分が情けなくて悔しい。


「花宮…さん」


…自分が求めいるもの、告白をすべき理由、冷静になった時の心、それを思い浮かべながら彼女の笑顔を思い浮かべる。

 そうするとやっぱり色んな感情が浮かんできてやっぱり好きだと思わされる、やっぱり好きでやっぱり笑顔が見たくて、やっぱり今のままじゃいやで、だから、だから俺は…俺は…


「…あぁ、そうかそうだよな、そらそうだ。…はぁ〜。なんでこんなことも一人でわかんないんだろう?あの時自分で答えも言ってたのに…」


***


「…ねえ、花宮さん。放課後さ一緒に帰らない?」


「…え?」


 今日も何気ない一日、空は晴れていて空気はだんだん冷たくなって来ている。だからこそ、俺は今日たとえ失敗したとしても決着をつけてやるんだ。


***


ーキーンコーンカーンコーンー


「よし、学校終わり。じゃあ花宮さん一緒に帰ろう?」


「…私部活あるんだけど」


「大丈夫、一日ぐらい休んだってなんも言われないさ」


「いやそれはそうかもだけど…」


「さ、カバン持って。ちょっと遠出するよ」


「え!?今から!?…あ、まってまって島村くん!」


 学校を出て、バスに揺られ、駅に着く、そしたら電車にのってゆき、駅超え橋を超えトンネルを超えて行く。

 そうして最後はタクシーを使って目的地へ歩んでゆく。花宮さんはどこに行くのかもわからないのに俺のことを信じてついてきてくれている。


「さ、ついたよ」


「もー全く一体どこに行こうと…って、え?」


 日が短くなり太陽はこの時間なのにもうほぼ沈みつつある。まだ明るくとも若干の赤い空が見えてきている。

 だから、この場所はこの季節だと肌寒く感じてしまう。だってここは…


「…海だ。しかもここは、私の…」


「…どうしてもさ、俺ここで君と話したかったんだ。君にとって多分、1番思い出深いここで」


「…誰に聞いたの?」


「哲郎さん。昨日少し話したんだ」


「お父さん!?忙しいのによく会えたね」


「まあ、たまたま時間が重なったんだよ。運が良かった」


「なるほどねぇ。…で、島村くん君はここで私に何を話したいのかな?部活をサボらせてまで話したい話なんだよね?」


 冗談交じりで彼女は俺と会話をする。今朝までの気まずさが嘘のように、海に照らされた二人の影は近づいてゆく。彼女が話すたびに肌にプレッシャーを感じてゆく。


「そりゃもちろん。俺にとっても君にとっても本当に大切な転換点になるはずの話だ」


「…私にとっても。ねぇ、島村くんもし前の話の続きなら私には無理だよ?」


「まあ待ってよ花宮さん。まずば聞いて欲しいんだ。」


 彼女に踏み出してもらうにはまずは俺が踏み出さなくてはいけない。だから失敗しても後悔が残らないように、彼女に俺の気持ちが伝わるように彼女の目をまっすぐ見て覚悟を決めて…俺のすべてをはきだすんだ。


「花宮さん…初めて会った時からずっと好きでした、おれと!付き合ってください」


「………ふぁっ?。え?え、ちょ、ちょっと待って。い、いや…え?な、ななんで?どうして?私なんかにっ!?」


 告白を聞いた瞬間、彼女は大きく驚き言葉を詰まりながら困惑を言葉に表す。きっと告白なんてよくされるだろうにこうして少し頬を赤くしながら言葉を受け止めてくれただけでも俺はうれしい気持ちになる。


「花宮さんだからこそだよ。俺は君のその明るい笑顔も優しさも、そのうちにある隠したやさしさや少女らしい気持ちのなにもかもがかわいいと思うし好きなんだ。君と出会って、俺はようやく他人の温かみを思い出すことができたんだ。」


「で、でも、私…人と付き合うなんて、ほ、ほら…君も知っての通り私っていろんなこと隠しているから、」


「知ってるよ。だからこそ俺は告白したんだ。」


「…えっ?」


彼女の表情にはより一層困惑が広がり、頭の上にはてなが浮かんでいるのを感じる。


「考えたんだよ、どうやったら君が素直に笑えるようになるのかって。そしてその答えが告白なんだ」


「…何を言ってるの?告白がどうして私が素直になれることにつながるの」


「こんな理由で告白するとは思ってなかった。でも、もしかしたらラッキーなのかもしれない。俺はヘタレだからきっとこういうきっかけがなかったら告白もせずに終わっていたかもしれない。そして俺は一生後悔するという。」


「そうやって気になることを先延ばしにするの嫌いなんだけど…」


「先延ばしになんてしてないよ。俺の告白が答えで理由は君が持っているんだ。」


「…私が?」


「自分が笑い続ける理由は自分が一番わかるはずだろう。」


「わかんないから聞いているんだよ?この姿が私は自然でおかしなところはないのに。……ねえ、だからさ、君が言葉にしてくれない?私に教えてよ、君の考えを」


 ごまかし続ける彼女からでた最後の言葉は教えてほしいという懇願、自分では言葉に……いや、違う。彼女はやっぱりわかってる。否定し続けるから迷ったけど、やっぱり理解している。理解したうえで俺に言葉を求めているんだ。

