第2話 獄卒は女子高生と出会う
「やっと終わった~。ほんと長い坂だったな~、もう足くたくた。疲っかれたぁ~。で、ここどこ? ねぇ君ここがどこか知らない?」
つま先立ちしては左右の足を交互にグルグルと回して、足をほぐしながら少女は鳥居に向かってそう問いかけた。
上司から気配を消すのが上手いと絶賛されるほどの影の薄いことで有名な琥影が、ただの一回でしかもこの暗闇の中で看破された。
琥影はロクに考えもまとまらない状態で対応せざる負えなかった。
逆にもう逃げられないことため覚悟は決まった。最終的には土下座をしてでも許しを請おう。
その前に、まずは事情聴取でもしておくか。平常心、平常心を忘れずに……。
「よく俺の存在に気づいたな。その前にこっちの質問の方が先だ。どうやってここに来た?」
琥影は鳥居から飛び出し尋ねたが少女は屈んで何かを注視していた。
透き通るような白肌に艶やかな黒髪の少女で、服装から判断するに学生のようだった。
「えっ……あの~、その~……こんばんは」
少女はポカンとした表情でこっちを見て挨拶したのち、また視線が元の位置に戻り琥影を無視して一点を見つめ始めた。
「あっどうも今晩は……」
淡白な反応に拍子抜けした琥影もまた同様の態度をとると、自分以上に少女が何に興味をもったのか気になり視線を向けた。
そこには鳥居にへばりついた同色のヤモリがいた。
「あ~そういうこと?」
盛大に勘違いをしていたらしい。
少女は自分に話しかけてきたのではなく、このヤモリに話しかけていたのだった。
「いやそうじゃないだろ! 目の前のヤモリよりもどう考えても俺の方が気になるだろ!」
琥影はナルシスト全開なセリフを吐いた。
「角とか生えてるし? なんか刀持ってるし? もしかしてコスプレとかですか? そろそろハロウィンの季節ですもんね」
「いやいやいやいや……おまえ、なんかもうすごいな。その神経を少しでもわけてほしいぐらいだわ」
「神経って渡せるんですか?」
「そういうことを言ってるんじゃなくて……もう疲れた」
「お疲れさまで~す」
琥影を驚かせたのは彼女のこの豪胆さだった。
ただ自分が置かれた状況を把握できていないだけかもしれないが、それでも多少なりとも動揺するはずなのに、彼女にはそれが一つもなかった。
西蔵琥影はこの黄泉の国で働く獄卒だった。ただそこにいるだけで周りを畏怖させてしまう。獄卒になったことで、その力は増大し今では役人の中でも実力だけならトップレベル。誰も寄せ付けてはいけないこの
また獄卒は一般的に暴徒鎮圧用として棍棒を所持することが許可されているが、琥影のみ特例で上司と同等に帯刀を許可されている。それも相まって、琥影がこの坂で見張りをするようになってから一度も亡者が近寄って来たことがない。
まさか初来訪者が亡者ではなくて生者とは予想していなかった。
琥影は時間をかけて少女に事の重大さを説明をしていった。
はじめはヤモリに夢中で話半分に聞いていた彼女だったが、琥影が鳥居を叩きヤモリを移動させてからようやく素直に聞くようになった。
「――つうことで、おまえは今結構ヤバい状況だということだ」
「なるほどぉ~」
「軽い……あまりにも軽いすぎる。このままだとおまえ亡者になるんだぞ。本当に理解してんのか!」
「わかってますよ。でも、琥影君が私を助けてくれるんでしょ?」
少女は君付けで呼び上目遣いで切り返す。あざとさ満点な行為なのだが、当の本人はそのことに気づいていない。
その男子に媚びを売るような言動が原因で一部の女子生徒から恨まれた結果、この場所に来ることになってしまったのだが、その悪意にも気づいていない。
このびっくりするほど能天気な生者の名は
紺のブレザーにチェック柄のプリーツスカートがよく似合っていた。決して邪な意味ではない、彼女が着ているプレザータイプの学生服が珍しかったからだ。
黄泉の国では基本的に亡者は白装束であり、未成年の獄卒は男女関係なく学ランで成人の場合だとスーツと決められている。
「ああ……それが俺の仕事だからな。とりあえず今夜は俺ん家に泊まれ。今から坂を上がってたとしても間に合わないだろうしな」
「うん、わかった。案内よろしく!」
「おまえ……もっと危機管理した方がいいぞ。一応、俺男だぞ?」
「う~ん、でも琥影君だしなぁ~。さっさと行こうよ」
「後三十分で仕事が終わるって、さっき話しただろ。もう少し待ってろ」
「は~い、じゃそれまでアカモと遊んどく」
深陽は勝手にアカモと名づけたヤモリを手に乗せて愛でていた。このヤモリは琥影が会話の妨げになるからと、先ほど逃がした個体であった。
そつなく会話をしているが内心では、彼女の狂ったような距離の詰め方にどう対応すればいいのか頭を悩ませていた。まだ出会って十分も経っていないのに、もう下の名前で呼んで来るし家に平然と泊まろうとするしで、意味が分からなかった。
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