竹使いの魔女が来たりて笛を吹く

津月あおい

竹使いの魔女が来たりて笛を吹く

 ぎぃ、ぎぃ、とそれは穴の中で鳴いていた。

 血を流し絶命する寸前で暗い空を仰いでいるのは、何十年も生きた人食いハクビシンだった。


「まだ息があるの。しぶといわね」


 軽やかな声とともに、ハクビシンの胴体に十三本目の太い竹串が突き立つ。

 その太さは直径二センチ、長さは一メートルを超えていた。

 ぎぃぃぃっ、とひときわ大きな叫び声をあげ、ハクビシンはついに土に掘られた穴の中で息絶える。体長およそ三メートル。付近の子どもらを幾人も亡き者にした化物であった。


 穴の近くにはランタンがひとつ灯っていた。

 その明かりに照らし出されているのは、次の竹串を投げようといまだ身構える少女だ。少女は白黒のストライプの着物に真っ赤な帯を締め、長い髪をうしろにひとふさ垂らしていた。


「もう、大丈夫そうね……」


 周囲には竹林が広がっており、幾千もの枝葉がさわさわと風に揺れていた。

 穴の中の動きが完全になくなったのを確認し、少女は自分の腕ほどもある長さの竹串を背中の帯にしまう。


「じゃあ空木(うつぎ)、そろそろ始めるわ。準備して」


 声をかけた先には、藍色の作務衣を着た若い男がいた。

 細いフレームの眼鏡をかけているが、そのレンズはランタンの明かりで白く反射している。空木は無表情でうなづいた。


「ああ。わかった、アラヤシキ」


 アラヤシキと呼ばれた少女が視線を戻すと、今度は帯から一本の黒い篠笛が取り出された。

 どう見ても帯の中に収まらない長さだった。しかし、帽子からハトを取り出す奇術師のように、それはその手に自然と納まる。

 唇を添え、奏でるは「かごめかごめ」の曲。


 ――籠目 籠目 籠の中の鳥居は いついつ出やる 夜明けの番に 鶴と亀が統べた 後ろの正面だーれ――


 笛の音とともに、二人が穴の周りを回りはじめる。すると、ハクビシンの入った穴がゆっくりと閉じていった。

 足元からは竹の根の這い回る不気味な音がしはじめる。

 それらの不協和音は月のない夜空へと吸い込まれ――。


 ――籠目 籠目 籠の中の鳥居は いついつ出やる 夜明けの番に 鶴と亀が統べた 後ろの正面だーれ――


 笛の音とともに地面が軟体生物のように蠢めく。それはやがて落ち着きを取り戻し、白い光をいくつも地表に灯しはじめた。さらに光は空中に白い鳥居を成していく。


 ――籠目 籠目 籠の中の鳥居は いついつ出やる 夜明けの番に 鶴と亀が統べた 後ろの正面だーれ……。


 笛の音がようやく鳴りやみ、穴のあった場所の上に光る鳥居だけが残る。

 それは突然ぱん、と四散した。

 光の球が落ちていった先にはタケノコがむくむくと生えはじめ、一気に根元の光る竹へと成長する。


「今日は四本か……ぼちぼちね。じゃさっさと伐採して帰るわよ、空木」


 言われた空木は無表情でうなづく。

 それぞれの光る竹の元へ行き、腰に差していたナタで切りつける。


 これは「魔竹」といい、普通の竹とは違う特性を持った竹だった。

 これを生やし、収穫するために二人は魔物を調伏したのである。


 伐採が終わると、四本の竹を紐できつくしばってまとめた。

 見ると、それぞれの枝の先に白い小さなものが現れている。竹の花だった。


「うん、花はこれだけあれば上々ね。そしたら帰りましょうか」


 アラヤシキは篠笛を背中の帯にしまい、今度はそこから竹ぼうきを取り出す。

 あり得ない場所からあり得ない容量のものが飛び出す――。しかし、アラヤシキにとってそれは普通のことであった。


 彼女は竹取の翁の末裔。

 別名「竹使いの魔女」と呼ばれる存在だった。


 アラヤシキは竹ぼうきを体の前に持ってきて水平にする。

 すると、それは腰の高さでふわりと浮いた。


「貸せ、アラヤシキ」


 いつのまにか側に来ていた空木が、そう言って竹ぼうきを横取りする。彼は長い縄でもって竹と竹ぼうきとをそれぞれ二箇所ずつ連結させた。


「あんたねえ……」


 アラヤシキは使用人である空木の言い方に少し不満を覚えたが、彼の仕事が終わるとさっさと自分の竹ぼうきに腰かけた。


「ランタンの火を消して。もう行くわよ」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


 空木がランタンを回収して竹の方にまたがると、アラヤシキはそれを見計らって夜空へと飛び立った。

 竹ぼうきが上昇していくにつれて、つながれた縄がぴんと張られていく。

 空木と魔竹はブランコのようにして運ばれていく。


 ざわざわと風に揺れる竹林の上に出ると、眼下にはふもとの街の明かりが見えた。

 アラヤシキはゆっくりとその方角へ針路を取った。



 -------



 ぬるい風が吹いて、ちりんちりんと風鈴が鳴る。

 遠くでセミの鳴き声がする。

 白黒のストライプの着物に赤い帯を締めた少女、アラヤシキはついぼやいた。


「だあれも来ないわねえ……」


 竹製のベンチに腰かけて、ぶらぶらと足を揺らす。

 その背後には藍染めの大きな暖簾がかかっていた。『竹細工商店 あらやしき』と白抜きで文字が書かれている。また、六芒星のようなかたちの「六つ目」と呼ばれる籠目も白く染め抜かれていた。

