嫌われ妻のはずが、夫が今日も話の続きをせがんできます
山田露子☆12/10ヴェール漫画3巻発売
短編
結婚して一年になりますが、これまでに一度も夫と会ったことがありませんでした。
それは不幸な結婚ということになるのでしょうか。
――結婚一年と一日目――不機嫌そうなオーラを纏いながら、夫が
初めてお顔を拝見しましたが、とても綺麗な方ですね。
夫はダリウス・レイラー中佐とおっしゃる方です。二十四歳ですでに中佐まで上り詰めているわけですから、ものすごい出世ぶりですよね。
「この手紙はどういうことだ」
彼が冷ややかな怒りをまとわせて、紙面を突き出してきました。
私は「ちょっと失礼」と断って内容を確認しました。
『夫ヨ スグ戻ルベシ サモナクバ オ前ノ エリーズ 殺ス』
手紙の末尾には『C』の文字が。
「カロリーヌ――エリーズ王女を殺すと書くなんて、正気か?」
夫から初めて名前を呼ばれました。
カロリーヌは私の名前です――え? まさか彼、この手紙を私が書いたと思っています? 末尾の『C』は、Carolineの『C』だと?
「今のご質問にお答えするなら、私は正気です」
「開き直るのか――お前、王女の殺害予告なんかして、絞首刑だぞ」
「この手紙は私が書いたのではありません」
私の言い分を聞き、彼が鼻で笑います。
「じゃあ誰が書いたんだ」
「説明が難しいです……七日後に、事情をお話しできますが」
それを聞き、彼がすっと瞳を細めました。
彼の美しい虹彩にこんな感情が込められている気がしました――『見エ透イタ 嘘言イヤガッテ 七日モ引キ留メル気カ クソ妻 オ前 殺ス』
そんな圧をかけられましても……今、私に言えることは何もありませんよ。
『妻カラハ 今ハ何モ 言うコト アラズデスヨ 威張リンボ夫サマ』
* * *
なぜか一緒に晩餐の席に着くことになりました。
彼はあれだけ私を避けていたのに、奇妙なことです。
私は白いナプキンを手に取り、膝の上に広げながら、『そういえば』と口を開きました。
「レイラー中佐、ご挨拶が遅れました。はじめまして、妻のカロリーヌでございます」
これを聞き、グラスに手を伸ばした彼が、ピタリと動きを止めました。
「……それは嫌味か」
「いえただの挨拶ですが」
「まずレイラー中佐、という呼び方はなんだ」
「あ」私は口元に手を当てました。「申し訳ございません、もしかして降格されて、今は少佐になられた? 役職間違いは、嫌味になってしまいますわね。ではレイラー『元』中佐殿」
「違う、中佐で合っている」
合っていますの?
あとどうでもいいことですが、眉根を寄せてもお綺麗な顔ですわね……これならエリーズ王女がぞっこんなのも理解できますねえ……。
「なんだその生温い顔」
「いえ別に。階級が中佐で合っているなら、ほかに何が失礼だったのでしょう?」
「普通、夫のことは名前で呼ぶだろ」
「なるほど、ではダリウス」
「……急に距離を詰めるな、こいつ……というか『はじめまして』なんてシレッと言って、一年帰らなかった私に当てつけただろ」
彼の言い分がおかしくて、くく……と声に出して笑ってしまいました。
「何がおかしい」
「だってあなたが、『オ前 俺ヲ 一年恋焦ガレテ ズット待ッテタンダロ ダカラ ハジメマシテナンテ 当テツケタンダロ』的なことを言うものですから。私も暇ではありませんのでね、どうでもよいことでいちいち当てつけなんてしませんよ」
「………………」
夫の顔から表情が消えました。
* * *
「そういえばカロリーヌ――お前、縁談の仲介人であるヘンリード卿とはどういう知り合いなんだ?」
前菜を食べながら、彼が話しかけてきました。
一年顔を出さなかったツンケン中佐のくせに、前菜という晩餐のスタート時点でもう我慢できずに話を振ってくるとは、ははあ……さては寂しがり屋なのですね?
