第3話 獄卒は女子高生を連れ帰る

 定時退社の時間となったことで琥影は深陽を連れて帰宅した。


 仕事終わりの風呂と晩酌を唯一の楽しみにしている琥影だったが、今夜だけは一旦それを諦めて深陽がここに来た理由を知るため質問を投げかけた。


 浴槽にお湯を張る準備だけ済ませて彼女の話に耳を傾けた。


 聞けば聞くほど、この深陽という女子高生は人が良すぎるというか本当に愛嬌抜群なポンコツだった。しかもよりによって、一般人とは比べ物にならないほどの霊力を有しているから余計に厄介だった。それさえなければ現世と黄泉の境を通過することもなかっただろうに。


 目の前で明るく話す女子高生深陽は、心霊スポットに一人置いてけぼりにされた。本人はそれがいじめだと今の今でも微塵も思っていない。


 肝試しするからと丑三つ時に廃トンネルに呼び出された時点でおかしいと思えよ。ホイホイと向かうなよ、亡者ですらそんな危うい行動とらないぞ。あとなんでド深夜なのに制服で出かけてんだよ……。


「――てな感じで、私は今ここにいます!」


「あ~うん。なんつうかおまえ相当にアレだな……まあいいや。風呂も沸いたようだし、おまえ先に入ってこい」


「助けてくれたのは感謝しているけど、それはちょっと困るというか……」


 深陽は頬を赤らめて両手で口元を隠し、また必殺の上目遣いを発動していた。


「ちが、そういう意味じゃない!」


 すぐさま言葉を訂正しようとするが、確かに言い方的にもそう受け取られても仕方がない。


 琥影は体温が上昇するのを感じながら猛省すると同時に後悔した。


 咄嗟の出来事だったとはいえ、あまりにも迂闊すぎた。自宅じゃなくて黄泉公安部に引き渡すべきだったかもしれない。

 生者を家に連れ込むなんて職権乱用もいいところだ。同僚にしょっ引かれて職を失うとか最悪すぎる。ひとまず上司に報告するついでに対策でも練ってもらおう。


「着替えがないから琥影君の服を借りることになるし……って、どうしたのなんか顔赤いよ?」


「何でもない。さっさと風呂入ってこい。着替えは脱衣所んとこに何種類か用意してあるから、そこから適用に選んで着ろ」


「ごめんね、ありがとう。君がいてくれてよかったよ~」


「気にすんな、生者を保護するのも俺の仕事だからな。で、俺は上司に報告しに行ってくるけど、絶対に何も食うなよ?」


「はいは~い、わかってるわかってる。ではでは、お言葉に甘えさせていただきま~す」


 深陽は座布団から腰を上げてそそくさと浴室に向かった。


 百数十年ぶりに人を家に上げた。プライベートでも仕事でも必要最低限の会話しかしない人種が、いきなりあんなコミュニケーションお化けと対峙するのは少々難易度が高かった。

 その上、今から上司に会わないといけないとか……超面倒くさい。このまま座布団を枕にして夢の世界に逃げ込みたい。


 電話で連絡なんてよこすな、直接口頭で言えとかいつの時代の人間なんだよ。

 そのことで一度口論になったっけ、その時は確か……人間じゃないから該当しないとかって言われて幕を閉じたな。


「あ~しんど。まあ明日でおさらばだし、もう少し頑張るとしますか。頑張れ、俺……」


 琥影は愛刀を掴み家を出た。



 ◇◇◇◇◇◇



 上司に報告を済ませた琥影は身体を左右に揺らしながら帰宅した。


「マジで……あのクソ上司。また無理難題を押し付けやがって、でもあの五百年減刑なら受けざる負えない」


 靴を脱いで居間に行くと深陽がテレビを見ながら我が家のようにくつろいでいた。


「あっ、おかえり~」


「おかえり! じゃねぇよ。服、服どうなってんだよ!」


 帰宅早々琥影は大声を上げて震える手で着替えを指差した。

 注意された深陽は視線を落とし不思議そうに自分の姿を確認している。


「……ふくぅ? なにどこか変?」


 コイツは何がいけないのか理解していないらしい。


 動くたびにぶかぶかのシャツの隙間からチラリと肌が見え隠れする。男物による大きめのサイズによる対比が余計魅力的に映る。そんな男を誘惑するような装いで平然としている。


「なんでおまえ上しか着てないんだよ! 短パンとかジャージとか色々と置いてあっただろ!」


「私……寝る時は上だけしか着ないの!」


 深陽はそれはもう見事なサムズアップをしてみせた。


 大抵の男性なら大喜びするようなシチュエーションなのだが、琥影は心労によりそれどころではなかった。


「キリっとしたいい顔で言ってんじゃねえよ……はあ~俺も風呂はいろ。そこの押し入れに布団入ってるから、寝たかったら勝手に寝ていいからな」


「は~い、いってらっしゃ~い。あーあばばば……この扇風機おばあちゃんとこにもあったなぁ~」


 壁に手をついて歩く琥影をよそに深陽は、テレビに飽きたのか今度は扇風機の前で口を開けて遊び始めた。昭和世代の誰もが一度はやったであろう通過儀礼だ。


 脱衣所にたどり着いた琥影は足元に転がるカゴを見て思考停止した。


 制服どころか純白の女性用下着が折り畳まれてそこに鎮座していたからだ。


「…………」


 肩が見えていたのに紐らしきものはそこにはかかっていなかった。つまりはそういうことなんだろう。

 何がとは言わないが、持ち主同様にとても大きかったことだけは明言しておこう。


「はあ~マジで吐きそう……しんどい」


 この日、琥影は人生で一番長い風呂を堪能した。

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