二人は逃避行の果てに海を見る

焼鳥

【短編】二人は逃避行の果てに海を見る

「私の家出に付き合ってくれない。」

「嫌だが。」

なんで俺は深夜のコンビニでクラスメイトの土下座を見ているのか。

「新しいコーヒー出てるじゃん。」

高校の自販機で缶コーヒーを買い、自分の席である窓際の端に座る。

「あまっちいつもコーヒー飲んでるけど好きなん?」

「嫌いだが。」

「じゃあなんで飲んでるんだよ。」

「ただのだ。」

天知石徳あまちいしのり、それが俺の名前でクラスメイトには「あまっち」と呼ばれている。

友達という友達はいないが、クラスの面々にはから認知されている。

(ダルい、学校行くの疲れる。寝ると先生に怒られるから余計に疲れる。)

一人の女子生徒が教室に入るとクラスの男子は皆そちらに顔を向ける。

金に染めた髪と人の目を引くスタイルの良さ、顔の良さを持つ学内でも知名度を持つ生徒、海地百合あまちゆりだ。

「やっぱ彼女可愛いよな。」

「お前あの噂聞いたか、やっぱあれ本当なんかね。」

「だって時折休んでるから事実だろ。本人は認めないだろうが。」

俺が認知されている理由、それは彼女と苗字のふりがなが一緒なことである。

先生が「あまち」と呼ぶと俺と彼女が反応してしまう為、一時期は変な噂も湧いた。

そして現在流れている噂もしょうもないもので、「男とヤっている」、それだけだ。

どうせ適当な法螺吹きから始まった噂でも、俺達の年齢ではすぐに盛り上がる。

「それであいつに話振る奴も大概だけどな。」

事実でも嘘でも俺には関係無いことだ。どうせこの先関わることは無いのだから。

そう思っていた。

「最悪だ。」

コーヒーを飲もうとしたらインスタントが切れている事に気づき、深夜のコンビニに向かっていた。

時期は夏の手前、肌寒い季節ではないので薄着で動けるのはありがたい。それでもまだ高校生なので警察に見つかると補導されかねないので気を付ける。

歩いて数分の場所にあるコンビニで目的の物と、ついでに夜食にチキンを買った。

「油うめ〜深夜に食うこれは悪魔的だな。」

「わかる。」

「だろ!これで二百円はやす.....なんでお前がここにいる。」

気づくと隣に海地百合あまちゆりが立っていた。

明らかに他所行きの服装をしており、余計にあの噂に信憑性が増す。

石徳いしのりもそういう顔するんだ。」

「悪いかよ、お前の服装に問題があると思いますけどね。つかなんでこんな時間にお前がここにいるんだよ、普通なら寝る時間だろ。」

時間は既に丑三つ時を過ぎている。

「そういう石徳いしのりはこの時間からまたコーヒーなんて飲んだら寝れないよ。」

「カフェイン効かない体質なんだよ。数杯飲んでも簡単に寝れる。」

「うわその体質羨ましい。」

空になった缶をゴミ箱に捨て、彼女を置いて帰ろうとする。

「こんな場所で女の子一人置いていくなんて酷い男子もいたもんだな〜。」

「ならその服で本来行く予定だった人の元に戻ればいい。」

「あの噂信じてるんだ。」

「どうでもいいし興味も無い。勝手に自滅してくれ。」

こういうのは下手に関われば面倒だと相場が決まっている。

「お願いがあるの!石徳いしのりにしか頼めないことなの。」

「・・・・・・・。」

「そんな死んだ虫を見るような目で見ないで!」

流石にコンビニの駐車場のど真ん中で土下座されると無視出来ず、諦めて話を聞く。

「私の家出に付き合ってくれない。」

「嫌だが。」

「お願いだよ〜〜。」

内容はこうだ。家族関係が終わっている彼女は普段なら大丈夫だが、両親が喧嘩してる時は家に居られず、小中学校の知り合いの家に寝泊まりしていた。一応男性の家にも泊まっていたがまだ下の世話はしたことがない。でも流石に泊まりすぎた為、もう行く先が無いとのこと。

