第6話


 7、8回ほどゴブリンの群れを倒して小休止する。

 無視できると思っていた足の痛みがダメそうだ。

 今になって効いてきたな。

 ズボンをまくると患部が赤く腫れあがっている。


「いってて……」

「見せてください。偉大な先輩が薬を塗ってあげますよ~! ふふふのふ」


 リンカは薬草をひったくって潰し始めた。

 なんだこいつ。昨日の序盤と態度が変わりすぎでは?


「初ダンジョンで9連勝とはなかなかやるじゃないですか。まあ? 先輩目線であえて言うんだったら? 状況に合わせて柔軟に戦えるとベストかもですね~?」


「文句があるなら手伝ってくれてもいいんだが?」

「ゔぇっ! そ、それだと新人さんのためにならないので」


 リンカはふいっと顔をそらした。

 普通、引率って手本を見せてから教導するものだと思うんだが……。

 離れて応援してるだけなんだよな。この人。


 お、ちょうど巨大ガニの群れが現れた。


「先輩! あそこに巨大ガニが!」

「そ、そうですかぁ。討伐がんばって――」


 そそくさと移動する肩をがっしり掴む。


「手本を見せてくださいよ」

「えっ、それはちょっと」

「魔術師の戦い方も勉強したいので」

「別の機会がよろしいかと……」

「引率が仕事しないってギルドに報告すべき?」

「わかった、わかりました! やりますから!」


 リンカは杖をぎゅっと握り、かなり遠くから構えた。


「む、むむむ。えーい! ライトニング!」


 杖の先からちょろっと静電気みたいなのが飛び出ていく。

 バチィ! 巨大ガニAは怒ってしまった。


――――――――――――――――――――

【巨大ガニ】

【職業:魔物(ダンジョン)】

〈HP:18/26〉

〈スキル:斬撃(Lv1)〉

 魔力による変質で巨大化したカニの魔物。

 弱点は関節と殻の隙間。雷属性が有効。

――――――――――――――――――――


 ダメージは……たったの6。

 え? 弱点属性を使ってこれ?


「ライトニング! ライトニング! ライトニングー!」


 顔真っ赤で魔法を連打してようやく1匹が倒れる。

 リンカはすでに疲労困憊だ。


「ぜぇ、はぁ、ひぃ。ど、どんなもんですかぁ!」

「どんなもんって……」


 まだ3匹ぐらい残ってますけど。

 ギロリと睨んだ巨大ガニたちが動く。


「いやぁああ! こっちこないでー! 助けて、助けてー!」

「魔法! 魔法で反撃を!」

「魔力切れになっちゃいますよぉー!」


 どうして!?

 魔術師のくせに総MP量が少なすぎる!

 仲間をやられてブチギレの巨大ガニBがハサミを振るった。


「カニィイイイイ!」

「ひえぇー!」


 リンカの着ていたローブが破けてフードが宙を舞った。

 くそっ、本当にダメなのかよ!

 その魔術師(Lv1)は飾りか! 飾りだったわ!


 俺は痛む足を引きずって加勢に入った――。


 どうにか残りのカニ3匹を倒す。激闘だった。

 場所を変えて休憩する。


「いでででで」

「スミマセン。薬、塗らせてもらいますです。くっ」


 俺は体のあちこちに小さな傷を負い、死んだ目のリンカが遠慮がちに薬草を塗る。


「短い春でした……。さようなら、先輩の威厳」


 さらさらと灰になりそうな雰囲気だ。

 いたたまれなくなって口を開こうとする。


「あの、えーっと」


「ハイ。ソーデスヨ。どうせ私は落ちこぼれの役立たずのダメ魔術師。魔力は少ないし、攻撃魔法もショボいし、そんなだからパーティーからも捨てられて底辺をフラついてる社会のゴミです」


「へ、へえ。人生山あり谷ありだな」


「誰もが私を追い抜いていく……。笑顔で話しかけてくれた人たちも、いずれは私を見下しながら話のネタにする……。『ああはなりたくないだろ?』の〝ああ〟。疫病神の〝悪い例〟。誰からも愛されない。それが私。うらめしい。世界が憎い。どうして私はいつもこんな……」


 リンカは呪詛を吐き始め、やがて三角座りで丸まってしまった。


「あのー」

「村でもそうだった。私塾でもそうだった。私は社会の不用品。世界が私を拒絶する」


 落ち着くまで待ったほうがよさそうだ。

 仕方ないので自分で薬草を塗りながらリンカの姿を観察する。


 印象的なピンクの短髪。

 遠くを見ている両目は青い。

 切り裂かれたローブの下にはなかなかの美乳。

 ノースリーブのシャツからは健康的な腋が覗いていた。


「普通にかわいくてびっくり」


 あ、声に出てしまった。


「今、なんて?」


 するとリンカの呪詛が止み、超速で首だけがグリンとこちらを向いた。 

 動き怖すぎだろ!


「私のことかわいいって言いました? 言いましたよね? キュート、愛くるしい、抱きしめたくてたまらない、リンカちゃん好き好きちゅっちゅで運命の人ー!って。言いましたよね?」


「いや、そこまでは」

「いーえ! 言いましたー! 言ったんですー! 私が証人ですぅー!」


 ホラーゲームの敵みたいな動きでカサカサと這いよってくる。

 彼女は俺の首に両手を回し、ガチ恋距離で目と目を合わせ、


「養ってください♡」


 と熱っぽく言ってきた。


「だが断る」


「お願いじまずっ! もう限界でヤバいんでずっ! パーティーを組んでくれる人もいない。依頼をこなそうにも失敗ばかり。収入が少なくて生活もままならず。最近じゃもう冒険者なのか日雇いバイト戦士なのかわからない有様で! あと貯金もそろそろ尽きます!」


「まっとうに就職するとかどうかなー?」


「自慢じゃないですけど、今まで試したどんな仕事も1週間でクビでした! もう娼館ぐらいしかない! でも不特定多数に体を売るのはイヤ! 私をかわいいと言ってくれるなら! フェルディさんの隣に永久就職させてくださいよぉー!」


 なんてこった!

 チョロいとか通り越して地雷じゃねーかこいつ!


「うおー! 力を抜いてください! 既成事実を作りますからぁ!」

「バカ、離れろ! 敵がきてる!」

「んちゅー♡」


 特急呪物のようにへばりつくキス顔のリンカを引きはがす。

 ついでに新手のゴブリンを倒すと、ようやく少し落ち着いてくれた。


「ハァ、ハァ、今まで一番疲れた」

「すみません。取り乱しました」

「まあ人間だからな。そういう日もあるよ」

「で、考えてくれました? 永久就職」

「ねーよ」


 もはや冒険する気にもならず。

 今日の探索はここで切り上げた。

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