「レイラー中佐……寂しがり屋なのに隊には喋るお友達がいないのですね? お気の毒に」
「失敬な」
「あら、お友達がいないのは悪いことではありませんわ、一匹狼の生き方は個性です」
「友達いるわ、黙れ」
「はいはい」
私はできる妻なので、さらりと流してあげました。
「ええと、それで……縁談の仲介人であるヘンリード卿と私の関係は、話すと長くなりますわ」
「そうか」
「………………」
「………………」
前菜を美味しくいただいていますと、彼がキレました。
「いや、晩餐は長いんだから、言えよ!」
えー……私は横目で彼を流し見しました。
『面倒クサイナ 黙ッテ 食ベナサイヨ スットコドッコイ』
* * *
仕方なく、私はヘンリード卿との関りを話しました。
◇
私は西部の端、死の荒れ地と呼ばれるソラル地方で生まれました。
地主の娘に生まれてしまった義務で、私は荒れ地の悪魔に
薄暗い洞窟の奥――そこで私は奇跡の種を見つけ、持ち帰って、西部全体に広めました。
その種が実り、荒れ地は豊かな大地に変わりました。
その功績を買われて、遠縁のヘンリード卿が縁談を紹介してくださいました。
ヘンリード卿はおっしゃいました――「西部に荘園を持つ貴族の中で、前途有望で、顔が良く、誰もが羨む男を紹介してやるからな」
◇
私はモノマネが得意です。そこで関わった人々の声真似、仕草を再現しながら、彼に人生を語っていきました。
ヘンリード卿が縁談を紹介してくださいました――まで話が行き着いた時、ちょうどデザートを食べ終えましたので、「では」と私は席を立ちました。
「おい、どこへ行く」
「自室です」
「主寝室で続きを話せ」
「嫌です、早く寝ないと、明日は色々やることがあるので」
私はきっぱり断り、晩餐の場から去りました。
もちろん夫妻の主寝室ではなく、個人の部屋に戻りましたよ。
* * *
翌朝。
まだ早朝ですのに、夫がダイニングに現れました。
「朝食を一緒に」
彼は眉間に皴を寄せながらそう言って、席に着きました。嫌そうな顔つきなので、私はとびきりの親切心を発揮して彼に言いました。
「別に一緒にとらなくてもよろしいかと思います」
「話の続きが気になって仕方ないんだよ。それで?」
促され、私はエッグスタンドに載せられたゆで卵をスプーンで器用に割りながら、話し始めました。
◇
ヘンリード卿の仲介により縁談が決まり、まず書面で入籍だけ済ませることになりました。
なぜ入籍が先になったかというと、隣国のカレット国王陛下が関係しているからです。
◇
「ん?」夫が信じられない、という顔でこちらを見てくる。
「なんでしょう?」
「入籍だけ妙に急いだのは、君が俺との結婚を早く確定したくて、焦ったからでは?」
「まさか」
ぷぷーっ、と私は吹き出しました。
「あなたにそこまでの魅力はございませんでしょう?」
「………………」
彼が表情を失くしたのですが、瞳が少し悲しげに見えるのは気のせいでしょうか……まあ気のせいですわね。
そこで説明を再開しました。
◇
カレット国王陛下は私の結婚式にどうしても出たいと主張しました。
ただ、これから先二年ほど、カレット国王陛下は宗教上の理由で、結婚式のたぐいには出席できません。
そのため入籍だけ先に済ませてほしいと、カレット国王陛下からお話がありました。
それを聞いたヘンリード卿が張り切りまして、「ではなるべく早く入籍だけ済ませましょう」とおっしゃり、あなた――レイラー中佐にとんでもない圧をかけ、入籍の書類にサインさせた模様です。
◇
エッグスタンドに載った卵をスプーンで叩き損ねた夫が、口をポカンと開けてこちらを見ています。
「え? 色々初耳なんだが……ヘンリード卿のあのとんでもない圧、カレット国王陛下のせいだったのかよ」
「まあ、あなたが初耳なのは当然でしょうね。だって私たちは結婚して一年ですが、昨日が初対面ですものね。ご報告する機会もなかったわ」
「………………というか君さ、そもそもなんで隣国のカレット国王陛下と知り合いなの? あの国、すごい金持ちだろ」
「死の谷で奇跡の種を手に入れた話はしましたよね? それを荒れ地にまいて実り多い大地に変えたあと、私とヘンリード卿は奇跡の種を手広く売る商売を始めました。時には物々交換をしたりしまして、その結果、国宝級のすごいものを手に入れたのですよ。そのアイテムは隣国のカレット国王陛下がずっと探し求めていたものでしたので、私は手に入ったそれをお譲りすることにしました。カレット国王陛下はとても感謝されて、宴会に招いてくださり、結果、お友達になったのです」
「お友達……」
「あ、私、もう出かけないと」
「え? まだ卵しか食べてないじゃないか」
「私、忙しいのです、ではまた」
私は夫をダイニングに残し、外出するため部屋から出ていきました。
* * *
それで――もう何日目でしょう?
