第17話


 追撃に関しては別動隊に任せてある。

 俺たちは休憩してからゆっくり向かうとしよう。


「サクちゃん後輩、強いんですね~。あ、お水をどうぞ。汗を拭きますよぉ」

「わたくしは何も。すべてはサフィリア様のご加護です」


 リンカはサクローのご機嫌取りをしている。

 光の速さで手のひらを返したぞこいつ。

 先輩の威厳はいずこ。


「戦いに慣れてるな」

「以前は修道院の警備を担っておりました」


 それで神官戦士のクラスが育っていたわけだ。

 もっかい超鑑定をかけてみようか――。


「…………♡」


 やっぱり反応してる!?


「ど、どうかした?」

「ふふ、運命を感じていただけですよ」


 サクローは嬉しそうに見つめ返してくる。

 その紫の深い目にこちらが吸い込まれそうな錯覚。 

 スキルに気づかれてはないと思うが、なんか怖い。

 とりあえず今はやめておこう。

 ビビってねーし。仕事優先なだけだし。



 山道を登って別動隊と合流する。

 撤退中の敵を襲って見事に捕まえたようだ。


「お疲れさん。いい仕事だったぜ」


 こいつは確か、最初の小屋で話した……。


――――――――――――――――――――

【カンタ】

【職業:犯罪者】

〈クラス:山賊(Lv3)〉

〈スキル:剣術(Lv2)〉

〈煙幕玉〉

 爆発すると煙を放出する。

――――――――――――――――――――


 そう、カンタだ。

 サクローの目がキランと光るがスルーして、と。


「この次は敵のねぐらだな」

「カチコミは俺たちだけでいい。あんたらは洞窟へ先回りしてくれ」

「加勢しなくて平気か?」


 カンタは自らの胸を叩く。


「この人数差ならいける。アニキのためだ、やってやるさ!」


 彼は煙幕玉を野球のボールみたいに掲げる。

 山賊たちは腕まくりして獣道へ姿を消した。

 俺たちも進路を変えて目的地に向かう。


 地図を頼りに洞窟の前へやってきた。

 3人で山肌の切れ目のような入口をうかがう。


「あそこに魔物使いが……!」


 リンカがごくりと唾を飲んだ。


「フェルさん。中を確認してみますか?」

「その前に方針を相談しよう」

「方針?」


 手招きするとふたりは顔を寄せる。


「あのタイガって男、裏切り者かもしれない」

「ええっ! そうなんですか!?」

「しー。声が大きい」


 思うっつーか確定情報だけどな。

 超鑑定は隠したいので根拠を並べていく。


「あいつは2週間も寝込んでたのに、奪われた商品が洞窟に残っていると断言した。それにあの怪我。役者には向いてないな」


「偽装ですか。それで回復魔法を断ったのですね」

「俺は怪しいと見てる。少なくとも警戒はしておきたい」


 ふたりが同意する。


「で、どうするんですか?」

「それはだな――」


 俺は考えを説明した。

 想定している展開は主に3つ。


 A、カチコミに向かった山賊が敵とタイガに挟み撃ちされる。

 B、カチコミは成功するが、洞窟に入ったところで挟み撃ち。

 C、タイガは現れない。洞窟内の敵だけで始末する自信がある。


 Aルートの可能性はサクローの活躍で激減した。

 仮にこのルートを予定していたとしても変更するだろう。


 Bルートとにせよ、Cルートにせよ、鍵となるのは魔物使いの存在。

 いや、そもそも魔物使いもタイガ情報だからな。

 中にいるのが何者かすら未知数だ。


 逆にこちらの作戦はほぼ確実に漏れている。

 今ここで何らかのアクションを起こす必要がある。


「つまり?」

「警戒しながら様子を確かめ、ヤバそうだったら依頼を放棄する」

「ふむふむ」

「そんで仮に魔物使いがいたら、多少の魔物を狩ってから交渉したい」

「交渉、ですか?」


 不思議そうなリンカにうなずく。


「考えがあるんだ」


 サクローの返事をうかがう。


「わたくしは、いかなるときもフェル様に従います」


 それが使命ですから、と彼女は胸を張った。




 準備してから洞窟へ侵入する。

 まずは索敵。ズームアウトして広範囲に超鑑定。


「はうっ」

「サクちゃん後輩?」

「いえ、なんでも……♡」


 いちいち声がエロいんだが!

