第11話 沈まない月
窓の外から見える月は、もうすぐ太陽がやってくる時間になっても、紺碧の空に上で、間抜けに居眠りをしている。
除雪の音で目が覚めた凪は、携帯を見た。
3時58分。
雪は止み、通行止めも解除になっている。除雪車の音が聞こえるということは、町も道がついているはず。
お父さん、仕事をしているんだろうな。凪はそう思うと、昨夜は父のいない家に帰れば良かったと後悔した。
1人でいたほうが、後ろめたさを感じる事もなく渉に会える。それに、ちゃんと眠る事ができたのに。
凪はカーテンを閉じると、服に着替えた。
玄関に向かうと、美佐江がキッチンで待っていた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
凪は頭を下げると、
「脩に黙って行くつもりなの?」
美佐江が言った。
「いえ、その、」
凪が答えに困っていると、
「座って。」
美佐江は凪を居間に案内にした。
「まだ、夜明け前よ。朝になったら、ちゃんと脩が送っていくから、そんなに焦って帰らなくてもいいじゃない。」
美佐江は凪の上着を脱がせた。
「お茶でも飲みしょう。凪さんだっけ、昨夜は眠れなかったんでしょう。」
凪は下をむいた。
「私も眠れなかった。」
美佐江はそう言って笑った。
凪の前に温かいお茶が注がれると、
「脩の父が亡くなった日も、こんな風に雪が降っていた日でね。脩が7歳。弟の
美佐江が言った。
「ご苦労されたんですね。」
凪はそういうと、お茶から立つ湯気を見ていた。家を出ていった母と話した時も、そうやって紅茶から湯気が立っていた。
「突然の事よ。病気を患っていたのなら、覚悟はできるけど、職場で倒れてそれっきり。大切な人が急にいなくなるのって、もうゴリゴリ。」
美佐江はお茶を飲んだ。
「凪さんには他に好きな人がいるんでしょう?脩の片思いね。きっと高校生の頃からずっと。」
微笑んでいる美佐江から目を逸らすと、
「平岡くんはモテますから、」
凪が言った。
「彼女が何人かいたって事は知ってるの。だけど、ここへ来たのは凪さんだけ。いつも長く続かないのはそのせいね。」
凪はお茶を飲むと美佐江を見つめ、
「昨日は雪がひどかったから、泊めていただいてすみません。」
凪は頭を下げた。
「そういう時は、お礼を言うのよ。笑顔をありがとうって言えば、すごくかわいいのに。」
美佐江はそう言った。
「朝ごはん食べましょうよ。一緒に作りましょう。」
凪をキッチンへ案内した。
脩が起きてくると、凪が先に座っていた事に驚いた。
「起きてたのか。」
そう言って席に着くと、
「食べたら、凪さんをちゃんと送って行くのよ。」
美佐江が言った。
「わかってる。」
脩は答えた。
「お母さん、仕事だからもう行くね。」
美佐江はそう言って凪の肩に手をやった。
「凪さん、またおいで。」
脩と2人きりになると、
「眠れたか?」
凪にそう聞いた。
「うん。」
「嘘つけ。」
ミニトマトを手に取った脩は、口の中に頬りこんだ。膨らんだ頬を見ると、凪は鼓動が速くなった。
「どうした?」
「ううん、何でもない。」
バスターミナルに着いた。
「彼氏には連絡してあるのか?」
凪は首を振った。
「心配してるぞ、きっと。」
脩が言う。
「そうだね。」
さっきから俯いている凪を見ていた脩は、
「松岡、」
凪に近づくと、そっと唇を重ねた。凪は逃げなかった。
「ごめん。」
脩は凪から離れた。
「平岡くん、」
「ん?」
「また会えない?」
「ダメだよ。松岡は結婚するんだろう。俺はちゃんと今日で区切りをつけたから。」
脩はそう言って凪の手を握った。
「幸せになるんだぞ。」
凪は脩を見つめると、
「川の氷が解けて流れる日に、ここで待ってる。」
そう言った。
凪は鞄から飴をひとつ出して脩に渡し、
「じゃあね、それまでもう少し頑張るから。」
そう言って車を降りた。
渉の待つ部屋に戻ると、心配して待っていた渉が凪を抱きしめた。
「どうやって帰ってきたんだ、迎えに行くって言ってただろう?」
凪の頬を両手で包みそう言った。
「バスで帰ってきた。」
凪が言った。
「友達は?」
「ターミナルまで送ってくれた。」
凪が渉から離れた。
上着を脱ぎ、こたつに入った凪は、何かを考えているようだった。
「凪?」
「ん?」
「昨日は寂しくて眠れなかった。」
渉はそう言って凪の肩を抱いた。
「今から少し寝たら?」
凪が脩に言うと、
「一緒に寝ようよ。」
そう言って凪をベッドに誘った。
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