一目惚れと『恋の試験』【試験】

たっきゅん

一目惚れと『恋の試練』

 昼休みの体育館裏に恋人でも脅迫されている様子でもない、むしろ決闘のような雰囲気を醸し出して向かい合う二人の男女がいた。女の手に握られているのはメロンパン、それを見て満足そうに頷きメロンパンをメガネの男は受け取った。


「で、あんたの好物のメロンパンを買ってきたわけだけどまだ続くの?」

「好意を寄せているのなら外堀から埋めるか。っふ、まさに定石。美しい回答だ」

「そうなんだけど、あんた入学してからずっと昼はメロンパンって学校中で有名だし。先輩もあんたのメロンパンのこと知ってるとか相当だよ?」

  

 高砂たかさご咲月さつきは状況が分からないままクラスメイトの遠野とおの正志まさしから出される恋の試験に一昨日から挑んでいた。ちなみにさきほどの問題は【話したこともない一目惚れした男性に近づくにはどうしたらいい?】だ。この質問は昨日の昼休み終わりにされて今日、答えろということでその回答としてメロンパンを持ってきたのだった。


「てかさ、よくある二人が結ばれるまでの障害で『恋の試練』ならわかるけど『恋の試験』ってなによ」

「高砂咲月、貴殿が我が親友、香山かやま隼人はやとに相応しいか試させてもらっているだけだ」

「それ、告白手前に『試練』として立ち塞がるじゃダメだったの?」


 試験に対して咲月が疑問を唱えると正志は「こいつ正気か?」といった表情で目を見開いた。

 

「高校や大学に入るためにも入学試験というものがあるだろ。恋している相手についてどこまでリサーチをしているか、つまり本気度を確認するためのテストだな」

「言いたいことはわかるけどさ、メロンパン以外の回答は私の隼人くんに対する勝手なイメージだよ? 結局のところ正解だったの?」


 咲月はこれまでに出された問題を思い返す。最初は【好きなタイプの女性は?】というオーソドックスな質問で、【好きな音楽は?】【好きな食べ物は?】【得意の教科と苦手な教科は?】【休日は何をしていると思う?】というありきたりな問答が繰り返され、昨日の質問だけが少し特殊だった。そして、その答えを聞いた時のこれまでの反応は「そうか」の一言だった。


「で、これで終わり? 私は合格?」

「結果は一ヶ月待て。何、悪いようにはしないさ」

 

 ここまで付き合って、メロンパンをいう賄賂を受け取りながら待てってどうよとは思ったが、この遠野正志という男は間違いなく意中の彼と親友なのだ。ここで咲月が無理矢理にでも接近して正志との関係を不穏なものにしようものなら楽しい青春ライフがおじゃんになる可能性すらある。


「……わかったわ。けど、一ヶ月。それ以上は待たないから」

「貴殿が約束を守る女子であることは十分に分かった。我もそれに応えようではないか! 」

「……会話にならない。まあ、いいわ。隼人くんに紹介してくれるなら助かるし、よろしくね」


 正志からの恋の試験、その大半は採点はしたが合ってるかどうかは教えないというようなもので、合否に関しても一ヶ月待てと言われてわからないままだが、それでも咲月は正志からの合否連絡を待つことにした。



 

 そして一か月後、約束通り体育館裏に呼び出された咲月を待っていたのは隼人だった。


「ごめん。なんか正志が迷惑かけたみたいで」

「ううん。いいよ、私も利用しようとしたわけだし」

「……正直すぎやしない? 俺に好意を持ってくれてるんだよね?」


 隼人の一言で正志から既に一目惚れして近づきたいと思っていたことまで筒抜けであると感じた咲月は「あんにゃろう」という気持ちでこの場にいないメガネのことを恨んだ。


「実はさ、俺も八重樫やえがしさんから同じように恋の試練っていうの受けてたんだよね」

「え? ミヤちゃんから?」

「そ。どうしたら高砂さんとお近づきになれるかって正志に相談してからね」


 隼人の言葉を聞いて咲月は考える。もしかしたら自分の親友である八重樫やえがし宮子みやこと隼人の親友の遠野とおの正志まさしは繋がっていたのではないかと。


「俺も高砂さんと同じ結論に辿り着いた」

「あー、だからかー! 急に私の系統と違う美容院を紹介してきたり、洋楽にハマったから一緒に聞こうとかミヤちゃんが急に言い出してきたのは!」

「こっちはアイドルグループの歌に正志が突然ハマってたよ。それにいつもならゲーセンに休みは行くのに映画館で話題作見ようとか誘ってきたりね」


 それは二人が『恋の試験』で応えたお互いに相手へ抱いてるイメージの答えだった。ようは上手くいくように互いの理想に近づけようとしていたのだ。


「あははっ。まんま試験じゃん!」

「え? ちょっと俺にはわからないけど、どうゆうところが?」


 それに気付いて笑いが止まらなくなった咲月に何が何だかわからない様子の隼人が尋ねた。

 

「だって、この一ヶ月って私たちに対するあの子たちからの補習みたいなものでしょ? 正解が間違っていても、相手の好きを教えてくれてるんだよ?」

「あー。言われてみたらそうかも。というか高砂さんって面白い考え方するね」

「そう? 興味持ってもらえたなら嬉しいかな」


 そう言いながらふと冷静になってきた咲月は顔を徐々に真っ赤に染めていく。


「ね、ねえ。はやとくん。つかぬことをおたずねしてもよろしいですか?」

「いいけど話し方変になってない?」

「きにしないでください。――違う。伝えたいことがあります」


 深呼吸して、真っ直ぐに目を見つめて。お近づきになれたらなんて思っていたけど、たぶん周りからはお互いにさっさといけよ、両想いだろ? と思われてたんだと気付いてしまった咲月は世話焼きな親友と厨二メガネの正志に感謝して決心した。


「好きです! わんちゃんと毎朝触れ合ってる姿を見ていいな。優しい人なんだろうなって思ってました。それからずっと隼人くんのこと見てました! 一目惚れであなたのことを何も知らない私だけど付き合ってくれませんか?!」


 そして告白した。もうド正直に言い切った。そんな咲月の差し出した手を隼人は迷いなく掴んだ。


「俺も、教室でキミのことずっと見てた。凄く気配り上手で優しい子だなって。ここまで素直な子だとは知らなかったけど、もっと好きになった。――俺の方こそよろしくお願いします!」




 昼休みが終わる直前に教室に戻ると正志と宮子が二人で一緒に戻ってきたことに気付いてすぐに「おめでとう」と声をかけてきた。


 親友のために行われた『恋の試験』は花丸100点で二人とも合格をもらったのだった。

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