「尚更嫌になったのだが。」

「どうして....」

今の話を聞いてどう考えたらOKが出るのか、いやうちのクラスのバカ男子どもなら言いそうだ。

「仮にOKしたとして俺にメリットが無い。」

「・・・・体貸します。」

間髪を容れずに彼女の頭に拳骨げんこつを落とす。

「いったい!」

「これで済んで良かったな。二度とそんなこと言うな。」

もうコイツと話したく無いので自転車に乗り、コンビニを後にする。

「まぁ頑張ってくれ。」

「置いていくな〜。」

面倒な奴に絡まれてしまった。

「ただいま。」

時間は3時に差し掛かり、家の中は真っ暗だ。こんな時間まで起きてたら明日(今日)の授業はほぼほぼ寝ることだろう。

「流石に寝るか。」

自分が思う以上に彼女と話したのが疲れになってるようで、かなり瞼が重い。

「明日から絶対に絡んでくるよ、学校行きたくないな。」

憂鬱な気分になりながら、ベッドに飛び込んだ。

その日の学校で海地百合あまちゆりが俺に声をかけてくることは無かった。

噂が流れてる中で声をかけてくるのを躊躇ったのかどうかは知らないが助かる。

「それでも少しは気になっちまうんだから優柔不断とか言われるんだろうな。」

確かに綺麗さっぱり忘れるなんて出来ない、なんならあれは記憶に残る方だ。

「はぁ...こんなんだから妹に優男とか言われるんだろうな。」

今日もコンビニに行ってみるとしよう。

「こんばんは。」

「マジでいたよ。」

本当にいた、しかし今日の服装は制服だった。前に会った時とは違う。

「家に帰ったら凄い怒られた。『兄のようになれない貴方はいらない』だって、産んだのはお前なのに酷い言いようだよね。」

言葉を口に出せば出すほど彼女の声色は悪く、弱くなっていく。

「私は兄じゃないのに、兄のようになれとか無理な話じゃん。違う事を証明する為に髪とか染めたのに、結局こうなっちゃう。」

彼女の頬を涙が伝う。

「私いらない子なんだ。」

前とは違う、学校で見てきた海地百合あまちゆりとは違う、この姿が本当の海地百合彼女なんだと否応無しに理解させられる。

「だからなんだ、お前は俺に何して欲しいんだ。」

「家出に付き合って。」

多分間違った選択をしたんだと思う。

でも泣いてる女の子を見捨てるほど、俺は酷い男になれなかった。

「明日の7時にこのコンビニ集合な。お金忘れなよ。」

朝、コーヒーを飲み終えて寝巻きからに着替える。

時間を見れば約束の時間に近づいており、荷物が入ったリュックを背負い家を出る。

「一応書き置き残してるけど、家に帰ったら雷落ちるの確定だな。」

それでも自分が選んだ事だ。

「行ってきます。」

全て終わった後のことはその時考えるとしよう。

「それで何処に行くんだ。」

「海が見たいの。」

「海ですか。」

「砂浜がいっぱい広がってるような海に行きたい。」

「それ遠い場所にしかないぞ。」

俺と海地百合あまちゆりは現在、通学路とに乗っている。

「近場だと誰に見つかるか分からないし、ズル休みしたんだ、トコトン知らない場所に行ってやる。」

石徳いしのり元気そうじゃん。」

「これは空元気だ!!」

電車に乗っている人は徐々に少なくなり、等々に終点に着く。

「ここからどうするの。」

「乗り換えだ、俺たちは新幹線なんて乗れるほどお財布が重くないからな。」

道中の自販機で缶コーヒーを買い、乗り換えの電車を待つ。

石徳いしのりいつ見てもコーヒー飲んでるけど、好きなの?」

「嫌いだ。」

凄いデジャヴを感じる。

「じゃあなんで飲んでるの。」

なんだもう直せない。」

「ふ〜ん。」

目的の海に着く予定時間は午後ぐらいになる。それまではゆっくりと行くとしよう。

流石に電車に乗っている人は自分達以外は皆高齢の人で、明らかに浮いているが諦めだ。視線も感じるし、なんならヒソヒソ話してるので誤解されてる気もする。

海地百合あまちゆりはあまり寝れてなかったのか、寝息を立てている。

「昨日とは大違いだな。」

それでも今の彼女と昨日の彼女、どちらが本物かと言えば昨日だろう。

「無理やり押し固めてるんだろうな。」

学校では噂が自分の首を絞め、家に戻れば家族が自分の首を絞める。

そんな環境下なら俺はとっくに逃げている。逃げていない彼女は凄いと思う。

