第4話

─ツヴァンの町


 アマナは城下町の外れにある亜人たちの町でパンセとポンセの家に居候する事となった。 日中は、怪我や病気になった者がいればオーバーン焼きを食わせて治すという医者の様なことをして過ごしていたため、只人・亜人どちらからも信頼を得て、良好な関係を築いていた。そんなある日。


「はぁ……」


 窓から遠くの王宮を見つめるアマナ。どこか上の空である。先日、村と王宮の行き帰りをカスターと二人で一頭の馬に乗って往復した。その時、馬に乗り慣れぬ彼女をカスターは優しく気遣ってくれたのを思い出した。


「アマナ、殿下に……」


「恋してるね……」


 パンセとポンセはアマナの様子を見て悟っていた。亜人の二人から見ても、カスターという人物は非の打ち所が無い好青年であった。ましてや一国の王子且つ次期王位継承者である。同じ只人であるアマナが惚れるのも無理からぬというもの。


「だけどなぁ、アマナの恋路には大きな壁があるんだよ」


「な、何よ急に?」


 アマナがカスターに恋い焦がれている前提で話し掛けてきたポンセに若干戸惑う。


「まず殿下はあたし達亜人にも優しいけど、王族なのよ。アマナは平民どころか身分すらあやふやじゃない」


 パンセの言い分に、アマナの表情が曇る。


「種族と身分の差は、とんでもなく分厚いんだよ。期待なんてしない方がいいってこと」


 ポンセの言葉が追い撃ちを掛ける。


「さようなら……私の王子様……」


 膝から崩れるアマナ。


「“私の”とか言い出したぞ!?日に日に面白い女になってるな」


「ともかく、そういうわけだから殿下の事は諦めなさいな」


 と、そこへ……


「おや、僕の話かな?」


 爽やかな通る声がした方にアマナ達は振り返る。すると、そこに居たのは


「で、殿下!?」


 白馬に跨がったカスターの姿があった。


「今日はアマナに会いに来たんだ」


「わ、私に?」


 馬を下りたカスターはアマナの手を引く。


「パンセ、ポンセ。少し彼女を借りるぞ」


「ええ。ごゆっくり」

「良かったな!」


 手を振る双子を尻目にアマナとカスターは町の外れへと駆け出した。



 それからというもの、カスターは暇を見てはアマナに会いにツヴァンまで足を運ぶようになる。限られた時間の中、語り合うだけでもアマナとカスターは幸せだった。

 カスターはアマナの手を取り、彼女を見つめる。


「私は、いずれオーバーン王国の王位を継ぐことになる。その暁には王制を廃し、国を共和制へ変えるつもりだ!」


「どうして……?」


 カスターは続ける。


「王族も貴族も平民も、只人も亜人も関係なく皆が平等。民が民の中から選んだ者によりまつりごとを治める……それこそが真の平和への一歩だ。そして……」


「そして?」


「身分の差などというものが無くなれば、私は君を……妻に娶ることが出来るだろう」


「殿下……!」


「すまない、君の私に対する気持ちも知らぬまま……」


 カスターは握っていたアマナの手を離す。


「嬉しいです…殿下。私も、あなたのことが……大好きですから」


 アマナはカスターの胸に抱きつく。一見細身に思える彼の体は、日々の鍛錬により培われた筋肉による硬さを持っていた。そして、アマナの肩と首を抱き返す腕も力強い。


「アマナ……名前で呼んでくれないか。僕を」


「……愛してるわ、カスター」


 重ねられる唇。そこには微かにオーバーン焼きの、餡子の残り香があった。


「……アマナ!危ないっ!!」


 突然、カスターがアマナを抱き寄せたまま反転した後、彼だけが石畳へと転がる。


「カスター!これは……?」


「逃げろ……アマナ」


 カスターの背中に刺さる十字状の刃物、手裏剣。その飛来した方向を見ると、そこには三人の人影が立っているではないか。


「油断禁物というやつですぞ、カスター王子」


 忍び装束姿の男は背中に差した鞘から片刃の剣を抜きながら歩み寄る。

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