第16話


 思えばどんなヤンキーでも困ったら警察に泣きつくものだ。神に仕える修道女の信用は半端ではなく、山賊たちも素直に事情を話してくれた。


 2週間前、山中にある彼らのアジトがカチコミを受けた。


 犯人はこの辺の縄張りを争っている別の山賊グループ。

 応戦するも戦力が足りず、保管していた商品を奪われてしまった。


 本来なら幹部のひとりが守っていて安心のはずだったが、幹部はたまたま拾ったペットの世話に夢中になっており、散歩のためにこっそり留守にしている隙を襲われたのだという。


 彼らは慌てて反撃をしかけた。


 今度はこちらが優勢に立ち、敵を撃破して追いかける。

 が、追い詰められた敵はなんと魔物の巣窟へ逃げ込んでしまう。

 幹部は意を決して追いかけたものの、重傷を負い、命からがら撤退した。


 追撃班のうち生き残ったのは半分。

 他の手下はやられてしまった。


「こんな話がお頭に知られたら」

「ケジメは腕の1本じゃ足りねえよぅ」


 下っ端たちは震えていた。

 そういやあの頭目は拷問スキルの所有者だったな。



 山中のアジトは葬式みたいな雰囲気だった。


 通された奥の部屋ではマッチョな優男がベッドに転がっている。

 全身包帯だらけだ。


「タイガのアニキ、お頭の使いを連れてきやした」

「そうか。こんな格好ですまねえな」

「お気になさらず。今、回復魔法を」

「いらん。他人の施しは受けねえ」


 タイガと呼ばれた優男は苦しそうに起き上がる。


「とうとう来ちまったか。悪いがブツは残ってねえぞ」

「道すがら事情は聞いた」


 タイガは観念したように目をつむった。


「俺も男だ。命を惜しむつもりはない。だが、手下どもは見逃してくれ」

「アニキぃ」

「何言ってんだよ! アニキだけを売るなんて――」

「黙れ。そもそもが俺の落ち度だ」


 男臭い感動シーンが繰り広げられる。

 話が長くなりそうなので水を差すことにした。


「眠たいこと言われちゃ困る。ブツがなければ連帯責任だ」


 ぴしゃりと告げたら手下たちが威嚇してくる。

 それを制したタイガが頭をかいた。


「そうは言ってもないもんはない」

「なら奪い返せ。何のためにザンバさんが俺らを送ったと思ってる?」

「処刑のため……じゃないみたいだな」


 彼は話をする気になったようだ。

 諦念を振り払い、手下に命じて簡単な地図を書かせる。

 それから指をなぞりながら説明を始めた。


「俺たちのアジトはここ。敵のねぐらはこっち。山の反対側だ。前回戦ったのはこの岩場で、逃げた先の洞窟に魔物が住み着いてる。ブツもここにある」


「魔物の詳細は?」


「コボルトとオーク。それも普通の魔物じゃねえ。おそらくは魔物使いが手懐けた手駒。犬コロだけだと油断したところにオークをけしかけられた」


「魔物使いですか。厄介な」


 サクローは端正な眉をひそめた。


 オーク。デカくて強くて厄介な敵の代名詞。

 あとえっちなゲームでも大活躍のあいつ。

 基本的にパワータイプだと思うが、魔物使いが操ってるなら統制の取れた動きもするか。


 いきなり本命の洞窟に乗り込むのは危険だな。


「どうする? 今の人数で強襲するのは難しいぞ」

「こういうのはどうだろう?」


 俺はシンプルな作戦を提案した。




 夕方。俺とリンカとサクロー、それから数人の山賊たちは荷車を囲んで山道を歩いていた。


「それにしてもフェルさん、よく頭目さんの名前を知ってましたね?」

「あのおっさんは指名手配犯だからな」

「指名手配っ!?」


 超鑑定の結果と言いがたい。

 戦慄するリンカをよそに頭を整理する。


 やることは実にシンプルだ。

 商人のふりをして敵をおびき出し、数を減らす。

 難しければ荷物を放棄して奪わせ、追跡。