「ただまともに話して一日しか経ってない男の肩に頭預けるとは思わなかったが。」

寝ている彼女は普通に可愛い、バカ男子共が盛り上がるのも理解できる。

「それでもヤってみたいとか口に出すのは気持ち悪いけどな。」

「猿にはなりたくない」、改めてそう思った。

「ここからバスなんだよね。」

「そうだよ。つかこれから行く海はまだ海開きしてないけどいいのか。」

「いいよ、泳ぐわけじゃないし。」

時間は正午に差し掛かっており、丁度お腹も空いてきた。

「近くにカフェがあるみたいだし、そこで昼飯にしよう。」

「またコーヒー飲むつもりでしょ。」

なんだよ。」

そう言い切って、ネットで検索したカフェに向かった。

カフェはモダンな雰囲気があるお店で、店主もいかにも年季の入ったおじいちゃんだった。漫画とか小説で出てくるような作戦会議をするようなお店だ。

窓際のテーブル席に座り、メニュー表を見る。

「お昼に向いてるものばかりだな。この感じ夜はバーとかなんかな。」

「すみませ〜ん私ミートソーススパゲッティお願いします。後クリームソーダも。」

「俺は....コーヒーで。なんでもいいです、お店側のオススメのを下さい。高くても大丈夫です。」

店主は「かしこまりました」と綺麗にお辞儀し、カウンター裏に入っていく。

「一から作るだろうし気長に待つか。」

「待つなら教えてよ。」

「何が?」

「コーヒーを飲む理由。」

「・・・お前が思うほど重くないぞ。」

仕方なく注文の品が来るまでの間、繋ぎとして話し始めた。

「兄さんコーヒー飲みたい。」

「インスタントコーヒーしかないし、僕は飲めないからちゃんと飲みきれよ。」

「大丈夫!私もう大人だから。」

小学生6年の僕と小学3年の妹、父親がよくコーヒーを飲んでいたので妹もそれに憧れてコーヒーを飲もうとした。

結果は想像の通りだ。

「兄さん飲んで〜〜〜。」

思いっきり吐いた妹の代わりに、気持ち悪くなりながらもコーヒーを飲む。

それで終わりなら良かったのに、妹は何度も挑戦した。その度に後始末の為に俺が飲み、いつしかそれが日常になった。

朝昼晩一回ずつ口につけては俺に託すを繰り返す。「ちゃんとしたお店のコーヒーを飲めば大丈夫になったのでは?」とか思ったが、当時の俺にそんな考えが浮かぶ筈もなく、飲み続けた。

「そのせいで今も飲み続けないと違和感で死にそうになるってだけだ。」

「妹がいたんだね。しかも話聞いてる限り絶対に可愛い!」

海地百合あまちゆりは俺の妹がどんな見た目なのか妄想してるのだろう。

だがこの話には続きがある。そしてこれを彼女に話す事はない。

両親が離婚した。

俺は父親に、妹は母親に付いてた。

離婚した理由は関係不和と聞いている。離婚する少し前から父親が大きな仕事を任されたらしく、家にいる時間が殆ど無くなり、母親が家事をやっていた。

専業主婦なら文句は言えないかもしれないが、母親も仕事をしていた。そのせいで母親の方の怒りが積もり、そして爆発した。

息子と娘がいる前で口喧嘩を始め、あれよあれよと離婚まで行った。

「兄さんも一緒がいい。」

妹が母親に何度も懇願していたのを思い出す。

だが父親の頑張り、普段は俺と妹の為に休日の日は仕事せずに遊んでくれた事が忘れられず、俺は父親について行った。

「兄さんは私のこと大切じゃなかったんですか。」

「大切だよ、でも父さんだって大切だ。」

「兄さんなんて知らない。」

それが妹との最後の会話だ。今は何をしてるかなんて何一つ知らない。

それでも。

コーヒーを飲んでる間だけ、

だから俺はコーヒーを飲み続けているのだ。

「でもコーヒー飲めるようになると大人になった感じがするの分かる。」

「そういうもんか。」

「そういうもんなの!私もコーヒー飲んでみる。」

「飲まんぞ。」

海地百合あまちゆりが追加でコーヒーを頼み、少ししてから俺のと一緒に運ばれてくる。

「にがい....」

「ほれ見たことか。」

石徳いしのり飲んで〜。」

そうお願いする彼女はまるであの頃の妹とうり二つだった。

「・・お前な、いいから寄越せ。お前は他に頼んだものをしっかり食べきれよ。」

「ほら飲んでくれる!やっぱりね。」

「ちっ。」

「舌打ちした!?」

初めてだった、コーヒー以外で妹の事を思い出したのは。

(これはせめてもの礼だ。)

