第2話 一週間前

 

 卒業試験まであと一週間を切った。魔法学院の廊下では、


「アウラって近眼だっけ?最近だよね、眼鏡をかけだしたの」


 アウラは、もの珍しそうに尋ねてくる同級生の男子生徒に、うふふと照れた笑みを浮かべた。この男子はアウラのファンの一人だ。


 こう見えても、私は学院の男子にはとても人気が高い。ここで、私の視力が落ちたことをアピールしておけば、学内での共通事項になるのも時間の問題だ。


「うん、そうなの。ずっと無理して裸眼で頑張ってたんだけど、さすがに見えづらくて。うふっ、とうとう”メガネっ娘”になっちゃった。似合う?」

「う……ん、まぁ、君に似合わないものはないけど。けど……今どき、黒縁四角メガネって……」


 みたい。と、いいかけて、同級生の男の子はその言葉を飲み込んだ。そんなことを可愛いアウラには、口が裂けても言えない。


 同級生はお為ごかしの笑みを浮かべる。


「えっと……でもさ、アウラの小顔にそのメガネって大きすぎない?」

「ううん、レンズが大きい方が、モノが良く見えるし」


 このくらいの面積がないと、試験用紙の問題を転送できないでしょうが。多少、フレームのデザインがダサくても、仕方ないのよっ。


 アウラがぷっと頬を膨らます。それを見て慌てて、男子生徒は作り笑いをし、


「それはそうとっ、そんな素敵なメガネをどこで買ったの?僕も欲しくなっちゃた。僕も最近、細かい魔法書の文字を読みっぱなしで、黒板の文字が見えつらくなってしまってね。ほら、教室によっちゃ、蝋燭の光だけでやる授業もあるし、アウラって、最新のモノに目がないし、いわば、この学院のインフルエンサーじゃん。ぜひ、教えて欲しいな」


「インフルエンサーだなんて、そんなぁ。このメガネだって、学習支援アプリを検索……」


 そう言いかけて、アウラは慌てて、口を閉ざした。男子生徒に絶賛されて、つい、購入サイトを口走りそうになってしまった。


「そういえば、私、急用を思い出しちゃった! またねっ!」


 あたふたとその場をアウラは去って行った。


「んー、何か怪しいぞ。アウラって、隠しごとをすると、すぐに顔に出るんだよな。確か、学習支援アプリがどうとか言ってたけど」


 男子生徒は首を傾げ、ポケットからスマホを取り出し”学習支援アプリ”を検索し始めた。

 その様子をもっと首を傾げて、廊下の柱の影から見つめている生徒がいた。


  それは、アウラの双子の弟のアウルだった。



*  *


 廊下の柱の影に隠れ、アウラと男子生徒のやり取りに耳を傾けていたアウルは、心の中で小さくため息をついた。


「どうも最近、急に眼鏡をかけ始めたりして、アウラの様子が変なんだよな」


 アウルは、腕を上げ、自分にはめられたプラチナのブレスレットを見つめた。

 それは、他の生徒をはるかに凌ぐアウルの魔法の力を制御するため、先生が与えた特別な装具だった。


「”未来視魔法”は、試験が終わるまでは禁止されてるけど……」


 アウルは口の中で呟きながら、ブレスレットの表面に刻まれた琥珀色の輝きをじっと見つめた。その光は、生徒指導の先生の使い魔の力だ。この魔法がブレスレットを守っている限り、誰であろうと外すことはできない。


 だが、アウルは静かに短い呪文を唱えた。


「琥珀色の精霊よ、眠れ」


 瞬間、ブレスレットが彼の腕から外れて床に落ちた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る