私は大陸を縦断して北の大地で遺跡を発見した話や、大魔術師マーリンが秘境で迷子になっていたのを助けてあげた話など、順に語っていきました。
彼は意外と聞き上手で、話しやすかったですわね。
* * *
――七日目の朝。
私が玄関ホールを通りかかった時、夫が声をかけてきました。
「待った、出かけるのか?」
「ちょっと散歩に出ようかと――」
「俺も行く」
隣に並びそう言うので、やれやれまた話をせがまれるのか……と私はため息が出ました。
「なんだ……嫌なのか?」
「んー……ああ、つらいですわ……上流階級ってネガティブな感情を出してはいけない世界ですよね?」
「………………つまり嫌なわけね」
などとやり合っていますと、ベルが鳴り、来客の知らせがありました。
近くにいたメイドが扉を開けますと、豪奢なドレスを身にまとった美しい令嬢が立っているではありませんか。
その令嬢はにこにこして、夫に言いました。
「ダリウス! 来ちゃった♡」
察しの良い私は彼女が誰かすぐに分かりました。ああ――これがエリーズ王女殿下、ですのね。
「………………」
彼は無表情にエリーズ王女殿下を眺めたあとで、彼女を招き入れることなく、パタンと扉を閉めてしまいました。
* * *
「よろしいのですか?」
「王女め、なんで
え? 私は驚き、夫の端正な顔を見上げました。
「おふたりは恋仲なのでは?」
「馬鹿違う」
「ちょっと、馬鹿と言うほうが馬鹿なのですよ。言葉の乱れは心の乱れ」
「ごめん」
ここ最近、彼は素直に謝る回数が増えました。
夫が眉根を寄せて続けます。
「実はだな……君に一年会えなかったのは、俺の都合じゃないんだ」
「そうでしたの?」
「君が
「ええ……あなたは私が王都に着くと、入れ替わりに、東部へ行きましたわよね」
「あれも王女の策略だ」
「あら」
「エリーズ王女の暴走があまりにひどいので、彼女の兄である第二王子に助けを求めた。王女は第二王子が天敵なんだ」
「第二王子は確か長いこと、隣国――カレット国王陛下のところに滞在されているのでは?」
「そう、だが、もうじき戻って来る。第二王子から『もうエリーズ王女の我儘には付き合わなくていい』と許しが出たので、これ以上は気を遣わない」
「でも扉をいきなり閉めてしまうのは、いかがなものかしら……」
せっかく来てくださったのだし。
私が仕切り直しで玄関扉を開けますと、エリーズ王女の背後に、おどろおどろしい三つ首の犬がお座りしており、よだれを垂らして王女の頭部を眺めおろしています。
――バタン!
夫が慌てて扉を閉めました。
もう……何度、扉を閉めるのですか……開けたり閉めたり……『イイ加減ニセヨ イイ年シタ大人ダロ 落チ着ケ 私ノ手デ 一カラ鍛エ直サナイトダメカ?』
* * *
「ちょっと、扉を閉めないでくださいませ」
「いや――外に化け物がいたぞ! 逃げよう」
「あれはケルベロスですわ」
「え? 知り合い?」
「YES――あ、そうか――出会った日、だいぶ話をはしょりました。一番初めに話した『私は荒れ地の悪魔に
「またお友達……」
「そうそう、初日にあなたが突きつけてきたあの殺害予告の手紙、書いたのはケルベロスですわ」
「ケルベロスゥ……ああそう……」
「Cは地獄の有名な決め言葉で『苦シメテ コロス ドツキマワス』の意味らしいです。Cをクルッと九十度回すと、獣の噛みあとみたいな形ですから、殺すの意味で使われるのかしら? あちらではCはあいさつ代わりに使うらしいですわ。『ヨオ C!』みたいに」
「怖い」
私は扉を開け、ケルベロスを招き入れました。ケルベロスは必要ならば小さくなれるので、シュシュ……と縮小して扉をくぐりました。
王女が目を丸くして、青ざめ、立ち尽くしています。しばらくのあいだは背後にケルベロスがいることに気づいていなかったようですが、さすがに今は目に入ったようですね。
すると夫が、固まっている王女に言い放ちました。
「――もう二度と会いに来るな! 俺は妻に夢中だ!」
――バタン!
夫が改めて王女を締め出しましたもので、屋敷の中には、私、夫、ケルベロスが残りました。
ケルベロスが口を大きく開けて笑います。
『ヨオ C! 一年帰ラズノ ロクデナシ夫 コロス! オ前ヲ苦シメテコロス毒 南ノ果テデ 俺 手ニ入レテキタ 七日モカケタゼ C!』
……一応、ケルベロスを止めました。
なんだか……七日も夫と一緒にいましたら、愛情が湧いてきましたので。
話の続きをせがんでくる態度が可愛いですし、まだまだ全然、私の人生を紹介しきっていませんのでね……これからも仲良くやっていきます。
* * *
嫌われ妻のはずが、夫が今日も話の続きをせがんできます(終)
お読みいただき、ありがとうございました。
『ヨオ C!』ということで、☆☆☆を押して、評価ポイントを入れていただけると嬉しいです。
* * *
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