そう言って今まで飲んだ中で一番美味しかったコーヒーの飲み込んだ。

「ここだよな。」

「ここですね。」

カフェから出る時、店長から「泊まる場所に困ってるなら此処に行くといい」と教えられた。まぁこんな平日に子供がカフェにいるのだからそう思われても仕方ない。

「それにしたってな。」

教えられた所に行くと、歴史がありそうな旅館があった。

中に入り宿泊の値段を聞くと、想像以上の安さであり、正直詐欺を疑った。

「この時期はここ辺りは海開きしないし、目立った観光地も無いので宿泊客が居ないのから安くなるの。」

そう言って笑う女将さんはなんとも言えない雰囲気があったが、海地百合あまちゆりは「なら泊まるしかないよ、私達のお金でも泊まれる値段なんだよ。」と言ったせいで決まった。

「お客様は何しに此処まで?」

海地百合あまちゆりが露天風呂に入っている間、女将の質問に返す。

「相方が『綺麗な海を見たい』と言ったから此処まで来ました。まぁ日帰りの予定でしたが、カフェの店長のお誘いもあったので。」

「もしかして彼女さん?」

「違います。まぁ話せるような関係でもないですか。」

元々海を見たらこのまま帰る予定だったが、日帰りも一泊二日も大して違わない。

「ならオススメの場所がありますよ。」

「海で?」

「はい。知る人ぞ知る場所があるんです。それに今日は...それは行ってからのお楽しみです。」

その先の部分が一番知りたいのだが、どうやら教えてはくれないようだ。

石徳いしのり、お風呂最高だったよ。」

「おう。」

「こっち見てよ。」

「この数時間の付き合いでも分かる、お前今だらしない格好してるだろ。」

「バレたか。」

海を見に行くのは夜だと伝え、その間は部屋でゆっくりすることにした。

石徳いしのり、少しだけ背中貸して。」

「なんで急に..構わん。」

「ありがとう。」

その時の彼女はあのコンビニで見た時と同じ顔をしていた。

「何も聞かないから勝手にしてろ。俺は音楽聞いてるから。」

「うん。」

彼女の重みが背中越しに伝わる。仕方ない、満足するまで付き合うとしよう。

私が彼を選んだ理由を聞かれて答えれば、彼は嘲笑うと思う。

全てが偶然だったと思うし、あの日彼がまたコンビニに来なければこんな事にもなっていない。だからこの一日だけでいいのだ、『日常』から逃げるのは。

「なんで兄のように出来ないの。」

それが母親の口癖。既に社会人の兄はよく出来た人で、エリートだった。

だから妹の私も同じような道に進ませる為、色んな事を私にやらせた。

父親は優しい人で、そんな私を庇ってくれた。それでも私はあの家に居たいと思う気持ちは日に日に薄れていった。

試しに無断でお泊まりして、次の日家に帰る。それで母親が心配してくれたら少しは頑張れると思った。

何も言ってこなかった。

そりゃあそうだ。母親は自分の子供を自分の立場を良くする為に使ってる人間なのだから仕方ない。ママ友にはエリートである兄を自慢し続け、その兄を産んだ自分は凄いと宣う。それで得られるのは愉悦感と満足感だけなのを知らずに。