 敵が疲れて休憩に差しかかったところで逆に奇襲する。


 敵の数が減ったらねぐらにカチコミをかけ、洞窟に逃げたら俺たちが別の手下と先行して魔物を狩る。


 難しい手順は特にない。

 ただ問題があるとすれば――。


 タイガって男が裏切り者なんだよな~。


 超鑑定で調べた内容を思い出す。


――――――――――――――――――――

【タイガ】

【職業:犯罪者】

〈クラス:山賊(Lv5)〉

〈スキル:剣術(Lv4)、臨戦〉


〈状態:内応〉

 敵対組織と契約して味方を裏切っている。

――――――――――――――――――――


 こんな情報まで漁れるなんて超鑑定くんマジ便利。


 鑑定せずとも怪しさはあった。奪われたブツが運ばれたかどうかなんて未知数なのに、やたらと断定調で喋っていたし。


 サクローの回復を断ったのもあの怪我が偽装だからかな。

 どうであれやることは変わらない。



 考えながら歩いていると前方で動きがあった。


「おでましのようですぜ」


 小声で警告が飛ぶ。

 左右の茂みから教科書に載ってそうな山賊たちが現れた。


「何者だ! リグノワ商人ギルドの隊商と知っての狼藉か!」

「俺らはこの山の領主だよ。通行料を払ってもらうぜ?」

「……断るといったら?」

「支払いが命になるだけさ。やっちまえ!」


 号令一下、野卑な山賊がわらわらと湧いてくる。

 俺たちは偽装をやめて迎え撃った。


 大盾――タワーシールドを構えたサクローがメイスを天に掲げる。


「皆さん、わたくしの後ろへ。剛体の法プロテクション!」


 盾の形をした青い光が味方を包む。


「我こそは欲神サフィリアの鉄槌。さあ、かかってきなさい!」


 彼女が気合を込めて叫ぶと、集中線のような赤い光がほとばしる。敵はサクローに注目し、彼女めがけて殺到した。だが当人はものともしない。


 巧みに攻撃を防ぎつつ、シールドバッシュをぶち当てて体勢を崩したところにメイスの一撃を叩きこむ。


「神敵討滅!」

「ぐわぁー!」


 すごい音が鳴って山賊たちが地面に沈んでいく。

 リンカが目を丸くした。


「つ、つよい」

「俺たちも続くぞ!」

「うおぉー! 先輩の威厳ここにありです!」


 ふたりで剣を抜いて敵へ斬りかかる。

 サクローに気を取られている横合いから攻めればいいのでとても楽だ。

 とはいえ、大勢に攻撃されている彼女は大丈夫なんだろうか。


「ふんっ、ふんっ。この程度ですか? ちっとも効きませんね」

「ちくしょう、この鎧硬すぎるだろ」

「強がりさ。少しずつでもダメージは通ってるはずだ」

再生の法オートヒール


 サクローがつぶやくと緑の光が彼女を包んだ。


「か、回復してるぞー!」


 山賊たちは悲鳴を上げた。


「その女に構うな。他を狙うんだ」

「あんなプレッシャー無視できませんって!」


 ゴゴゴ……と聞こえそうなオーラをまとい、サクローは前進しながら敵を殴り飛ばしていく。


 そして檄を飛ばす男と対面した。


「あなたが統率者ですね? 速やかに降伏を」

「ば、バケモノめぇ。ちくしょう、やったらぁあああ!」


 自らを奮い立たせた山賊が突っ込んでくる。

 サクローはため息をついた。


「仕方ありません。悔い改めなさい!」


 ぐわーん。

 お寺の鐘を撞いたような音がする。


 地面とキスをする敵のリーダーを踏みつけながら、サクローは悠然とこちらを向いた。ほっぺに返り血が垂れている。


「皆さん、お怪我はありませんか?」

「もうあいつひとりでいいんじゃないかな」

「先輩の威厳がぁ」


 突撃をためらっていた敵の残党は一斉に逃げ出した。

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