心労獄卒と黒髪女子高生~それヨモツヘグイだから食べるなって言ったよな~

虎柄トラ

第1話 獄卒は純白を拝見する

 真っ暗闇の中、灯篭のほのかに揺らめく火に照らされる人影があった。


 その人物は毎夜毎夜その時間その場に訪れては、特に何かするわけでもなく鳥居を背に佇んでいた。


 鳥居の奥には急勾配な坂があり両端は影すら落とさないほどの深淵が広がっていた。点々と配置された灯篭を頼りに足場の悪い砂利道を上りきってもその先には何もない。切り取られたように途中で足場が無くなる。


 古き良き日本風景が残る片田舎に突如として現れた近未来的アート。


 その坂の入り口前で見張りをするのが西蔵琥影にしくらこかげの仕事だった。


 八時間勤務の残業無し賞与は年二回で週休二日制の好待遇なホワイト企業。しかも、そこにさえ居れば何をしてもいいという破格のゆるゆる職場だった。


「今日も今日とて平和だな~」


 琥影は星一つない夜空を見上げて呟いた。


 この仕事をするようになって、それなり経つが一度もここに人が訪れたことはない。今までなかったのだから、今夜も何もなく勤務を終えるはずだった。


「うん……えっ? 上から音が聞こえるような?」


 昨日寝るのが遅かった琥影は寝不足によって生じた幻聴だと思ったが、その微かな音は途切れることも無く聞こえてくる。


 ……ザッ……ザッ……。


「気のせい、気のせいに決まっている」


 ザッザッザッ……。


 砂利を踏みしめる音が少しずつ大きくなり、間隔もまた短くなっていた。


 どこにもつながっていないはずの坂から誰かが下りて来る。あり得ないことだった……あってはいけないことだった。


 もう幻聴だとか悠長なことを言って現実逃避をしている場合じゃない。


 琥影は焦る気持ちを必死に抑え、その正体を掴むため鳥居の奥を見上げた。


 プライベートで来るような場所でもないし、仕事で来たとしても鳥居を越えることはなかった。なので、琥影はこの坂の全長がどれほどあるのかも知らない。奥にある灯篭は火が弱まっているのか、手前に比べて随分と暗かった。


「よく見えない……な」


 やはり灯篭だけしか光源がない現状では何一つ手掛かりは得られなかった。


 坂を駆け上がって確認しに行ってもいいのだが、暗闇から急に見知らぬ人が飛び出してきたら驚くに決まっている。だからといって、声掛けをしたらそれはそれで同様の結果になりそうだ。

 どちらにしてもそれが原因で万が一でも足を踏み外して奈落にでも落ちられたら、始末書を何百枚書いても許されないだろう。


 それだけは何としても回避しなければならない。


 琥影は鳥居に隠れて不審者が坂を下りきるのを黙って待つことにした。傍か見れば、琥影の方が不審者なのだがそのことを注意する人は誰もいない。


 革靴を履いている足が見えた。


 足があるということはどうやら人間のようだが、この位置からだとまだ全貌を把握できない。


 琥影は目を細めて注視した。


「…………」


 琥影は十秒ほど停止したのち、目を逸らし自分の犯した愚行を自責した。


 薄暗い中にすらりと伸びた白い脚が見えた。そうなると自然とその続きまでも見えてしまうものだ。

 揺れるスカートの奥から覗かせる下着を拝見してしまった。


 もう言い逃れができないほどに堂々とである。現行犯逮捕できるレベルでガッツリと見てしまったのだ。


 思考がそっちにいってしまったことで、琥影は本来の目的を見失ってしまった。


 足音がドンドン近づいて来る。


 逃げ場のない琥影はひとまず鳥居の影に隠れることにした。何も解決しないことは頭では分かっていたが、自然と体が動いてしまったのだ。


「ど、ど、どうするべきか……」


 激しく脈打つ鼓動が耳に響いて煩わしい。


 鮮明に視認できてしまったことを考慮すると、残すところ後一分足らずで鳥居を通過する。


 その僅かな制限時間内で対策を講じなければならなかった。


 主に下着を覗いてしまったことへの謝罪と言い訳を……。


 ザッザッザという音からジャリジャリと足音が軽いものへと変化していた。


 それは彼女が坂を下りきったことを意味していた。

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