その事で父親は激怒し、その時期から喧嘩が絶えなくなった。

それから友達の家に泊まる日が増えていった。

ふと高校に連絡が行ってるのか気になり先生に聞いたが、一度も母親から連絡は来てなかった。父親は時折登校してるか電話してるらしく、父親の愛だけは感じられた。

そしていつからか噂が流れ始めた。

休む私も悪いと思った。それでも噂の内容が内容だった、無視は出来なかった。

「男と遊んでいる。」

「男とホテルに入っていくのを見た。」

そして。

「あいつは金を払えばヤラしてくれるらしい。」

それぐらいの時期からだ、クラスの生徒の視線が気持ち悪いと思ったのは。

女子は侮蔑の視線を、男子は性欲の視線を向けるようになった。

男、友達の男子の家に泊まった事もある。それでもやましい事はしていない。

「そんなことした事ない。」

そう言っても誰も信じてくれなかった、ただ一人を除いて。

「それで楽しむお前らに吐き気がする。」

いつものように私に聞こえるように話す男子の集まりに彼は言った。

彼は私と苗字の読み方が同じなせいで嫌な目にあった事は知っていた。

「気にすんな。」

きっと彼は覚えてないと思う。多分あれは無意識に出た言葉だったから。

そうだとしても、あの時の彼の目は『普通』の目だった。

それだけで救われたのだ。

だから。

「明日の7時にこのコンビニ集合な。お金忘れなよ。」

私の手を嫌々だったとしても取ってくれたあの日の貴方を忘れる事は一生無い。

「この先らしい。」

時間は21時を回り、辺りは真っ暗だ。

女将さんが教えてくれた場所は見た目が殆ど獣道の先にあり、既に信じられなくなっている。

「磯の香り。」

「本当だ。」

匂いがする道の先まで走り、それを見た。

写真や絵でしか見た事ないような切り取られた浜辺と海。

「こんな場所があったんだ。」

「これは知る人ぞ知る場所だわ。」

自分達以外に人が居らず、空気が澄んでいるのか星もよく見える。

「水も透明、此処まで透明なの初めて見たかも。」

「えぐ!これ現実か?現実だったわ。」

海地百合あまちゆりは既に裸足で、靴を持って浜辺を走っている。

「うわああああああああああ。」

「倒れたら洗えないぞ。」

「わかってる!」

小さい子供のように無邪気に笑う彼女を見て、思わず笑みが溢れる。

自分もこの景色を堪能しようと浜辺に近づいた時、は流れた。

「綺麗。」

流星だった。

「そうか、流星群。だから夜が良いって。」

少し前にSNSで近々来るみたいな記事が流れていた。まさかそれが今日だとは。

初めてみる流星の数々に思わず声を失う。

石徳いしのり願い事唱えなきゃ!!!!」

「お前....」

そう零すが彼女は既に目を閉じて祈っていた。

(口に出さないとダメじゃなかったか?まぁ人それぞれか。)

もう一度海に反射した空を見る。

(忘れませんように。)

妹の顔、声、記憶の全て、俺は静かに願う。

「叶いますように。」

彼女の呟きを俺は聞いてない振りをした。

「いや〜楽しかった。」

「また来てくださいね。」

「勿論。」

「大変助かりました。」

あの後俺達は宿に戻り、就寝した。

流石に朝から高校に向かえば午後の授業ぐらいは出られる筈だ。

「問題は....家だな。」

どう考えても父親の雷が落ちる、帰りたくない。

「諦めるしかないな。」

女将さんに別れを告げ、最寄りの駅に向かう。

「昨日なんてお願いしたの?」

「言わん。」

「けちー。」

「そういうお前はどうなんだよ。」

「私?私はね〜。」

ぴょいっと俺の前に立ち、告白した。

「『石徳いしのりとまた何処かに行きたい』だよ。」

にへ〜と笑う彼女を見て、笑ってしまう。

「あははははははは。」

「笑うなんて。」

「いやすまん。あまりにも簡単に願うことを願ったんだなと。」

「それって。」

「また付き合ってやるよ。」

俺が昨日願ったことも、彼女がいるなら叶ったも同然だ。

(忘れるわけないか。)

「いっぱい誘うけどいいの?」

「構わんがお財布と相談だな。」

「高校卒業してもだよ。」

「お前の場合卒業出来るのか?」

「出来ます!」

プンスカと起こる彼女を見て、妹の顔を思い出す。

「兄さん!」

本当に瓜二つだ。

「私の顔に何か付いてる?」

「いや〜お前が妹と凄い似てるなとね。」

「なんか下に見られてない??」

「見てるが。」

石徳いしのり〜。」

背中を叩く彼女を無視して駅に向かう。

「そう言ったのなら、また私の家出に付き合ってね。」

「嫌だね〜。」

「茶化さないでよ〜。」

もう少しだけ、お互いが満足するまで。


「また海見に行こうぜ。」

「うん。」


この関係を続けよう。

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