 ここはアラヤシキが経営している小さな店だ。


「駅からだいぶ離れてるとはいえ、誰か一人くらいは店の前を通ったっていいんじゃない?」


 所沢駅の西口にあるプロぺ商店街を通り、その先の飛行機新道を曲がった先に東川がある。

 その川のほとりにこの店はあった。

 現在気温は三十八度を上回り、灼熱の昼下がりである。当然表には誰もいない。


「アラヤシキの服には竹の魔力が宿っているから快適だ。だが、普通の者にはこの外気温は堪えるだろう。早朝か夕方にしか外に出ないだろうな」


 空木の言うとおり、暑さ寒さをアラヤシキは感じない。

 朝からずっと涼しい顔でこの店先に座っている。


「空木……そんなことはどうでもいいの。それより、もう注文の品はできあがったの?」

「もうすぐできる。だからアラヤシキに休憩を、と思って声をかけに来た」

「あらそう。それはどうも」


 店の中から出てきた男、空木は盆の上に一杯の茶を乗せていた。

 アラヤシキ専用の白い湯呑である。その表には竹の葉の模様が透かし彫りされていた。


「竹の花茶! ああ、これでまた寿命が延びるわ。そう思うとあの昨夜の人食いハクビシンには感謝ね」


 嬉しそうな声をあげて、ぐいっと一飲みする。

 昨夜収穫した「光る竹の花」を煎じて作ったものだ。その茶には仕留めた獲物の魔力が宿るのか、免疫強化、アンチエイジングといった若返りの作用があった。一般には出回らない魔女専用の茶である。


「とりあえず、これで今回の注文分は間に合いそうね。でも、やっぱり売るより仕入れの方が滞っているのよねえ。一般用の真竹はあるけど、魔竹の方は……そのスジのタレコミがないとどうにも……」


 そう嘆いていると、ひとりの女子高校生があわてた様子で走ってくるのが見えた。大きな風呂敷包みを抱えている。セーラー服姿の少女は泣きそうな顔でこちらにやってきた。


「い、いらっしゃい」


 アラヤシキがやや怪訝な顔をしながら挨拶をすると、女子高校生はすぐに叫んだ。


「あのっ、『竹ぼうきはありますか?』」

「……! 『どんな竹ぼうきですか?』」


 魔竹に関する合言葉だと察したアラヤシキは、すかさずそれに呼応する言葉を返す。

 すると、女子高校生はさらに言葉を続けてきた。


「『夜にも掃ける竹ぼうきです』!」

「……わかりました。こちらへどうぞ」


 アラヤシキは飲み干した湯呑を空木に返すと、さっそく客を店の中へと案内する。どんな案件かはわからないが、これでまた魔竹の仕入れができるかもしれない。思わず笑みが浮かんでしまう。

 店内に入ると、そこは広い土間となっており、左右にはところ狭しと竹製の用具が置かれていた。かごやざるは大小さまざまあり、扇子や茶道具、箸やおしぼり受け、さらには釣竿までが並べられている。


「すごい……」


 女子高校生はそれらの商品を見て目を丸くしていた。

 最近の若者は、竹製品に触れる機会があまりないようだ。しかしその良さや美しさは一度見れば誰でもちゃんとわかる。

 アラヤシキはふっと微笑むと、レジの横を通り過ぎ、その奥にある和室に上がった。そこにはちゃぶ台と二枚の座布団があった。


「空木、この子に普通のお茶をお出しして。普通のお茶よ? 普通のお茶」

「……ああ」


 アラヤシキは座布団の位置を直しながら、そう空木に指示をする。

 空木は何事かをつぶやきながら土間の奥へと消えていった。


「さて、お嬢さん。いったいどんなご用件でしょう。こちらへ来て、さっそくお話してくれる?」

「えっと……あの、店長さんはどちらですか? わたし、あなたじゃなくてここの店長さんに用があるんですけど」


 女子高生はそう言ってきょろきょろとあたりを見回している。

 アラヤシキはひくりと口の片側を歪めると、一語一句はっきりとした口調で言った。


「わたしが、ここの店主よ。アラヤシキというのはわたしの名。用があるならこの、わたしに言って頂戴」

「ええっ? あ、あなたがアラヤシキさん?」


 女子高校生はわかりやすいほどに驚いていた。まさかこの少女が店主だとは思わなかったのだろう。


「え、だってあなた、あたしより若いのになんで……」

「見た目からよく小学生だとか中学生に間違われますけどね、一応あなたよりは年上なの。ちゃんと店主だから安心しなさい。はい、さっさとそこ座る!」

「……は、はい」


 女子高校生は気まずそうな顔で和室に上がってきた。

 座布団の上に座ると、おずおずと包みをちゃぶ台の上に載せる。


「わたし田浦ミナって言います。あの、この呪いの人形をどうにかしてください!」


 女子高生は風呂敷包みを解くと、中からボロボロになった市松人形を取り出した。アラヤシキはそれを鋭い目で一瞥する。


「ふうん、これはずいぶんと……禍々しい人形ね。でも、きっといい魔竹の材料になるわ。ふふ、お持ち込みありがとうございます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

竹使いの魔女が来たりて笛を吹く 津月あおい @tsuzuki_aoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画