 煩悩を振り払い、見えた文字列に集中する。


――――――――――――――――――――

【コボルト】

【職業:魔物】

〈HP:46/46〉

〈スキル:なし〉

 二足歩行で武器を扱うイヌ科の魔物。

――――――――――――――――――――


 あれ、スキルがない?

 ダンジョンの個体は連携スキルがあったんだが。

 代わりにHPがちょっとだけ高い。


――――――――――――――――――――

【オーク】

【職業:魔物】

〈HP:120/120〉

〈スキル:強打〉

 凶暴で好戦的な人型の種族。

 人間への強襲、強奪、略奪を好む。

――――――――――――――――――――


 オークは典型的なオークのようだ。

 他の種族の情報は浮かび上がってこないな。

 距離が遠いのか、それとも存在しないのか。


 サクローにプロテクションをかけてもらい、俺と彼女が並んで、リンカが後ろを歩くフォーメーションで慎重に進んでいく。小部屋ならぬ広めの空洞に出た。


「奥。曲がり角で待ち伏せしてる。横の壁にもいるな」

「んっ♡ 伏兵ですか。どうします?」

「……俺が行く。釣り上げて後ろの入口でやろう」


 ふたりを入口まで下がらせる。

 俺は空洞の奥、曲がり角になっている場所まで走った。

 そのまま突き当たりにタッチすると、一目散にUターンする。


 おーし、出たな!

 6匹のコボルトが姿を晒して追ってくる。

 入口まで駆け抜けると、横の壁を塞いでいた石が吹き飛んだ。


 コボルトの後ろから2匹のオークがやってくる。


 入口でサクローとバトンタッチ。

 少し下がって細道で戦闘に入った。


 コボルトたちは人間と違い、がむしゃらに攻め立ててくる。


「防御主体で頼む」

「お任せを。一歩も通しません!」


 彼女は幅を広く取り、大盾とメイスで敵の攻撃を弾く。

 合間を縫って飛びかかる個体を俺とリンカで斬った。


「せやぁーっ!」


 クリティカルヒット!

 リンカの斬撃がコボルトを両断する。


 ぶしゃあ。


「うわぁー! 返り血がー!」

「ダンジョン外だとこうなるんだな……」


 俺は慎重にコボルトの喉を突き刺した。


 コボルトをさらに倒すと、業を煮やしたオークが前に出てきた。

 犬を押しのけて鉄の棍棒を振り下ろす。


 ガキン。


 大盾と棍棒が接触して心臓に悪い音を響かせる。


「ぐっ、重い」


 わずかに滑ったサクローの足が砂を散らす。

 俺は隙を突こうと動いたコボルトの前に割って入り、剣を弾いて袈裟斬りにした。


 返り血とか言ってる場合じゃねえ!


「えーい!」


 リンカは砂を投げたようだ。

 コボルトが顔を抑えたところを攻撃している。


「下がって!」


 警告が飛ぶ。2匹目のオークが俺を狙ってきた。

 後ろに引っ込むと、かわるがわるサクローに猛烈な打撃を浴びせてくる。


 俺たちもフォローしようとするが、オークは傷を無視して攻撃を続けた。

 片方が棍棒を振り下ろす……と見せかけて大盾に飛びつく。


「なっ、しまった」


 盾を剥がされまいと動きが鈍るサクロー。

 その脇腹にもう1匹の棍棒が炸裂した。


 仲間ごと打っただと!?

 吹っ飛んだ彼女が岩壁に背中を打つ。


「サクロー!」

「――見えたっ!」


 だが次の瞬間、俺の視界をリンカが高速で横切った。


 リンカは垂れ下がったオークの棍棒を踏み台にしてジャンプ。半回転しながら首筋へ剣を走らせる。


 一拍遅れて鮮やかな血しぶきが舞う。

 首を失ったオークが膝から崩れ落ちた。

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