第13話
21世紀にはまことしやかに語られる都市伝説があった。
いわく、臨時収入を得たり宝くじに当選すると、どこからともなく宗教団体が現れて募金をゆすりにくる。カルト団体に目をつけられて、非合法な手段で入金を強要された人もいるとかいないとか。
断ると後日謎の行方不明を遂げるという。
まさか異世界で遭遇するとは思わなかった。
「聞いたことがあります。依頼で大金を儲けると、それを狙って怖い人たちが寄ってくるって!」
「祝勝会を開いたのが仇になったか!」
「ど、どうしましょう?」
「とりあえず撒くまで逃げよう」
先を争って路地を曲がる。
このまま一気に……と思ったが急ブレーキ。
逆方向、出口の側から神官戦士が姿を現した。
「ひえぇ!」
「嘘だろ!? くそっ!」
別の横道へと逃れる。
「鎧を着てるのになんで俺たちより早いんだよ!?」
「私たちも重たい箱を持ってますけどね!」
「あら、わたくしが運びましょうか?」
「本当? 助かりますよ~……って、ぎゃあー!」
隣で神官戦士が併走している。
なんてこった。汗ひとつかいてない!
「あの距離を一瞬で!? まずいまずいまずい」
「こっち、こっちです!」
リンカに手を引っ張られて知らない道へ入る。
何やら当てがあるようだ。
さすが地元人、頼りになるぜ!
と思ったら、曲がりくねった道の先で行き止まりにぶち当たった。
「迷ってるー!」
「あれー。おかしいなあ」
膝に手をついて肩で息をする。
もう無理だ。これ以上は走れない。
でも大分ジグザクに走ったから少しは時間稼ぎも――。
ダンッ。
「ひう!」
「そんな……」
曲がり角から鎧姿が現れる。
どことなく頬を上気させた神官戦士がゆっくりと近寄ってきた。
「もうダメですぅ。私たち、ボコボコにされて川に沈められるんですよぉ」
「イヤだー! 何か、何か手は!?」
「お金、捨てましょ!?」
「ここまできて?」
「死ぬよりはマシです!」
リンカは金の入った箱をポイ捨てする。
「ごめんなさい、調子乗りました! お金は渡しますから命だけはお許しをー!」
しかし無意味だった。
彼女は投げられた箱には一瞥もくれず、頭を押さえてしゃがんだリンカもスルーして、わき目も振らずに俺のほうへやってくる。
「どうして! 俺、なんかやっちゃいました!?」
「こ、このー! フェルさんを狙うなら私だって黙っちゃいませんよー!」
金髪神官戦士はリンカの言葉に反応して立ち止まった。
「黒髪、黒目、フェルというお名前」
「なんだよ。やんのか!?」
「やんのかー!」
破れかぶれでファイティングポーズを取る。
が、彼女は俺の拳を優しくと両手で包むと――。
「やはりあなた様が、わたくしの運命なのですね?」
ハイライトのない紫の目をとろんと喜ばせた。
彼女は俺の手の甲に口づける。それから鼻を寄せてスーハーと匂いを嗅いできた。
「ああ、ああ。感じます。神の息吹を」
「な、なんだお前、イカレてんのか」
突然の謎ムーブにビビっていると、神官戦士はなぜか嬉しそうに口角を上げた。
「申し遅れました。わたくし、名をサクローと申します。見ての通りの神のしもべですわ」
「神ってどの神ですか」
「欲神サフィリア様にお仕えしております」
「ひゅわっ。サフィリア信徒だぁ……」
問いかけたリンカがぶるっと震えた。
「フェルさん、逃げましょう! この人ヤバいですよ!」
必死に腕を引っ張ってくる。
……何なんだこの反応。
え、もしかしてサフィリア様って異端的な扱いなの?
それともサフィリア様の信徒が問題児だったりする?
なんにせよ、彼女は俺の敵ではない可能性が出てきた。
超鑑定。
――――――――――――――――――――
【サクロー・カルデア】
【職業:修道女】
〈クラス:クルセイダー(Lv4)〉
〈スキル:盾防御(Lv4)神聖魔法(Lv4)〉
〈年齢:19歳〉
――――――――――――――――――――
もうちょっと詳しく。
――――――――――――――――――――
〈称号:敬虔な信徒〉
〈奇跡:サフィリアの恩恵〉
〈状態:狂信、発情〉
〈配偶者:なし〉
〈経歴;貴族――修道女〉
貴族の子に生まれ、修道院で育てられた。
――――――――――――――――――――
狂信。発情。……発情?
すごい文字列が並んでいる。
「はわぁ、んっ。感じます、神の波動を」
おいおいおい! 超鑑定がセンサーに反応してるぞ!
サクローは頬に手を添えて恥じらう。
「夕べ、サフィリア様から神託があったんです。リグノワに赴くべし、汝の運命そこにあり、と。それで夜を徹して参上いたしました」
「ん? もしかして、しかるべき者を遣わすっていうのは」
「きっとわたくしのことだと思います」
そういうことかよ。早とちりしてしまった。
さすがに昨日の今日でいきなり現れるとは思わないじゃん?
「サフィリア様も言葉足らずというか、適当というか。なんかごめんね。嫌な態度を取っちゃって」
「いえいえ。すべては神の思し召しです」
ぺこぺこと頭を下げ合う。
リンカがドン引きしながらのけぞった。
「フェ、フェルさん! まさかとは思いますけど……サフィリアの……?」
「信徒、と呼んでいいんだろうか。ものの流れで呼び出されたりするけど」
「呼び出される!?」
「まあ! 神に拝謁が叶うとは!」
サクローは祈りのポーズでひざまずいた。
「やはりあなた様はわたくしの運命。我が身の罪を罰してくださる方なのですね」
「罪を罰する?」
「はい。確信したのです」
濁った深い瞳から熱い感情がじんわり漏れ出てくる。
「率直に申し上げて、わたくし、世間に失望しておりました」
「はあ」
「誰もがわたくしの上辺だけを見て褒めそやします。賞賛します。本当の姿を評価する人はいませんでした。わたくしの本性は醜くて、浅ましい、はしたない女だというのに……皆、勝手な理想を押しつけるのです」
にじんだ涙がつーっと一滴流れる。
「ですがあなた様は違った。わたくしを疑い、軽んじ、拒絶してきました」
「ごめんって。寄付の恐喝だと思って」
「謝らないでっ! ようやく出会えたんです、素顔のわたくしを見抜いてくださる方と。まさにサフィリア様のお導き。冷え切った魂に火と熱が灯りました」
「サクローさん。サクローさーん?」
ダメだ、恍惚の表情でゾーンに入っておられる。
「あなた様。どうかわたくしをおそばに置いてくださいませ!」
「そんないきなり言われても」
「神に誓ってお役に立ってみせますわ」
彼女はにっこり微笑み、ひざを折って俺のブーツに口づけをした。
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