第10話


 リンカに魔力ポーションを飲ませて数分後。


 俺たちはデザートタイガーの素材と魔石を回収すると、大部屋に現れた宝箱と対面していた。


「どう思う?」

「ボス討伐の報酬に見えますけど」

「ここまできて罠で全滅とかしたら」

「もー、まどろっこしい! 私たちは勝利者! 開けちゃいますよー!」


 リンカは止める間もなく宝箱を開く。


 ――しびびびびびび。


「うぎゃー!」

「やっぱり罠だった」

「見てないで助けてくださいよぉ」


 怪しいとは思ったんだよ。

 本来いないはずのボスが出た時点で。


 リンカに薬草を渡すと改めて中を調べる。


――――――――――――――――――――

【特大魔石:品質S】

【スキルオーブ:瞬足】

【砂漠虎の牙】

【砂漠虎の毛皮】

【勇心の指輪】

――――――――――――――――――――


 なんか色々入ってる。


 魔石、素材はいいとして、スキルオーブ?

 名前で用途は想像がつくが一応調べてみる。

 ついでに指輪の効果も一緒に。


――――――――――――――――――――

〈スキルオーブ〉

 使用者は対応したスキルを習得できる。

 汎用とクラス限定の違いに注意が必要。


〈勇心の指輪〉

 格上の敵を破った者に与えられる指輪。

 装備するとランダムで奇跡が得られる。

――――――――――――――――――――


 ぬっ。

 ファンタジー好きの直感がささやいている。

 このふたつは貴重で高値がつくやつに違いない。


 横からひょこっと顔を出したリンカも興奮する。


「ふおぉー! なんかいっぱいあります!」

「この戦力差を覆してこれだけってのも納得いかないけど」

「いいじゃないですか。早く帰ってギルドで自慢しましょー」


 ドヤ顔でざまぁ展開の妄想に浸っておられる。

 とても小物感が漂ってくる顔だ。


「せっかくかっこよかったのに」

「!?」


 リンカはきゅいんと半回転してすり寄ってきた。


「今。今なんて?」

「さあな」

「かっこいい……って聞こえましたけど?」

「気のせいだろ」

「なーんで! もっかい言ってくださいよー。フェルさんの照れ屋さん!」


 なんとなくわかってきた。

 リンカは精神的な優位に立ったり、相手との関係に慣れてくると遠慮が消し飛ぶタイプだ。

 案外、パーティーから追放されたのは能力ではなく性格の問題だったりして――。


「そんで、脱出はどうすれば?」

「部屋の隅にある光の球に触れるんですよ」

「あれか」

「せっかくだからせーので合わせません?」


 顔を見合わせ、せーので手を出す。

 光に触れると視界が歪んだ。

 船酔いみたいに世界が回る。


 数十秒か、数分か。

 揺れが収まるまで待って目を開く。

 俺たちは砂場のダンジョンの入口に立っていた。


「いえーいー! 完全攻略かんりょー!」

「う……」

「う?」

「うおっしゃーい! 今夜は宴だァアアアア!」

「ふへへ、フェルさんも大喜びじゃないですか!」


 そりゃそうよ。

 異世界転生。ファンタジー。それにダンジョン制覇だぞ!


