第7話 決意

 なぜ、今あえてそんなことを言ったのか。

 愛実は、眉を下げ困惑する。


「命令って……。それって、もし私がコウヨウさんにとって答えたくないことを質問しても、命令であれば答えるという事、でしょうか」

「はい」


 迷いなく答えるコウヨウを見て、愛実の心にチクリと、針が刺さったような痛みを感じた。

 眉を下げ、「そうですか」と、胸を抑える。


 コウヨウは、愛実の様子に、軽く微笑んだ。


「心配してくださるのですか?」

「…………はい。だって、私がコウヨウさんに質問したら、答えたくなくても答えなければならないのでしょう? 私がコウヨウさんの気持ちに気づかなくて、不謹慎な質問をしてしまったら。コウヨウさんが辛い思いをしてしまう」


 そう思うと、迂闊に質問が出来ないと、愛実はコウヨウを見上げた。

 優しくて、温かい悩みだと、コウヨウは白い布で隠れている左右非対称の瞳を細めた。


「安心してください。そういう事であれば、「命令です」と、言ってください。それを言わない限り、私は答えたくない事は」

「本当です。お約束します」


 それ聞いて、愛実は安堵の息を吐く。

 コウヨウは、息を吐き呟いた。


「昔と、変わらんな」

「何か言いました?」


 コウヨウのつぶやきは愛実の耳には届かない。

「いえ、なんにも」と誤魔化し、片づけたワゴンを押す。


「あっ…………」

「今、こちらを片付けたらまた戻ってきます」


 一礼をし、コウヨウは扉を閉じた。

 本当に戻ってきてくれるのか、今の言葉は本当なのか。


 もう、時間も潰せない。暇な時間となる。

 このような時間は余計な事を考えてしまう為、愛実は嫌いだった。


 手に持っていたクマを見る。

 クリンとした黒い目に、不安そうな表情を浮かべている愛実の顔を映す。

 頭を撫でると、なぜか少しだけ不安が和らいだ。


 少しだけ安心したからなのか、瞼が重たくなってきた。

 抗う理由もないため、愛実はそのまま目を閉じた。


 戻ってきたコウヨウは、クマを抱えて眠っている愛実を見て、ベッドに座った。

 頭を撫でると、クマをより一層強く抱きしめる。


 クスッと笑うと、立ち上がった。


「必ず、ここから出すからな――――愛実」


 ※


 また、数日経った頃、愛実は勇気を出してコウヨウに一つ、お願いをした。


「部屋の外に出てみたい、ですか?」

「はい!」


 クマを両手で抱え、フンと鼻を鳴らし言う愛実。

 コウヨウは、また愛実が食べられなかった食事を下げながら、目を丸くし聞き返す。


「…………なにか、目的はありますか?」

「な、ないですが……。で、でも、もう、暇すぎて…………」


 気まずそうに視線を逸らす。


「…………確かに、この部屋には何もありません。時間を持て余すのも無理ありませんね」

「…………うぅ」


 ここで頷くのも失礼な気がする愛実は、何も言えず項垂れる。

 そんな愛実の様子を気にせず、コウヨウは手を差し出した。


「え?」

「部屋の外に行きたいのでしょう? 私と共にでしたら、問題ありませんよ」


 その言葉に、愛実は満面な笑みを浮かべた。


「ありがとうございます!!」

「…………ですが、一つだけ。お約束していただいてもよろしいですか?」


 コウヨウが愛実の差し出された手を掴む野と同時に、問いかけた。

 首を傾げ、彼の次の言葉を待つ。


「絶対に、廊下で葉自分の名前を言わないでください」

「え、なんでですか?」

「愛実様をお守りするためです。お約束して頂けますか?」


 名前を言わなくてもいいだけなのならと、愛実は首を傾げながらも頷いた。


「ありがとうございます。では、行きましょうか」


 愛実の手を引き、コウヨウは廊下へと出る。

 愛実も、遅れないように廊下を出るが、すぐに足を止めてしまった。


「っ、いかがいたしましたか?」

「ろ、廊下、暗すぎませんか?」


 愛実の言う通り、廊下は先を見通せない程に暗い。

 天井も闇に隠れていてでんきゅが付いているのかわからない。

 淡い光が壁に灯り、足元だけを照らす。


 そんな廊下を簡単に進めるほどに、愛実の肝は座っていない。

 怖くて、コウヨウの腕にしがみ付きながら廊下の奥を見る。


「やめますか?」

「…………行きます」


 震えながらも、ここで部屋に戻ればまた同じ日々の繰り返しだと思い進む。

 でも、歩みは遅い。


 コウヨウの一歩が、今の愛実にとっては三歩。

 全然前に進まない。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫、です」


 強がっているのはまるわかり。

 ここで引き返させてもいいが、コウヨウは愛実の世話係。

 主である愛実の言うことは叶えなければならない。


 どうしたものかと考えていると、愛実が急に足を止めた。


「いかがいたしましたか?」


 後ろを気にしている様子の愛実に聞くと、急に寒くなってきたのか腕を摩り始めた。


「寒いですか?」

「い、いえ。なんか、冷たい風が……。窓開いていますか?」


 愛実が問いかけるが、コウヨウは首を横に振った。


「この屋敷に、窓はありませんよ。屋敷の外に繋がるのは出入り口だけです」

「え、でも、風が……」

「ひんやりとした空間です。風が吹いたと錯覚してしまったのでしょう」


 そんなことあるのかと、愛実は怪訝そうな表情を浮かべたが、これ以上問いかけはしなかった。

 不思議に思いながらも愛実は歩き出す。


 すると、なぜか足音は愛実の分だけ。

 一応、後ろを確認するけど、しっかりとコウヨウはついて来てくれている。


 足元を確認するも、浮いている訳でもなくしっかりと歩いていた。

 なぜ、足音が全くしないのだろうと思いながら歩いていると、曲がり角までたどり着いていることに気づかなかった。


 そこから一人の燕尾服を着た男性が現れ、愛実はぶつかってしまった。


 ――――ドンッ


「わっ!」


 転ぶ! そう思ったが、背中に腕が回され、転ぶことはなかった。


「え、あ、ありがとうございます」

「いえ、大丈夫ですか?」

「は、はい」


 愛実を支えたコウヨウは、彼女をしっかりと立たせ、曲がり角から現れた人物を見た。

 愛実もコウヨウの視線を辿る。そこには、見覚えのない男女二人が立っていた。

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