【番外編】カワイイは暴力
※本日の更新は番外編です!
これはいつかのある日のこと。
アキが学校に行って、以東家は俺と母さんの二人きりになった。
母さんは腕まくりをして気合を入れている。
「リョウちゃん、家族会議の時間よ!
今晩のコラボについて相談があるわ」
「え、勉強したいんだけど……」
今の俺は浪人生の身なので、勉強は欠かせない。
オリオン書房で志望校の赤本(※)も仕入れてきたしな……。
・赤本(※)
教学者が発行している大学受験過去問題集のこと。
背表紙が赤いことから「赤本」と呼ばれている。
過去問題集は大学ごとに異なっているためバリエーションも膨大となり、そのため、少し大きめの本屋さんに行くと「赤本」で真っ赤に染まった一角があるのだ。
「ダンジョン攻略や配信もいいけど、俺の本分はむしろこっちだしな。そういうわけで、母さんは今晩に備えて早めに休んでてくれ」
「……リョウちゃん」
母さんはぐいっ、と赤本を手にした俺の腕をつかむ。
「(う……か、固い!)」
「お・ね・が・いっ♪」
「わかった、わかったから離してくれ! 折れちゃうって……!」
「まぁ、ちゃんと手加減してるわよぅ」
母さんが手を離すと、俺に自由が戻った。
――星羽ミハルという正体を明かしてから、一つ、明らかになったことがある。
それは母さんがとんでもないフィジカルを持っているということだ。
スキルを始めとした冒険者の持つ超人的な能力の多くは、ダンジョンの外では使用することができない――だが、経験値を注ぐことでアップするステータスの恩恵はある程度は肉体そのものにフィードバックする。
冒険者は身体能力において常人よりも優れるのだ。
そのため、オリンピックなど多くのスポーツでは、冒険者資格を持つ者は参加することができない。
「(冒険者だけが使えるステータスアップは、一般人にとってはドーピングみたいなもんだからな)」
近年ではダンジョン公社と提携しているザイオン社がスポンサーとなり、冒険者限定の特殊レギュレーションでスポ―ツ大会を開催したりしているらしいが。
無論、冒険者とはいっても――その多くは、ダンジョン内でするようなアクション映画じみた身体能力を発揮できるわけではないのだが――母さんの場合は例外だ。
母さんは、あの「星羽ミハル」なのだから。
A級冒険者であり、かつ、職業(クラス)スキルを使えない代わりに全ステータスに1.5倍以上のバフを常時受けている
ダンジョンの外においても、その身体能力は脅威の一語に尽きる。
「母さん、これまではずっと力を隠して生きてきたんだな……」
「リョウちゃんが子供の頃に、運動会があったわよね。あのときは大変だったわ……父兄の二人三脚をすることになって。うちはパパがいなかったから、担任の先生が代わりに私と組んでくれたんだけど……」
あぁ……国語の鈴木か。
「足を踏み出したときに、思わず力を入れすぎちゃって。紐がちぎれて、先生が桜の木に突っ込んだから、もう謝りに謝って……ケガがなくて本当に良かったわ」
「鈴木の奴、母さんと組めると知って鼻の下を伸ばしてたからな。良いお灸になったんじゃないか」
そういった不思議な出来事は昔からよくあった。
町内会のクリスマスで用意された大人用のワイン。
コルク抜きが見つからないといって大人たちが騒いでいるあいだに、いつの間にか引っこ抜かれたコルクが転がってたり……。
公園でボール遊びをしながら道路に飛び出したガキ。
たまたま通りすがった買い物帰りの母さんが助けに行ったら、ブレーキ音も無いのに自動車が止まってたり……。
「今思うと、あれって全部母さんの仕業だったんだな」
「照れるわぁ……」
「褒めてないぞ。
どっちかっていうと妖怪の類だ」
俺がそう言うと、母さんは目を白くした。
「よ、妖怪……!?
ひどいわ、リョウちゃん……!」
ぐすっ、と涙声で鼻を鳴らす。
悲しむ母さんの仕草を見て、俺はフォローした。
「妖怪だって、ほら、可愛い奴はいっぱいいるぞ!」
「うう……たとえば?」
「ろくろ首とか……」
「首が伸びるのは嫌」
「二口女とか……」
「私、大食いじゃないわよっ!」
「雪女とかどうだ? ヒロインの定番だ」
「ああいうのを負けヒロインって言うんでしょう? お母さん、知ってるんだからねっ!」
負けヒロインって……。
まぁ、たしかに昔話の雪女ってだいたい人間の男と破局してるよな。
他に何かあるか、可愛い妖怪、可愛い妖怪……と考えこんでいると、母さんがニコニコと笑っていた。
「なんだよ、急にニヤついて」
「うふふ。リョウちゃん、私のこと「可愛い」って思ってくれてるのね?」
不意に指摘されて、自分の言葉の恥ずかしさに気づく。
「なっ……!
違うよ、さっきのは言葉の綾みたいなもんで」
「この前の配信でも「可愛い」って言ってくれたし♪」
「それ、ポーションで間接キスしたときの話だろ!?」
前回のコラボ配信のときに――
ミハルが自分で使ったポーション(回復薬)を俺に渡して回復させた後で、間接キスになっていることに気づく……という三文芝居をしたのだ。
こんなベタなやつでウケるのか?
と、思っていたものの、結果は大盛り上がりで。
俺のチャンネルにもスパチャ(課金)が飛んでたな……。
「あれは母さんが書いた台本だろ、あくまで演技だ」
「えぇー? でも、私は「可愛いって言いなさい」なんて指示してないわよ。あれはリョウちゃんのアドリブでぇ……お母さんのこと、可愛いって思ってるのね?」
「母さんじゃなくって……!
そう、ミハルだよ!」
俺の母さん――以東 春子と、
人気配信者――星羽ミハルは、別人。
現役JK配信者を名乗って、キャピキャピのキャラ付けをしているミハル……あれが自分の母親だと知った当初の気分は、最悪の最悪だったけど。
今では――ちょっと、アリかもって思ってる。
母さんは外見が若々しいのもあるが、元から少女趣味で、仕草や言動が可愛らしいところがあった。
ミハルのファンであるエンゼル(リスナー)たちも、そんなミハルに魅了されている――母さんが作り上げた「星羽ミハル」というキャラクターが人々に愛されているんだ。
ミハルを演じる母さんの努力は本物だ。
年齢は詐称しているかもしれないが。
俺も「ミハル」との日々が、楽しくなりかけている……
それは否定できない事実。
ミハルとのダンジョン配信は生活の一部となっていた。
「――じゃ、家族会議するか。
今晩のコラボ配信で何をするって?」
「そうっ、アイデアを思いついちゃったの! ミハルが手作り弁当を作ってきて、それを休憩中に食レポするっていうのはどうかしら?」
「却下だ」
「ど、どうして!?」
「だって――母さん、料理できないし」
「それはそうなんだけどぉ……」
と、母さんは食い下がる。
美味しいシチュエーションなのは確かだけどな。
――ふふっ。
まぁ……久々に作ってもいいか。
母さんの弁当も。
番外編【カワイイは暴力】 おしまい
※次回も番外編です!
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