第8話
さらに翌日。
「今日も張り切っていきましょ~!」
「ちょいとお待ち。はい、これ」
俺はリンカに槍を押しつける。
「やり?」
「それ貸して」
代わりに杖を受け取ると、
「オラァ!」
「ちょちょちょっ! 何してるんですかぁー!?」
海のほうへ全力で投げ捨てた。
「私! 魔術師! 魔法で戦う系女子!」
「戦えてるか? 魔法で」
「にゃうう、それは言いっこなしですよ」
「あのさ。魔術師をやりたくてやってるわけじゃないんだろ?」
リンカはうつむいて穂先で砂をひっかく。
「でもでも、他にできることなんて……」
「試したのか?」
「え?」
顔を上げた彼女の肩に手を置く。
「これまで他の役割をやってみたことは?」
「いえ、下手したら死んじゃいますし」
「ないんだな?」
「は、はい」
俺は深呼吸して一息に告げた。
「何をやってもダメならそれはしょうがない。けど、今の状態で引退とか言い出すのはもったいないよ。もっと試してみよう、自分の可能性を」
リンカの瞳が揺れ動いている。
「けど、でも」
「今日は俺も一緒だし。できる範囲でカバーするから」
「私、引率の立場なのに、新人さんに頼るなんて」
「ここにいるのは初心者と、歴だけ長い初心者。失敗したって別に恥ずかしくはない。本当に恥ずかしいのは、縮こまって問題を解決できない状態そのもの」
「…………」
「どう思われるかじゃなくてさ、どうなりたいかを考えないと。バカにされる立場が好きなら何も言わないけど」
しょせん他人の人生ではある。
でもなんかほっとけない。
人間は格付けし合う生き物だ。たとえ仲間内であっても、格下であってほしい、都合のいい存在であってほしいという願望は、グロテスクなほどに影響を及ぼしてくる。
昔のパーティーってのもおそらくはそうだろ。
彼女の状態に問題があるのは明らか。
事態を認識しながらも、一番下の存在であってほしいから放置していた。
グループの生贄にして捨てた――そう思えてならない。
俺は決して善人ではないが。
関わりのある誰かが心の後遺症を引きずっている姿を見て、なおシカトできるほどの悪党でもないのだ。
「チャンバラなんてできるでしょうか……」
「できると思うから言ってる」
目をそらさずに答えを待つ。
リンカはうろたえていたが、やがて意を決したようにうなずいた。
「わかりました。私、やってみます」
まあ、絶対に大丈夫だけどね。
だって――。
――――――――――――――――――――
〈戦士の天才〉
近接系統のクラス適性とスキル適正をSランクまで上昇させる。スキルの獲得・発現にかかる時間を大幅に短縮する。
――――――――――――――――――――
君、天才だし。
そんなわけで本日は近接ふたりで戦っていく。
俺はまた剣と盾を持ち、タンク気味の役割で敵を抑える。
攻撃を盾で防ぐとビクついているリンカに叫んだ。
「隙ができたぞ!」
「よ、よーし。これでも喰らえー!」
「うおぁああーっ!?」
俺のほうめがけて槍が繰り出される。
「目をつむったまま戦うんじゃねえ!」
「すみません! すみません!」
「いいから早く突く!」
「あうあう、わあああー!」
ぐしゃり。
ゴブリンは一撃で倒れた。
「ハァ、ハァ、や、やりました!」
「よくやった。次いくぞ次」
「はい!」
緒戦こそひどかったものの、順調に敵をぶちのめしていく。
根気よくチャンスを作っていくとリンカは徐々に要領を掴み、そのうち単独でも敵と戦えるようになった。
ついには俺が1匹と戦っているうちに2匹倒して助太刀まで。
上達の速度が尋常じゃない。やはり天才か。
「せりゃー!」
同時に跳躍したコボルトも着地の前に両方始末している。
あれこれ試している間に3層を突破し、4層の小部屋に入った。
地面に戦利品を並べてみる。
魔石と素材の山を眺めたリンカは放心しかけていた。
「私、けっこうやれるかもしれません」
「だろうな」
苦笑しながら同意する。
ぶっちゃけ天才をナメていた。
休憩を終えて進軍を再開する。
4層を突破し、5層を攻略する頃には、リンカの安定感はさらに増していた。
俺がカバーする必要すらない。完全におんぶにだっこ状態だ。
彼女も1年間の経験があるわけだし、本来これが正しい姿なわけだが。
「えい! やあ! はい、はい、はいっ!」
見事な槍さばきに関心していたら6層も通り過ぎていた。
階段を下りると、短い通路の奥に大きな扉が現れる。
「あれは?」
「ボス部屋です。うう、久しぶりにきちゃいました」
「ボス部屋……。えーっと?」
受付嬢に渡された紙を読んでみる。
「この奥にいるのは大砂ヘビ。大部屋の床を縦横無尽に泳いでは砂のブレスを吐いてくる、と」
いかにも面倒臭いタイプの敵だなー。
「リンカは戦ったことがあるんだよな?」
「戦ったというか、皆が戦うのを見ていただけというか」
赤面しながら頬をかくリンカ。
「ふたりでやれますかね? 引き返します?」
どうしようか。
普通はフルパーティーで挑むものらしいけど。
ここで通用しないなら転職推奨って話だしなー。
俺はサフィリア様に神造迷宮の攻略を命じられている。
正直、こんなところで尻込みしては、この先やっていけないと思う。
それに、大砂ヘビの脅威は隠密状態からの奇襲とのことだった。
超鑑定があれば十分に対処可能なはず。
「俺は行くつもり」
「む、やる気ですね」
「リンカはあくまで引率だし、気が向かないなら先に戻ってて」
「そんな、ここまできて。私も一緒に行きますよ!」
「無理しなくてもいいぞ?」
「私自身、試してみたいんです。自分の力がどれだけ通用するか」
彼女はぐっと拳を握る。
決まりだな。俺たちは7層――ボス部屋の扉をゆっくり開いた。
円形の部屋は地面いっぱいに砂が敷かれている。
半ばまで歩くと扉が閉まり、禍々しい瘴気が集まってきた。
「このこの! くるならこい!」
リンカが啖呵を切った次の瞬間、ぶわっと瘴気が晴れる。
「ん?」
「あれ?」
砂を巻き上げて現れたボス。
その姿は明らかにネコ科のそれだった。
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