第14話


 どうやらサフィリア様は、思い込みの強すぎる人に予言という形でマジモンの神託を与えたらしい。その結果、サクローの宗教的な情熱、聖職者特有の使命感、個人の心理的な問題などが合体し、相乗効果でロマンティックな誤解が生まれたようだ。


 かいつまんで事情を話す間、彼女は全身から俺への好意と肯定を放っていた。


「つまり、フェル様たちはお金の管理に最適な組織を探していると」

「サクローさんはその辺り詳しかったり?」

「いえ。しかし神の意志は理解できました。参りましょう」


 そこはかとなく自信ありげなご様子。

 3人並んで街の中をうろうろする。

 サクローはたまに立ち止まり、視線をさっと上方に巡らせながら歩いていた。


「何をしてるの?」

「しー。到着してのお楽しみですよ?」


 俺の唇に指を立て、嬉しそうに先を進んでいく。

 リンカが小声で話しかけてきた。


「あの人のこと、信用するんですか?」

「サフィリア様の神官なのは間違いない」

「だからですよ。仮にあの神の信徒だとしても普通は表に出しませんって。フェルさんだってそうじゃないですか」


 実にアンタッチャブルな反応。

 サフィリア様、そこまで言われるようなことしてるか? 

 あ、してたわ。

 特殊犯罪グループの指示役みたいな悪~い啓示を。


「うちの神様、一般的な評判ってどんなもん?」

「フェルさんの手前言いにくいですけど。欲神サフィリアの信奉者といえば――」


 路地裏を曲がりながら話していると、前を歩くサクローが立ち止まった。


「ありました」


 窓と窓の間に綱が張られ、洗濯物が干されている。

 その端っこに小さなベルがぶら下がっていた。

 ただし内部のクラッカー……音を鳴らす振り子は外されているようだ。


 サクローは建物のドアノッカーをリズミカルに叩く。

 法則性があり、数回ほど繰り返すとわずかに扉が開いた。


「さあ、お早く」


 招かれるままに中へ入る。とても暗い。

 わずかな視界を頼りに背中を追い、階段を下るとまた扉。

 リズミカルなノックの後に声が聞こえた。


「真理が心を解き放つ」

「我らの世界は望むがままに」


 サクローが鈴の鳴るような声で答えると扉が開く。


「おや、神官様ですかい。どうぞお入りくだせえ」


 頬に刀傷のあるコワモテのおっさんだった。



 細い通路を越えると、灯りに照らされた広い地下空洞が現れた。


 仕切られた空間にテントやちょっとした建物が並び、どう言いつくろってもカタギとは思えない人々が密やかに商談を交わしている。

 無頼の輩。粗野な獣人。異国人に黒ずくめの集団まで。顔ぶれに統一性がない。


「……ここは?」

「頼れる同志の集会場。サフィリア信徒のバザーですよ」


 地下に潜ってるぅぅぅ~っ!


「うう~。商品は私たち、なんて言いませんよね?」

「そいつぁご挨拶だな」

「ひゃん!」


 声の主はいかにもな自由業らしき大男だった。

 筋骨隆々、右眼に眼帯をしており、背丈は2メートル近くある。


「わたくしはサクロー。神託の導きにより参りました」

「神の思し召しかい。俺様がここの頭目だ」


 頭目って言ったよこの人!

 山か海か森か知らないけれど、後ろに賊とつくアレだろ!


 超鑑定!


――――――――――――――――――――

【ザンバ】

【職業:犯罪者】

〈クラス:山賊(Lv8)〉

〈スキル:剣術(Lv6)、拷問、隠密行動〉


〈奇跡:サフィリアの恩恵〉

〈状態:潜伏、指名手配〉

〈経歴:村人――冒険者――山賊〉

 大手山賊グループのリーダー。

 殺人、強盗、脱獄の罪で指名手配中。

――――――――――――――――――――


「やっぱり山賊じゃねーか!」

「ああ? なんだ小僧。文句あんのか」

「フェル様。彼らは仕事に忠実な良き商人です。ほんの少し自分に素直なだけ」

「しょせんは同じ穴のムジナ。細けぇことは言いっこなしだ」


 頭目は、ばしん、と拳を手のひらに打ち合わせる。

 余計な詮索は身のためにならない、と表情に書いてあった。


「ッダテメェ? ナメッノカ? オ?」

「スッゾコラァ! オラァーン!」


 手下らしき一党が奇声を発して威嚇してきた。


「そいで用件は?」

「金を預ける先を探してるんだ。なるべく裏切られない相手を」

「ですので欲神の互助会を頼ってはどうかと思いまして」

「なるほどなあ」


 頭目は腕組みしながら俺を観察する。


「小僧。名前は」

「フェルディ」

「欲神の信徒なんだな?」

「まあ、たぶん」


 俺の主観がどうであれ、外から見れば信徒の端くれだよな。


「連帯保証人はわたくしが務めます」

「いいだろう。同志はいつでも歓迎だ。俺らに金を預けると顧客番号は各地で共有される。うちはもちろん、離れた土地のバザーでも自由に金が引き出せる」


 山賊に金を預ける日がくるとは。

 横領を恐れて強盗犯に財布を渡してるような話かも。


「心配すんな。俺らにも俺らなりの仁義がある。この世の何を裏切ろうとも、サフィリア様だけは裏切らねえ。いいや、裏切れねえ。あれを見な」


 示された先には頭蓋骨が飾られている。


「前の頭目だ。神を甘く見ちまったらズドン。神罰が下った」

「よし任せよう」

「ガハハッ。いい信仰っぷりだな、兄弟」


 俺たちは握手を交わした。

 サフィリア様は実在する。よって神罰も実在する。

 最高のセキュリティ機能だ。


 とりあえず箱を渡して総額を数えてもらう。

 800万ゴールドだと伝える頭目の目が厳しくなった。


「720万しかねえぞ」

「サフィリア様が1割を持っていったのか」

「ほう? 信仰熱心だな。名義はフェルディで?」

「俺に320万。リンカが400万で」


 リンカが居心地悪そうに身をよじる。


「わ、私はサフィリアの信徒じゃないけど、いいんですか?」

「フェルディが保証人になるんだろ?」

「もちろん」


 前世では、連帯保証人にだけはなるな、と言われた記憶がおぼろげにある。だけど今回は別。なんたって――。


「俺とリンカは一蓮托生。パーティーの仲間だからな!」

「フェルさん……! ありがとうございます一生ずっと付いていきますぅ!」

「大げさなカップルだぜ」


 バザーの運営者たちは胸焼けしそうとばかりに首を振り、俺たちの金を分けて保管してくれた。


 ククク。リンカは戦士の天才。

 まさに得難い人材だ。

 事あるごとに絆ポイントを稼いでいく必要がある。

 そのためならクサいセリフでも何でも吐いてやるさ!

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