第9話


 象牙色の皮に身を包まれた大型の敵。

 おそらくは虎、に見える。


「大砂ヘビ?」


 リンカを見ると激しく首を振って否定した。

 この地方の放言で虎をヘビと呼んだりするわけではないらしい。


「超鑑定」


――――――――――――――――――――

【デザートタイガー】

【職業:魔物(ダンジョン)】


〈HP;350/350〉

〈スキル:瞬足(Lv5)〉

 砂漠や乾燥地帯に生息する魔獣。

 知能が高く敵の分断を得意とする。

――――――――――――――――――――


 お、おおお?

 これまでの敵とはHPが桁違いだ。

 さすがダンジョンのボス。気を引き締めて――。


「デザートタイガー!? なんでこんなところに!」


 リンカが震え出した。


「Dランクの上位からCランクが適性なのに。こんな、こんなのって!」


 デザートタイガーが咆哮を放つとリンカは腰を抜かした。

 敵はじわりと距離を詰め始める。


「足を動かせ! 混乱するな!」

「こないで、こないでー!」


 あわあわしていてダメそうだ。

 俺は振りかぶって剣を投げた。

 胴体に当たって皮を浅く斬る。

 気分を害したデザートタイガーがこちらを睥睨する。


 ……まずいっ!


 考える前に横へダイブする。

 俺のいた空間を牙が通り過ぎた。


 ふう、危なかった。

 瞬足のスキルを認識してなかったら今ので死んでたな。


 走って剣を拾いにいく。

 敵は嘲笑うかのように余裕のあくびをかましていた。


「リンカ、リンカ! 落ち着け!」

「ダメですよぉ。私たち、ここで終わりなんです」

「何もしなけりゃそうだろうな!」


 肩を抱きよせ、デザートタイガーを注視しながら囁く。


「俺らかあいつ、どちらかが死ぬまで出られないんだろ? 怯えながら殺されるぐらいなら立ち向かうほうがいい」


「そうは言いますけど」


「名前や格付けにビビるな。事実は3つ。いち、生命体である以上は斬れば殺せる。に、そうやって殺した先駆者がいる。さん、俺たちにも真似できる」


 リンカは恐る恐るこちらを見上げた。


「やれるでしょうか?」

「他に選択肢はない。それに、あいつを倒せば才能の証明には十分だ。これまでバカにしてきた理不尽のすべてを、見返してやろう」


 噛んで含めるように告げていく。

 リンカの瞳に闘志が戻り、槍を支えに立ち上がった。


「才能の証明……いいですね!」


 ふたりしてデザートタイガーに対峙する。

 敵は、用件は済んだか、とばかりにのそりと歩き出した。


 超鑑定。


――――――――――――――――――――

【デザートタイガー】

【職業:魔物(ダンジョン)】


〈HP;348/350〉

〈スキル:瞬足(Lv5)〉

――――――――――――――――――――


 与えたダメージはたったの2。

 だけど確実に通っている。

 死ぬ前に174回の攻撃を当てればいいだけだ。

 リンカが当てればもっと少なくて済む。


 イージーだイージー。

 やれなくはない。こちらがやられなければ。


「俺が気を引く。リンカは横槍に専念してくれ。ただし! そのうちリンカに狙いを定めるはず。さっきのスキル、瞬足に注意だ」

「了解ですっ!」

「おし、行くぞ!」


 左右に分かれて敵へ突っ込む。

 幸い、デザートタイガーは俺のほうを向いた。


 ねこパンチをかわして足を斬る。

 戦闘3日目にしてようやく体が慣れてきたか?

 動きが想像に追いつくようになってきた。


 まともには打ち合わない。

 猛烈な攻撃はこのショボい盾で何度も防げるものではない。


「グラァアアア!」


 敵が吼えて身を低くした。突進してくるか?


「せいや!」


 リンカが見事に隙をついた。

 ひときわ大きな苦悶の雄叫びが上がる。


 超鑑定!


――――――――――――――――――――

【デザートタイガー】

【職業:魔物(ダンジョン)】


〈HP;318/350〉

〈スキル:瞬足(Lv5)〉

――――――――――――――――――――


 マジか、30ダメージも入っている。

 これならいけるぞ……!


