【番外編】マザコン兄貴には困ったものよ

※本日の更新は番外編です!


放課後のこと。

中学校の授業を終えて、以東 亜希は親友の理沙と合流することにした。


今日は選択科目の関係で亜希の方が遅くなった――

亜希は待ち合わせ場所の図書館に到着する。


「ごめん、お待たせっ」


「『あなたが来るのが、遅すぎたわ……。わたしは、待っていた人があなただったと、今、判ったのよ』」


「遅すぎたっ!?

 えっ、あたしそんなに待たせたっけ?」


「あはは、言ってみただけさ」

と、言って理沙は本を閉じた。


理沙が読んでいたのは古いアニメのノベライズ小説のようだった。

タイトルは『機動戦士ガンダム』。

表紙にはヘルメットを外して不敵な笑みを浮かべる金髪のイケメンと、真紅に染まる一つ目の巨人のようなロボットが描かれている。


亜希は「あのさぁー」と言って腰に手を当てる。


「理沙、そうやってすぐに読んでる本の影響受けるの良くないよ? どうせ今のも、いつもみたいに小説のセリフなんでしょ」


「ごめんごめん。亜希が来るまでの暇つぶしのつもりだったんだけど、意外と面白くてね。ちょっと待っててね、今借りてくるから」


理沙は本を片手に貸し出しカウンターに向かった。


「(相変わらずだなぁ)」


亜希の親友である理沙は、どこか知的で、繊細な雰囲気を漂わせる女の子だった。


肩にかかる程度のさっぱりとした黒髪は気取りがない。

栗色を帯びた柔らかな色味の、少し大きめな瞳。


普段は口数が少なく、会話ではもっぱら「聞き上手」であるものの、本の話となるとその言葉には熱を帯びる――いわゆる「文学少女」というやつなのだろうか。


良くも悪くも世間ずれしていないマイペース……だから、理沙の方から「ダンジョン配信」の話題が出てくるとは思わなくて、亜希は驚くことになった。


二人で一緒に塾へ向かう途中にて――


「芋竜の配信を見たよ」


「いもりゅう?」


理沙が唐突に口にした言葉。


「いもりゅう」――それがネット上で付けられた「イモータル・リュウ」の略称だと亜希は気づく。


途端に、亜希の表情がほころんだ。


「えっ、えっ、兄貴の配信見てくれたのっ!?」


「以前から亜希が「頼むから見てくれ」……と、言っていたのを思い出したからね」


「ホントに見てくれたんだ! やっぱコラボの影響って強いんだね~!」


これまで登録者数3人の底辺配信者だったイモータル・リュウ――亜希の兄である以東 涼の配信は、人気配信者である星羽ミハルとパーティを組んでコラボ配信するようになってから、メキメキと再生数を伸ばしていっていた。


今では休み時間になるたびに中学では兄の話題が飛び交い、亜希は質問攻めにされていた――ミハぴ(星羽ミハルの愛称)とはもう付き合っているのか、頼めばサインを貰えるのか、あんなに強いのにどうして埋もれていたのか、イモータルとか素面で言っていい年齢なのか、あのネーミングセンスは何なのか――等々。


「その……どうだった? 兄貴の活躍」


「亜希が言っているとおりだね。ステータスによる地力は星羽ミハルに劣るものの……機転が利く縁の下の力持ちとして、ミハルを上手く補っている……と、思う」


「でっしょーっ!?」


やっぱ、わかるんだ――と、亜希は嬉しくなった。


「それに、それに、この前の最新のやつ見た!? ダンジョンの罠で石が転がってきて逃げるときに、ミハルちゃんが兄貴をお姫様抱っこして「恋人みたいだね☆」ってからかってたけど――同じ状況で、今度は兄貴がお姫様抱っこしたら、ミハルちゃん真っ赤になっちゃっててさ……あれ、もう付き合ってる距離感だよね!?」


「そうだね。で、実際のところ付き合ってるのかい?」


「ううん、まだみたい! もうさっさと手出しちゃいなよ、って思うんだけど!」


――まったく、あのマザコン兄貴め!


「(星羽ミハルちゃんみたいなSSR彼女と知り合う機会なんて無いんだから、これを逃したらマザコンを治すことなんて一生できないよっ!)」


理沙は「ところで」と質問をした。



「亜希は普段、兄のことを『お兄ちゃん』と呼んでいるのかな?」



「…………エ、ナンノコト?」


「『オータム』というアカウントがたまに芋竜のことを『お兄ちゃん』と呼んでいるみたいだから、気になってね。ほら、亜希はいつも『兄貴』と呼んでいるだろう?」


「そ、それは……」


理沙はカバンから一冊の小説を取り出した。

表紙には花束を持った可憐な黒髪の少女が描かれている。


「ちょうど、私が今読んでいる本の序文を思い出したよ……」


そう言って、理沙は本の中身を暗誦あんしょうした。



これは、お兄ちゃんのことが大好きな12人の妹達の物語……。妹は、ちっちゃい頃からお兄ちゃんのことが大好きでした。かっこよくって優しくて、とってもステキな……世界にただ1人、自分だけの大切なお兄ちゃん! 妹はもう、ただ純粋にお兄ちゃんのことが大好きで……



「な、な、何よその小説はーーーっ!?」


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・参考文献


『機動戦士ガンダム I』

(角川スニーカー文庫)

 富野 由悠季 (著)

 美樹本 晴彦 (絵)


『シスター・プリンセス ~お兄ちゃん大好き~』

(電撃G’sマガジンキャラクターコレクション)

 公野 櫻子 (著)

 天広 直人 (絵)

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理沙は口元を上げて言った。


「ブラコンの亜希にはピッタリの本かと、ね」


「あたしは……ブラコンじゃないってば!!!」




番外編【マザコン兄貴には困ったものよ】 おしまい


※次回は本編、最終章!

 罪園とのコラボ配信で対決です!

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