Uの真実/正義の正体は嫉妬心

罪園つみぞのの問いに、俺は答えることができなかった。

星羽ミハルの正体がバレている……!


罪園は無表情のまま、眉根を寄せる。


「違和感。以東くんは『無名の自分とは釣り合わないから』という理由で、弊社とパーティを組むのを拒否しました。だというのに、星羽ミハルとは出会ってからすぐにパーティを組んでコラボ配信までしている。知名度や実力の差を考えたならば、変わりません……弊社と組むのも彼女と組むのも。考えられる理由があるとすれば――」


「俺とミハルさんには、

 何かしらの繋がりミッシング・リンクがあると考えたんだな」


「……リョウちゃん」


「?」


「星羽ミハルはそう呼びましたね、

 以東くんと初めて会ったときに」



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「リョウ、ちゃん?」


助けた少女は、俺の名前を口にする。

Dネームではない本名……。


「星羽ミハルさん、だよね? 俺とどこかで……」

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ミハルをグリーンドラゴンから助けた時の配信っ!


「……そうか!

 オリジナル3である罪園は、あの配信も見ていた!」


「それから弊社は徹底的に洗い直しました、以東くんの交友関係を。これまで以東くんに近づく女――泥棒猫はいなかったはず。一時は愛する義妹いもうとにまで疑いの目をかけましたが、すぐに潔白は証明されました。亜希さんには弊社と一緒に、以東くんの配信を視聴しながらチャットしていたという動かぬアリバイがありましたので」


「お前ら仲良いんだな……」


「先日は二人で池袋に行きました、

 りんご飴を食べるために」


「俺も誘ってくれよ!?」


しかも、りんご飴って。


「そんなもの、わざわざ食べに行くようなものか?」


「否定します。以東くんが知っている、売れ残りのカサカサりんごで作ったような屋台のりんご飴とはレベルが違うのです。瑞々しく程よい酸味のブランドりんごは、飴との相性を加味して全国から集められた一級品。それを極薄の飴がコーティングしています。食べて良し、鑑賞して良しの食べる芸術品といっていいでしょう」


「そ、そうか……」


「話を戻しましょう、星羽ミハルに。以東くんの母親でありながら若々しく瑞々しいお義母かあさまを、オークプリースト戦でも使用していた「目に見える質感を変化させるスキル」によってコーティングしている――推して良し、鑑賞して良しの歌って踊れる芸術品である彼女――」


「りんご飴に引っ張られてるぞ、おい」


「37歳である春子さんが女子高生を自称していることについては、弊社は追求するつもりはありません。弊社も既に高校を卒業した身ですが……いつでも女子高生に戻り、制服に袖を通す覚悟はできています。以東くんが望むのでしたら」


「望まねえよ!?」


「ですが、実の親子でありながら――友達以上恋人未満の甘酸っぱいラブコメを演じて、視聴者たちを騙している点。このことは看過できません」


「…………ッ!」


罪園が言っていることは、正しい。

恋愛営業……リスナーを騙しているのは事実だ。


「弊社はこのことを世間に告発するつもりでいます。……もしも、以東くんが星羽ミハルとのコラボを辞めないつもりであれば」


「……頼む、罪園。見逃してくれないか?」


俺は罪園に頭を下げた。


「俺たちはもう、ルビコン川を渡ってしまった。いまさら後戻りはできないんだよ。俺もアキも進学を控えてて、以東家にはお金が必要なんだ。このまま人気を維持できなかったら……」


「弊社が出しますよ、学費でしたら」


「……なんだって?」


「以東くんの妻ですので。夫の学費も、義妹いもうとの学費も、妻である弊社が出すのは当然のことです」


「そ、そういうわけにはいかないだろ……」


「やはり――星羽ミハルとの関係を断ちたくないのですね、以東くんは」


罪園は目を閉じて、思案するように言った。


「弊社は感じています、これまでにない正義感を。以東くんと星羽ミハルの不正義を断罪したい、このことを世に知らしめたいという気持ちが底なしに湧いてきているのです。その理由は――きっと、感情」


