第8話 同じ世話係
ぶつかったのは、燕尾服を着て、きょとんとしている男性。
数回瞬きしたかと思えば、急に顔を青くし慌てて謝罪をした。
「も、ももも、申し訳ありません主!! お、お怪我はありませんか?」
「へ? は、はい。大丈夫ですよ。私の方こそすいません。前を見ていなくて……」
愛実も男性の圧に押され逆に謝罪すると、彼は心の底から驚いたような表情を浮かべた。
それは、隣に立っていた女性も同じ。藍色の瞳をこれでもかという程に開き、愛実を見た。
少しの沈黙。なんと言えばいいのかわからない。
愛実が困っていると、コウヨウが二人の名前を呼んだ。
「アネモネ、コウショウ。ここで何をしている」
「普通に歩いていただけなんだけれど……」
撫子色の髪をハーフアップにしている女性、アネモネが困惑気味に愛実を見ながら答えた。
少し、愛実を怖がっているようにも見え、何も言えずコウヨウの後ろに隠れる。
その行動にも、なぜかアネモネは肩をビクッと震わせた。
「アネモネ。あの子はコウヨウの主様だ。警戒しなくても大丈夫じゃないかな」
「…………わかっているわ」
何の話をしているのだろうと、コウヨウの影から顔だけを出し、二人を見た。
二人は仲が良いのか、コウショウと呼ばれた男性がアネモネの頭を撫でている。
アネモネは薄く頬を染め、手をパシンと弾き、顔を逸らした。
「あらあら」
「…………二人は今から主の元に行くところか?」
コウヨウが聞くと、コウショウが頭をガシガシと掻きながら困ったようにアネモネを見た。
「今回、アネモネの担当する主が癖強いらしくてねぇ。もう、何回も殺されている」
今の言葉に、愛実は「え?」と思わずアネモネを見た。
「今回もか?」
「そうだ。流石に多すぎるから、俺からも一言言おうかなと思ってな」
「逆上しないか?」
「アイ様には許可を取っているし、今以上に酷くなるようなら主の方を追放するらしい」
「なるほどな」
普通に会話をしているが、内容が愛実にとってとんでもない話だった。
どういうこと? と、目でコウヨウに訴えていると、察してくれた。
「私達世話係は、主の命令には逆らえない。これはお伝えしましたよね?」
「はい」
「なので、主に死ねと言われれば、死ぬしかないのですよ。殺されることも幾度とあります。それが、日常なのです」
コウヨウの説明に、愛実は絶句。
思わずアネモネとコウショウを見たが、反論はなく、コウショウは気まずそうに顔を逸らした。
二人の反応で、コウヨウの話が本当なんだと、愛実は理解してしまった。
理解してしまったからこそ、言葉が出ない。
「で、でも、それじゃ、なんで、その…………」
「ここにいるのかってことかなぁ?」
コウショウがコウヨウに言う。
愛実もコウヨウを見て、説明を求めた。
「コウセンで死んでも、私達は何度でも生き返るのです。アイ様に殺されない限り、何度でも」
もう、今の恵みでは理解が出来なくなってきた。
殺されるのが当たり前。死んでも生き返る。
今、愛実の目の前にいる人達は皆、今まで何度も死んで、生き返ってきた人達。
そう思うと、愛実は言葉を失った。
死んでも生き返るから、何度でも殺される。
何度でも生き返るから、何度でも殺せる。
困惑している愛実の頭に、コウヨウの言葉が頭をよぎった。
”私達世話係は、主の命令には逆らえない”
これは、死ぬことも、殺されることも視野に入れての言葉だったんだと理解した瞬間、愛実の瞳からはとめどなく涙が溢れ出た。
その事に、三人は驚き狼狽える。
すぐに気を取り直したコウショウは、胸ポケットから白いハンカチを取りだし、手渡した。
「貴方は、お優しい方なのですね。コウヨウが離したがらないわけです」
「え?」
素直にハンカチを受け取ろうと手を伸ばしたが、その手は途中で止まる。
顔を上げ、素っ頓狂な声を出してしまった。
コウヨウを見ると、すぐに顔を逸らした、
何も言えずにいると、コウショウがクスと笑い、アネモネはやれやれと肩を落とした。
「え、えっと。あの……」
今のこの空気は、あまりに気まずい。
でも、愛実はコウショウの言葉が気になって仕方がない。
コウヨウは、自分を離したがらないというコウショウの言葉。
それに対して、コウヨウは否定しない。
「~~~~~~もう!!!!」
頭がショートした愛実の顔は真っ赤。
大きな声で場の空気を壊し、コウヨウをポコポコと叩いた。
そんな二人を見て、アネモネとコウショウも思わず微笑んだ。
愛実は恥ずかしすぎて怒ってしまった。
コウヨウに背中を向けると、アネモネとコウショウが目に入る。
そう言えばと、二人を見て思った。
二人は、どんな人達なのか。コウヨウと同じ世話係なのは、さっきの説明で理解したが、関係性がわからない。
「あ、あの……」
「私の名前はアネモネです。コウヨウと同じで、この屋敷の世話係をしております」
「そ、うなんですね」
それだけ言うと、隣にいるコウショウに目線を向けた。
「私も、コウヨウと同じようにこの屋敷で世話係をしております。名前は、コウショウ。気軽に呼んでください」
柔和な笑みを浮かべ、握手を求めて来るコウショウの手を反射で取り、愛実は小さな声で「よろしくお願いします」と、困惑気味に言った。
「では、私達はここで失礼しますね。コウヨウから絶対に離れないでくださいね。あと、夜だけは絶対に、部屋を出てはいけませんよ」
「では」と、一礼をして歩き去る。
アネモネも同じく一礼し、コウショウの後ろをついて行った。
二人を送り出しながら、愛実の頭に疑問が浮かぶ。
「うーん」と首を捻っていると、コウヨウが顔を覗かせ「いかがいたしましたか」と、問いかけた。
「あの、なんで夜は部屋の外に出てはいけないのですか?」
愛実からの質問に、コウヨウは「あぁ」と、姿勢を正した。
「あ、あの?」
「歩きながらお話ししますね」
愛実の手を優しく掴み、歩き出した。
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