6
俯いて、細く小さな声でまいは言った。
「でも大学を中退したくないし、今の活動をやめたり休止したくもない。今がピークだから休止するだけでも大きな損害が出る。ねぇ、どうしたらいいと思う?」
顔をあげ、陽向と目を合わせてくる。
やっぱり、美少女だ。
今にも泣きそうな目で上目遣いをするまいを見てファンはどう思うのだろう。
そして、生まれ持った素質を持つまいは自分のことをどう思うのだろう。
「でも、どっちか優先させないといけないと思う。一番大事なのはまいの体調。それに、今夏休み中だからほぼ大学行ってないと考えてもしっかりした休みは取れてる?」
「……取れてないよ。でもそれは大学が休みなのを前提にスケジュールを組んでるから。終わったら少しは仕事が減るはず」
「でも、増えた休みが大学に行く時間なのは違うと思う。まいがちゃんと休むための休みじゃないと意味がないって、俺は思う」
まいが心配しているのは大学の事、仕事の事。
でも、俺が一番心配しているのはまい自身のことだ。
「陽向くん、きみはすごく家庭に恵まれてるんじゃないかって思った。でも、学校では除け者扱いされた。私は……その逆だよ」
「逆?」
家と学校。様々なフィクションの場に用意されている設定の中でも、特に多いイメージがある。
どちらかの場が救いであり、どちらかの場が苦痛。
あるいは、どちらも苦痛の場として扱われる。
二つの場は似ていないようで似ている。
「家族」と言う呪縛と「共同」と言う呪縛。
だけど、この二つの場を救いだと思う人もいる。
人間の感性はそれぞれだ。
「私は家に恵まれなかったけど、学校は普通だった。お母さんも優しかった」
「じゃあ、どうして?」
家に恵まれなかったのに、お母さんは優しい。
お父さんに何か問題でもあったのか?
「お父さんは8歳の時に死んじゃって、だからお母さんはシングルマザーなの。一人で働いて、とにかくお金のやりくりが大変だった。でも……」
まいは急に立ち上がり、ベランダに出る。
まだ明るいと思っていた空はもうすでに暗くなっていた。
綺麗な月とよく見える星。
まるで、ドラマのワンシーンのような雰囲気。
「私が、大学に行きたいってわがまま言ってお母さんに無理をさせてまで大学に入った。でも今ではお母さんよりも稼いでいて、その上大学を中退しようかと考えている。……お母さんにとって、期待はずれだよね。毎月何万か振り込んではいるけど親孝行には全然足りてないと思っている。お母さんは、私がテレビに出る時は欠かさず見てくれるし、大学で学んだことを話せば楽しそうに聴いてくれる。だから、どっちの姿も失いたくない。でも、休みをとって好きなことやお母さんと一緒に旅行とかもしてみたい。こんな私が欲張りだけど……」
まいの話的に母親に望まれたように育った子でもなさそうだし、女優になりたいのはまいの意思だったのだろう。
「……まいの好きにしたらいいと思う」
「え?」
「俺からは何も言えない。まいは、まいの意思でこれからの人生を決めたらいい。俺は……まいがどの道を選んでも俺には関係ない。まいの道だから」
自分もベランダに出て、まいの隣に並ぶ。
脱力したようにぶらんと垂れたままの手をそっと握ろうとする。
指先が触れるか触れないかぐらいの距離で手を引っ込めた。
俺には、まいの手を取る資格がない。
本当にまいに寄り添える人しかその手を取れない。
そう思ってしまったから。
「……陽向くんは、やっぱり優しいね」
「え?」
「手、触れたらダメだって思ったんでしょう?」
「う、うん」
「ほら、優しい」
そう言ってニコッと笑う。
数分前に見ていたはずなのにその笑顔はすごく久しぶりに見たように感じた。
「ごめんね。こんな話に付き合わせちゃって。そうだよね、自分の道は自分で決めなきゃ!」
「ごめん。何もアドバイスできなくて。まいはあの時たくさんアドバイスしてくれたのに」
なんだか自分が不甲斐なかった。
一応俺の方が年上だし、年下にすごく甘えているように感じて。(誕生日が早いだけ)
「そういうことじゃないよ。聴いてくれただけでも少し安心?ほっとしたから。陽向くんもわかるでしょ。私に話した時」
「あ……」
そうだ。
聴いてくれただけでもすごくありがたかった。
「ありがと。お母さんとも相談しながらゆっくり考えてみるよ。まとまったらちゃんと陽向くんにも伝えるから」
「うん。わかった」
まいがベランダから出て、カバンをとり玄関の方へ行く。
「じゃあ、次いつ会うかわかんないけど。またね」
「またね」
ガチャン。
扉が閉まり、一人になる。
急に孤独になったように感じるのは、まいの明るさのせいだろうか。
俺と違ってまいはちゃんとしている。
自分を持っていて、その上周りも明るくしている。
でも、なぜか似ていると感じる。
なぜかはわからない。
それもまいが教えてくれるのだろうか。
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