 その自覚を本音を自分に言い聞かせるためにも、言葉を…待っているんだ。


「わかったよ花宮さん。…君はきっと失いたくなんだ、もう二度と大切な人を失いたくないんでしょ。だから笑っているんだ、哲郎さんに心配をかけたくないから。」


「…ははは、すごいね完璧だよ。私のことをここまで理解してくれた人なんて初めて…。」


「…俺は君と同じ道を歩んで行けるし、絶対に君の前からいなくなったりしない。少し間抜けで陰キャなところもあるしきっと君には釣り合わないかもしれないけど。俺は精一杯努力するし君を支えれる。だから、どうか俺を選んでくれないか?」


「…焦らないで島村君。まずは、さ本当の気持ちを聞いてよ。君のおかげでようやく少し言葉にできそうなんだ。」


「もちろん、俺は君優先で動いているからね。それに答えも気になるし」


「ふふ、ありがと。…それでね、答えなんだけどさっきも言った通りほぼ完ぺきなんだ。きっと私は怖かったんだ、また目の前で誰かを失うのが。…お父さんに聞いたのかな?私が少し小さいころにお母さんを失ってお父さんが

仕事に没頭したって」


「うん、花宮さんが笑えるために過ごせるために仕事を増やしたって」


「…本当にバカだよね。自分だって悲しいはずなのに私のために頑張ってさ、しかもたまに私とお話しする時間もとってずっと私を気にかけて…」


「本当に素敵なお父さんだよね。そこまで娘のために動ける人なんて普通できないよ」


「うん、本当に私を愛してくれて大好きで自慢のお父さんだよ。だからさ、失いたくないんだ。さっき言ったスケジュールってさすごい無茶なんだよ。仕事を増やして私の生活費をすべて賄いながら私と会話する日を作ろうとするなんてさ、…まあ、だから倒れたんだよね」


「…え!?哲郎さん倒れたの!?」


「うん、働きすぎによる疲れとストレスで会社でね。結構危ないところまで無茶していてさ、しかも無茶をする日って大体私と話す前と後、きっと私がまだ笑顔じゃないからって思ったんだろうね。それをさ、小さかった私も感じて急に怖くなったんだ。このまま私が笑顔にならなかったら次こそお父さん死んじゃうんじゃないかって。その時はお父さんの体には別条はなくて少し数日の記憶が曖昧になった程度で済んだけどその怖さは消えなかった。」


「だからお父さんの前で演じることにしたの、私笑顔になったよって。もう一人でも大丈夫だよって。そのためにずっと苦手だった人とのかかわりも増やして普段から明るいポジティブな私を演じたんだ。そしたら、いままで見向きもしてこなかった人たちも私を見てきて気づいたら今みたいになっていた。本当は怖かったけど失う恐怖には比べるまでもなかった」


「…そして気づいたらそれがすべてになっていて人前で素を出すのが怖くなった。だからこれが本当の自分だってずっと言い聞かせたんだ。そしたら周りの人も寄ってきてお父さんも笑顔になって…」


「ただ、いつの間にか当たり前になっていたそれはとても寂しくてつらかったんだ。自分から初めておいてさ、いざ本当の自分を見てくれる人がいなくなったらつらくなるなんて本当に身勝手だよね」


 本音としてあふれてくるのは彼女の本当に秘めていた思い。その言葉はダムのようにせき止められていたものがあふれ、ことばが感情が止まらなかった。

 俺が見ていた彼女も本当に一部で彼女の本当の真の花宮陽華はこんな姿だったんだ。こんな思い過去を持っていたんだ。それを彼女は全部隠していたのか、ああ本当にすごいや。絶対俺にはできない。


「…だからさ、島村君。君は特別だったんだ。君だけなんだ私のことを明るい花宮陽華じゃなくて一人の花宮陽華としてみてくれたのは、君だけなんだここまで踏み込んでくれたのは…島村君こっち来てくれない?」


「うん?いいけ…!?」


 褒められすこし照れ臭さに浸っていた俺は言われた通り彼女に一歩踏み出そうとして、ほっぺにやわらかい感触がはしった。


「は、花宮さん!?」


 慌てて彼女の方を見ると今までにないぐらい頬を紅潮させてすこし唇を抑えている彼女の姿があった。


「それが、私の答え。これからよろしくね、島村君」


「…!!はい、よろしくお願いします」


 夕焼けが沈みゆくころ、海辺には明るい女の子と引っ込み思案で優しい男の子の影が重なっていたという。


***


「おはよー島む…だ、大輝くん」


「あ、おはよう、花み…よ、陽華さん」


 あれからしばらくたっても何気ない日常は続く、けれど変化だってたくさんある。少しずつ素を出せている花宮さんや少しずづ周りとかかわりを持っている俺。

 

そしてなによりも…


「今日も部活終わったら一緒にご飯食べよ」


「いいね、今日はどこに行こうかな?」


「は、は、は青春とはいいなあ」


「…うるさいです委員長。わざわざうちのクラスに来ないでください」


「いいじゃないか、リアルで小説みたいな出会いをした二人に興味があるんだ。」


「…はあ、まったく」


「ふふ、やっぱりあの人面白い人よね」


「…そうだな、」


 きっとこの二人の関係はこの先も幸せな未来をたどっていくだろう。それは間違えない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

明るい花宮さん(トラウマ持ち)と結ばれる話 kこう @kwkou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