 誰でも通過できる初心者向けだとしても。

 客観的にはごくありふれた、典型的な成果だとしても。


 俺にとっては初めてで特別な時間だ。

 それに、こういうのは慣れれば慣れるほど感動が薄れていく。


 序盤のダンジョンが最も思い出深いってのがRPGあるあるだし、後から振り返っても楽しめるよう、この瞬間を過剰なぐらいに騒いでおきたい。


「おっし。それじゃギルドへ戻るか」


 満足してからリンカを見ると、


「あぁ~、また魔力が~」


 やつは棒読みでしなだれかかってきた。


「おい」

「おんぶ」

「自分で歩けるだろ」

「私、けっこーがんばりましたよねー?」


 チラッ、チラッ。

 期待のまなざしで見上げられる。


「しゃーない。今日だけだぞ」

「やったー!」


 こっちだって怪我してんのによー。

 俺は冒険者ギルドまで、そう、町の入口ではなく文字通り冒険者ギルドまで、リンカを背負って帰らされるのだった。



 事の次第を受付嬢に報告する。

 たちまちギルドは大騒ぎになった。


「砂場のダンジョンにデザートタイガーが!?」


 バックヤードへすっとんでいった彼女はギルドマスターを連れてくる。

 黒髪の美女は疑わしげにメガネを持ち上げた。


「にわかには信じがたい話だが」

「証拠はこちらに」

「不正? いや、彼女にそんなツテは。事実ならすぐに封鎖が必要……」


 ギルドマスターは素材をすがめて考え込む。

 つぶやきが丸聞こえだ。


「マスター?」

「確認してくる。君たちも奥で待機するように」


 後ろでひそひそ話が広がる。


「なんだ、どうした?」

「砂場にデザートタイガーが出たんだってよ」

「無能と新人が倒したって吹いてやがる」


 あれよあれよという間に職員専用エリアに連行されてしまった。

 廊下の欄干にもたれて吹き抜けとなった階下を観察する。


「厄介ごとにならなきゃいいけど」

「私は楽しみです。今まで見下されたちっぽけな私が、偉い人まで慌てるような騒ぎの中心にいるなんて」

「小物なんだか大物なんだかわからないやつだな」


 喧騒は時間が経つにつれて大きくなる。

 廊下を行き交う足音も激しくなってきた。

 やがてギルドマスターの私室に呼び出される。


「入ってくれ」

「失礼します」


 リンカと並んで入室する。

 冷や汗をかいたギルドマスターが指を組んでいた。


「検査の結果、君たちの持ち込んだ素材は砂場のダンジョン由来であると認定された」

「検査ですか」

「素材に染み付いた匂いや魔力から土地を割り出すのさ」


 そりゃあすごい。熟練の目利きってやつ?

 いい仕事してますねぇ~とか言いそう。


「で、だ。ダンジョン内ではごくまれに、そのダンジョンや階層にいるはずがない敵が現れる。我々はイレギュラーと呼んでいる。となれば、ドロップ品は素材だけではなかったはず」


 うへぇ、やっぱりそうくるか。

 俺は勇心の指輪と手のひらサイズのオーブをかざす。


「素晴らしい! よくやってくれた。そちらもギルドのほうで買い取りを――」

「小銭を握らせて希少品を没収ですか?」

「……人聞きが悪い。支部の名誉と功績に報酬をケチるつもりはない」


 出鼻をくじかれたギルドマスターは汗を拭いた。

 緊張で冷や汗をかくとか、詐欺が下手くそなタイプだ。


「王都で売ると何ゴールドになります?」

「スキルオーブはものによる。500万から2000万が相場だね」

「ご、ごひゃくっ。にせんっ!」

「勇心の指輪は想像もつかない。本部も、王家も、教会も、金に糸目はつけないだろう」


 超鑑定を発動してオーブと指輪を調べる。

 少なくとも嘘はついていない。


 俺はリンカに尋ねた。


「リンカはどうしたい?」

「わ、私に振らないでくださいよ」

「ボスを倒したのは主にリンカの手柄だからさ」

「うー。そんなこと言われても。考えるのは苦手なんですよぉ」


 話しているとギルドマスターが立ち上がる。


「頼む。どうか譲ってくれ。君たちはいずれ王都へ行くのだろう?」

「俺たちはパーティーではありませんが」

「コ、コネがあるかないかは生活の質に直結すると思わないか!?」

「いやだから」

「私はあちらの生まれなんだけどっ!」


 話を聞けよ!

 必死すぎるギルドマスターは完全にアガっているようだ。

 でも、一理あるっちゃある。


「個人的な条件があります」

「なんなりと聞かせてくれ」

「神造迷宮についての情報提供と協力を望みます」


 彼女は意表を突かれたように肩眉を上げた。


「……君は神造迷宮を目指しているのか」

「外せない用があるんです」


 ギルドマスターはメガネを拭いてかけ直す。


「わかった。私にできる範囲で全面的な協力をしよう」

「どうも。俺はそれで納得します。リンカはどうする?」


 ふらふらしていたリンカがシャキッと直立する。


「だったら私からも条件が。フェルさんに!」

「俺に?」

「は、はい。よかったらそのぉ、えっと――私とパーティーを組んでください!」


 びしぃっと俺を指差してきた。

 そうきたかー。


「今まで私をバカにする人、哀れむ人はいても、気にかけてくれる人はいませんでした。私、フェルさんと出会ってようやく人生が開けてきたんです。だから、もう少し……いえ、できればずっと、あなたと一緒にいさせてください!」


 最後はほとんど目をつぶりながら叫んでいた。

 そしてすぐさまギルドマスターにすり寄っていく。


「ダメならマスター権限で命令をー!」

「お前なぁ」

「で、君の答えは?」


 おいマスター。目が笑ってるぞ。

 他人の事情を漁る野次馬の目をしている。


「なあ、聞いてたろ。俺は神造迷宮を踏破しなきゃならない。ほどほどでリタイアが許されないんだ。最悪死ぬ。それでもいいのか?」

「イヤって言っても地獄の底までついていきますよ」

「俺たちは出会って数日だぞ?」

「16年の腐れ縁でも捨てられました。それに――」


 青い瞳がキラリと光る。


「私は運命を信じてます」


 迷いのない表情で見つめ返された。


「わかったわかった。いいよ。ほっといても死にそうだし」

「ふへへ、今後ともよろしくお願いします!」


 こうして俺たちは正式なパーティーを結成した。

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