第12話
ギルドマスターはイレギュラーの発生を公表した。
俺たちは一躍時の人になる。
リンカも手のひら返した連中にざまぁムーブを楽しんでいた。
妬みや反感を和らげるため、軽い祝勝会を計画する。
「記念パーティーをやりたいんだけど持ち合わせがなくてさぁ~」
「…………」
「俺たち親友だよな?」
チンピラAを召喚して人々にメシをおごる。
やっぱり持つべきものは財布……おっほん。トモダチだな!
タイミングがズレた人々のためにお土産も用意したところ、チンピラAはギルドへ顔を出さなくなってしまった。彼の腰巾着たちも大人しくなり、逆にカツアゲを恐れて立ち寄らなかった層が戻ってきた。
現在、ギルドは低ランク冒険者で賑わっている。
俺とリンカはふたたびギルドマスターに呼び出された。
「フェルディ。よくきたね」
「マスタ―、ご用件は」
「アレミアと呼んでくれたまえ。私もフェルと呼ばせてもらう」
は、はあ。そうでございますか。
なんだか距離が近くない?
ソファへ座るようにうながされる。
なぜかアレシアも俺の隣に座った。
「素材とスキルオーブの査定が終わった」
「指輪のほうは?」
「あれは特別な品だ。結果が出るまで少し時間がかかる」
「そうですか」
「実によくやってくれた。えらいぞ! 支部長として私も鼻が高い」
甘くささやくような声。
この人、妙にスキンシップが多いんだが。
俺は密着されたまま、肩を抱かれて頭を撫でられる。
頬をくすぐる艶やかな黒髪に理知的な美貌。
コートを盛り上げる隠しきれない巨乳に目が行ってしまう。
大人の魅力ってすごい。あといい匂いがする。
「フェルには特別ボーナスを出さねばな?」
「それはもらいすぎになるかと」
「気にするな。何か欲しいものは? 何でもいいぞ」
アレミアはいたずらっぽく唇を舐める。
「……なんでも?」
「そう、なんでも。例えば」
彼女はシャツのボタンを外し、引っかけた指を動かして谷間を――。
「あのあのー! 私もボーナスいいですかー!」
リンカが腕を伸ばしてブロックしにきた。
「おっと。仲間もいたんだった」
「リンカです」
「ではリンカ。君にはこれを」
アレミアはお皿を引き寄せる。
「実家から送られてきたブドウだ」
リンカは釈然としない表情でもしゃもしゃとブドウを食べた。
呼吸を整えてから話を戻す。
「報酬はいくらになりましたか?」
「うん。合計で800万ゴールドになった」
「はっぴゃく!?」
リンカはブドウを手から落とした。
内訳を教えてもらう。
瞬足のスキルオーブが600万。素材の買い取りが50万。
魔石の価値は30万ぐらいだが、マスタ―権限で色をつけてくれたらしい。
「さすがマスター、太っ腹! ひえっ。違います、そういう意味じゃなくて!」
「アレシアさん、これっていわゆる公私混同なのでは?」
「気にするな。権限とは便宜を図るためにある」
涼しげな顔でウィンクしてくるアレシア。
ダメな大人だぁ……。でもありがたく懐に収めておこう。
話を終えると退出する。
去り際、頬に手を添えられて「またおいで」と微笑まれた。
調子狂うなー。美人さんには行動を謹んでもらいたい。
うっかり好きになっちゃうだろ。
そんなわけで急に小金持ちになった俺たちは、重い箱を隠しながらこそこそ宿屋へ戻ってきた。
部屋の鍵を閉めて金貨を数える。
「ひー、ふー、みー。信じられません。一生分のお金がここに」
ベッドに寝転ぶリンカはニマニマと表情を溶かした。
「799、800万っと。ちゃんと全額そろってるな」
「夢みたいです。もう現場でリーダーに怒られながら働かなくてもいいなんて」
「問題はこの金をどうやって保管するか」
「ギルドか銀行に預ければよくないですか?」
「それはそうなんだけど……思うところがあってさ」
組織ったってしょせんは人間の集まりだ。
21世紀ですら横領や使い込みはたびたび発生していた。
見知らぬ他人にポンと預けるのは嫌なんだよなー。
せめて裏切らない材料がほしい。いい手はないものか。
ここはひとつ、サフィリア様に相談してみよう。
夜。神よきたれと念じながら眠りにつく。
気がつけば例の真っ暗な空間に立っていた。
「呼んだかのー?」
「サフィリア様!」
さっそく相談しかけた矢先にずいっと手を伸ばされた。
「お菓子」
あ、忘れてた。
「忘れてたわけではあるまいな?」
「まさかそんな。優先順位の問題ですって」
「たわけ。いつでもワシを最優先にせんか」
ぷくーっとむくれたサフィリア様に事情を話す。
「ふむふむ。金を預けたいが横領されるのが不安だと。それは正しい懸念と言えるな」
「でしょう?」
「ワシも定期的にそそのかしておるからな」
えっ。どういうことなの。
警察に相談したつもりが犯罪グループの指示役だった件について。
「お主の話はわかった。しかるべき者を遣わそう」
「しかるべき者?」
「後はかの者と話すがよい。ワシは魔法少女プリティーみさきの続きを見る」
サフィリア様はスススーッと消えていった。
現代文化をエンジョイしてらっしゃる……。
翌朝、隣のベッドで寝ているリンカを起こさないように中庭へ出る。井戸水を汲んで顔を洗っていると、桶の水に人の顔が映った。
「だ、誰だ!」
鎧姿に深緑のクロークを羽織った人物が大盾を支えに立っている。
腰にはメイス。胸には聖印。いわゆる神官戦士だろうか。
謎の人物はフードを脱いだ。薄い金髪のどえらい美女だ。
儚げというか、深みがあって底知れないというか。
世間知らずな深窓の令嬢にも、浮世離れした聖女にも見える。
彼女はハイライトのない紫の目でじっとりと俺を覗いた。
「あなたは神を信じますか?」
「うわぁあああああああ!」
言葉を聞くと同時に弾かれたように動く。
絶叫しながら宿へ飛び込み、階段を駆け上がって部屋へ戻った。
「リンカ! 起きろ、リンカぁ!」
「むにゃむにゃ、どうしたんですかぁ……って、きゃあ!」
上半身裸の俺に驚くリンカ。顔を手で覆うが指の間からチラ見している。
些細なことに気を遣う余裕はない。
「そそそんな、まだ早いですよぅ。もっと一緒に甘々イチャイチャしてからぁ。でもどうしてもっていうなら愛の言葉を――」
「今すぐ荷物をまとめろ! 逃げるぞ!」
「逃げる? 何から」
「寄付の強要からだ! 神官が嗅ぎつけてきた!」
がばっと起きたリンカと一緒に荷造りをして宿から飛び出す。
「もし、お待ちを」
「うちは間に合ってますんでー!」
俺たちは箱を抱えて転がるように通りを駆けた。
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