罪園はスクリーンに映る写真をスクロールしていく。

先日のコラボ配信のシーンのスクリーンショットで止まった。


スクリーンに広がるのは、ミハルの挙動にドギマギしている俺の顔。


「以東くんがこんなに楽しそうにしているのを見たことがありません。一緒にザリガニを釣ったときにも……カードゲームのデッキ調整をしているときにも……クラスメイトに密かに根回しをして、二人きりで修学旅行のディズニーランドを回ったときにも。そのことが……弊社は、妬ましい」


「それは……誤解だ。あれは、あくまで恋愛営業」


「以東くんはお義母かあさまを愛しているのではありませんか?」


罪園の言葉に、俺は反論を失う。


考えてみれば、俺はどうして罪園がグイグイ来るのを避けているんだろう。

罪園のことは好きだし、俺のことが好きと言われるのも嬉しい。


「(だけど……どうしても、踏み出すことができない)」


からかい混じりにアキには「マザコン」と言われていた。

母さんのことを好ましく思っていることは誰にも恥じることじゃない。


だから、これまでは平気だった。


けれども――わからなくなった。

俺は本当は……母さんを女性として愛しているのか?



罪園は部屋の照明を点けて、カーテンを開けた。


外はいつの間にか夕暮れになっていて、ビルとビルの隙間からオレンジ色の陽光が差す――どうやら、日暮れも近いようだ。


「……弊社には以東くんが必要です。伴侶として――それだけではなく、来るべき戦いにおける重要な「戦力」として」


「それはどういうことだ?」


「ダンジョンには今、異変が起きています。亜希さんからの報告を受けて確信しました。グリーンドラゴンにオークプリーストといった、これまでのモンスターではありえない強さを持ったUモンスターの出現」


「Uモンスター……そういえば」


俺は『メイズポータル』のアプリを起動する。

過去の履歴から討伐モンスター名を確認した。



【グリーンドラゴン(U)】

【オークプリースト(U)】



「この(U)ってのは、UモンスターのUだったのか!」


「UniqueのU。特異モンスターのことを指す名称です。一部の冒険者が持つユニークスキルと対をなす、人呼んでユニークモンスター。彼らは通常ではありえないほどに高いステータスを持ちながら、ダンジョンの法則に従わず、たとえ低階層であってもランダムに遭遇(エンカウント)します。まさに規格外のモンスターたちです」


「規格外。討伐したときの経験値が異常に多かったのも、そのためか」


罪園は頷いた。


「だからこそ、我々は求めています。

 以東くんの力を」


「俺の、力……?」


「【影下分身シャドウメーカー】――強力な味方を複製することもできれば、強大な敵をしもべとして使役することもできるユニークスキル。数十年前に同系統の能力が確認されていますが……ダンジョン公社内部の秘匿データでは、ランクはS級とされています」


「俺のスキルがS級だって……!?」


「冒険者ランクとは異なり、非公式のデータではありますが」


そう言って、罪園は社長室のデスクに腰かけた。



「以東くん。コラボ配信をしましょう」



――コラボ配信だと?


「何が狙いだ」


「弊社と星羽ミハル、以東くんの傍にいるのに相応しいのはどちらか――全てを決定します、ダンジョンアタック配信で。以東くんとミハル、対する弊社。配信中の制限時間内に、より上の階層にたどり着けた方が勝ち……もし星羽ミハルが負けたなら、弊社は恋愛営業に関する全てを世間に告発します」


「罪園は一人でやるつもりか?」


「そのくらいのハンデはあっていいはずです。

 弊社の方が強いのですから」


「もしも、俺たちが勝ったなら……」


「弊社は以東くんから手を引きます。二度と関わることはありません。以東くんと星羽ミハル――『ハッピー・エクリプス』。この二人のカップルは月と太陽、二人で一つだと――来るべき戦いに必要な戦力なのだと、認めることにしましょう」


決闘デュエルで決める、ってことか」


「シンプルにいくことにします、冒険者らしいやり方で」


条件を吞むことにする。

どのみち、俺とミハルには選択肢は無い。


だが――


「頼みがある。一つだけ、条件を変えてほしい」

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