濡れ衣カンニング

石田空

呼び出しを受けたらなんか違った

「笹野、お前佐々木の答案をカンニングしただろう?」

「はあ?」


 ある日、急に担任に呼び出しを受け、初めて入る教育指導室で開口一番に言われたのがそれだった。濡れ衣にも程がある。

 佐々木さんは俺の前に座っている子であり、俺はちょうど真後ろに座っている。カンニングしようと思ってできる位置ではない。


「いや、無理じゃないですか。俺がカンニングなんて」

「だがな、笹野と佐々木、全く同じ回答の科目が三個もあるんだよ。いくらなんでも出来過ぎだろう?」

「はあ……?」


 おい。普通に考えたら、暗記問題なんて同じ回答にしかならないだろ。この担任、いくら優等生が被害受けたからって、ナーバスになり過ぎじゃないのか。

 俺がイラッとしている中、担任は俺に二枚の答案を見せてきた。

 片方はあからさまに書き殴った文字で、片方は筆圧が低過ぎるのかぼやけて薄い文字だった。


「こちらが笹野。こちらが佐々木だ。同じだろう?」

「ええっと……あー」


 たしかにこれ、担任が呼び出すのはわかる。

 これは英語の問題で、「この言葉を使って例文をつくれ」という問題が存在する。これが全く同じなんてありえない。現国もだ。


「でも先生、これ……どちらも全く同じスペル間違いしてるじゃないですか」

「だからカンニングを疑っているんだが」

「あとこの現国。これ絶対におかしいですよ」


 俺は現国の例文を読むのがとにかくやる気がなさ過ぎて無理で、友達に相談したら「現国のセンセはプロレス好きだから、とりあえずプロレス技混ぜればまけてもらえるよ」と教えられ、本当にわからなくってジャーマンスープレックスとか卍固めとか、ふざけていると怒られてもしょうがないものをどちらも大真面目に書いてある。これをカンニングしたら、普通に我に返って止める。

 それに担任は「だよなあ」と頷いた。

 ……あれ、様子がおかしい。


「俺をカンニングしていると疑ったんじゃなかったんですか?」

「いやなあ……佐々木なんだが、いろいろおかしくって。こうやって笹野に相談したかったんだが」

「はあ」


 見せてもらった他の答案を見る。どれもこれも満点で、なにがそこまでおかしいのかがわからなかった。優等生様々な気がするんだが。


「全部合ってますよねえ?」

「いや、一部は先生の引っ掛け問題を入れていたから、絶対に満点になることはありえないんだ」

「はあ?」


 なんでそんなもんを入れたし。

 俺が呆れていると、担任が続ける。


「この数学1の問題だが、これは解ければ東大合格余裕レベルの問題だ。なんでそんなものを解けるんだ?」

「……成績がいいから、とか……」

「その割に、真後ろの笹野の答案を何故か丸写しするような真似をするし」

「あ……」


 そうだ。俺は佐々木さんの真後ろに座っているんだから、どうやって佐々木さんは俺の答案……それもプロレス技の混ざった文をカンニングしているんだという話だ。


「……どうやってでしょうね?」

「答えはドローンです」


 いきなり教育指導室のドアが開いたかと思ったら、佐々木さんが登場した。

 神経質に髪をたるみなくひとつ結びにし、成績優秀、品行方正の生徒として知られているが。中学時代を誰ひとり知らないという謎だらけのクラスメイトだ。


「ドローンを使って笹野くんの答案を覗き見ました。私は創作ができません。ですから手っ取り早く笹野くんの答案を書き写しました。書き写す対象を間違えました」

「待って。いろいろとおかしいよな? あとドローン飛んでいるのなんて見えなかったけど」

「迷彩機能を使い、消音モードにすれば簡単です」


 簡単に無茶苦茶なことを言わないで。

 担任はダラダラと汗を掻いている。俺もダラダラと汗を掻いている。ただ佐々木さんだけは表情ひとつ変えない。


「佐々木という生徒を成績優秀、品行方正というキャラ設定にしたのが失敗しましたね。あまり明るいキャラ設定にしてしまったら、この国の人間の流行を延々と追わないといけませんでした。ひと月で更新のかかる流行は困ります」

「待って。佐々木さんじゃないとしたら、あんた誰」

「まあここでこの話も終わりです」


 そう言って佐々木さんはいとも簡単にスカートからなにかを取り出したと思ったら、スプレー缶を思いっきり担任に目がけて吹き付けた。そのまま担任は倒れる。


「なにしてんの!?」

「記憶消去です。担任は私のことを前々から疑問に思っていたようですから、いい機会ですから私に疑問を持ったことそのものを消去しました。それでは次は笹野くんを」

「待って」


 佐々木さん(仮)がいったい何者かはわからない。

 某国のスパイか、宇宙人か、なんかの工作員なのか。ただひとつ言えるのは、いきなりなんの抵抗もなく記憶を消してくるというのは危険だということだけ。

 俺はダラダラ冷や汗を掻いて言った。


「現地協力者になりますから! 記憶、消さないで!」


 佐々木さん(仮)はキョトンとした顔をした。


<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

濡れ衣カンニング 石田空 @soraisida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画