 憤怒の形相を浮かべたデザートタイガーがくるりと振り向く。


「ひい」

「瞬足がくる、避けろ!」

「うわぁああああ」


 絶叫しながらヒーローダイブしている。

 リンカのいた空間を殺意の塊が引き裂いた。


「こ、ころされる……!」

「まだ終わってないぞ!」


 俺はリンカの前へ割って入る。

 反転して飛びかかろうとする敵へと盾を掲げた。

 衝撃。交通事故にでも遭ったかのように体が宙を舞う。


「フェルさん!」

「いいから攻撃を!」

「は、はいっ」


 槍の一撃が確実に敵を削っていく。


 う、ぐっ。流血しているな。

 全身がバラバラになりそうだ。


 こんなの。なんて。なんて。

 なんて楽しいんだ……!


 俺が求めてやまなかったファンタジーのバトルそのものだ!


 最高の生を実感し、喜びに包まれながら戦場に戻る。

 しばらくギリギリ紙一重の戦いが続いた。


――――――――――――――――――――

【デザートタイガー】

【職業:魔物(ダンジョン)】


〈HP;94/350〉

〈スキル:瞬足(Lv5)〉

――――――――――――――――――――


 戦力差を鑑みればかなり頑張ってはいるが、こっちも限界が近い。

 何かこう、決め手が欲しいな。


 超鑑定。


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【フェルディ】

【職業:放浪者】


〈取得したクラスは特にありません〉

〈取得したスキルは特にありません〉

――――――――――――――――――――


 俺は特に変わりなし。

 リンカのほうは……。


――――――――――――――――――――

【リンカ】

【職業:冒険者(Gランク)】

〈クラス:魔術師(Lv1)、戦士(Lv1)〉

〈スキル:初級魔法、初級槍術、臨戦〉

――――――――――――――――――――


 おや、クラスとスキルが生えているぞ。


――――――――――――――――――――

〈初級槍術〉

 スラスト、カウンター、ピアシングランス

〈臨戦(自動)〉

 防御強化、敏捷強化、致命打を付与する。

――――――――――――――――――――


 なんかすごそうなのある!

 これならやれるか?

 考えても仕方ない、どっちみちこれしかないんだ。


 天才の潜在力にすべてを賭けよう。


「リンカ、槍術スキルを使ってくれ!」

「ぜぇ、ひぃ、え、スキル? 私、持ってません」

「あるかないかじゃねえ! やるんだよ! 気持ちで負けてんだ気持ちで! 気合で出せ、お前の底力を見せてみろ!」


 できませんというのは嘘つきの言葉。

 昔、偉い人が言ってた。


「そんな無茶なー!」

「いいからやれ!」

「うう、わかりましたよぅ」


 盾が壊れた俺はデザートタイガーに飛び乗って首にしがみつく。

 やつはこちらを振り払おうとして、思いっきり二足立ちになった。


「今だ!」

「えーい! なんか出ろー!」


 リンカが槍を突き出した瞬間。

 穂先の大気が一気に膨れ上がり、猛烈な斬撃が虎の胴体をズタズタに千切った。

 吹っ飛ばされた俺の皮膚もぱっくり切れる。

 泣きそう。


「ほんとに出た。って、うぎゃー! フェルさんがー!」

「こっちはいいから早くトドメを!」


――――――――――――――――――――

【デザートタイガー】

【職業:魔物(ダンジョン)】


〈HP;4/350〉

〈スキル:瞬足(Lv5)〉

――――――――――――――――――――


 あと少し。頼む、早く倒してくれ!


「さっきのをもう一回。よいしょ、うんしょ、とりゃー!」


 先ほどよりは控えめな斬撃。

 デザートタイガーは命を刈り取られ、黒い煙となって消えた。


「やった。私がやったんだ。すごいっ、やりましたぁ! フェルさ……ん」


 はしゃいでいたリンカがその場に倒れる。

 まさか蓄積ダメージが!?


「大丈夫かっ」


 重い体を引きずって近寄ると。

 リンカは「ふへへ」と笑いながら答えた。


「魔力切れみたいです」


 槍術スキルも魔力消費なのかよ!

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