第11話 ギルドマスター・アレミアの興奮
フェルディとリンカがパーティーを結成した翌日。
アレミア・カッサドーレは私室で指輪を眺めていた。
王都生まれ、王都育ち、端くれとはいえ貴族階級。
そんな彼女がリグノワ冒険者ギルドのマスタ―に就任して早6年。
望んでこの地位に就いたわけではなかった。
たった一度のミスで転落し、左遷されてズルズルここまできてしまった。
思わず眉間に皺が寄る。
ちょうど扉がノックされた。
「失礼します」
「入りたまえ」
副ギルドマスターだ。職員上がりの40代。
本来なら彼がマスタ―の席に座っていてもおかしくない。
「議題は例の新人についてですな?」
「話が早い。君はどう見る?」
「ただ者ではないでしょう」
副マスタ―はソファーに腰かける。
「登録初日に2000本の薬草を採取。足手まといの引率を連れて、3日で初めてのダンジョンを攻略。それも倒した敵は圧倒的な格上ときた」
彼は困ったように肩をすくめる。
「まるで噂に伝え聞く勇者様です」
「ああ。改めて語られると異様な成果だよ」
「不正の形跡もありません。高ランクに駆け上る片鱗は見えているかと。Dランク向けの依頼がせいぜいのうちじゃ面倒見きれませんよ」
アレミアは副マスターに同意した。
「そのうち私が王都へ連れていく」
「キャンディッドへ?」
「これを見てくれ」
手を伸ばして指輪を突き出す。
身を乗り出して目をすがめた彼は、あいまいに答えた。
「オシャレな指輪ですな」
「次はこちらを」
手のひらサイズのオーブを見せる。
副マスターの顔色が変化した。
「スキルオーブ。ということは、まさか!」
「そう。勇心の指輪だよ」
「これがあの……後学のために手に取っても?」
「どうぞ」
指輪を受け渡す。
預かる指はわずかに震えていた。
副マスター宝物を託された番兵のごとく、丁重に眺めている。
「勇心の指輪ですかあ。本部はあなたの功績に驚くでしょう」
「おそらくは別の役職を拝命することに」
「花の都へ返り咲きですな」
「後任には君を推薦するつもりだ」
返された指輪を小箱に戻す。
「お飾りの私に今までよく尽くしてくれた」
「なんの。ご実家のご威光には助けられました」
手袋ごしに握手を交わす。
副マスターはスキップしそうな足取りで退室した。
アレミアは背もたれに身を預ける。
リグノワはなんてことない田舎の港町だ。
人は優しく空気はおいしい。時間が穏やかに流れている。
住むには最適の土地だと思う。老後には移住してもいい。
だがアレミアはまだ若く、出世の野心を捨てていない。
退屈で刺激もチャンスも存在しない、耐えがたい6年間だった。
ちょっとした、たった一度の過ちの代償にしては大きすぎる。
「ふ、ふふふ。私にもようやく運が向いてきたらしい」
彼女は黒髪の新人を思い浮かべた。
冒険者ギルドはどこにでもある。
才能もまた、全土に眠っている。
いずこの支部から高ランク冒険者が輩出されるかは未知数。
しかし確実なこともある。
発展途上の彼らと縁を結べた者には幸運が約束される。
彼らが活躍するたびに「あの冒険者を、あのパーティーを見出した賢人」と賞賛される栄誉に与れる。
それは冒険者出身の先祖を持つ貴族――冒険貴族にとっては大事なことだ。
アレミアの実家、カッサドーレ家もまた冒険貴族の一員だった。
「ママもきっと喜んでくれるはず!」
敬愛する母親に褒められる自分を想像する。
彼女は人にはお見せできない顔でヨダレを拭った。
「囲い込まねばならんな。全力で」
担当冒険者の活躍を通じて、ミスを嘲笑った者たちの鼻を明かしてやる。
ついでに人生一発逆転を果たす。
となれば目下重要なのは、件の冒険者――フェルディをいかにバックアップして、いかに自分の手元へ繋ぎ止めるかだ。
「いざとなれば、この体を使ってでも……!」
鏡の前で遠慮がちにポーズを取ってみる。
「私だって24歳。まだまだ捨てたものでは」
ぎこちなく豊かな谷間を寄せたり、お腹の肉を掴んだりして――。
ぐにぃ。
「!?」
アレミアは驚愕した。
本来あるはずのないものが、手のひらにぎしっと収まっている。
急いでシャツを脱ぐ。
脇腹を軽く叩くと、波が対岸にまで伝わった。
「い、いかん。贅肉が! 最近座り仕事ばかりだったからか? 頭脳労働でカロリーは消費しているはずなのに! むむむ、能書きはどうでもいい。王都へ向かうまでに体を絞らなければ……!」
彼女は業務を放り出してランニングを始める。
こうして昼夜兼行の緊急ダイエット計画が強行されるのだった。
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