恐るべきビッグデータ

ミハルとのコラボを……辞めてほしい!?


罪園つみぞのが言い出したのはとんでもないことだった。

俺はあわてて問い質す。


「待て、どういうことだ? 俺が配信者として人気が出始めたのはミハルさんとコラボしたおかげなんだぞ」


「不要です、星羽ミハルは。

 以東くんには弊社がいます」


罪園は社長室の壁に貼られたポスターを指した。

そこには冒険者としての罪園の姿が描かれている。


Dネーム『プレジデント罪園ザイオン』――


シルバーの近未来的なボディスーツをまとった罪園はまるでアメリカンコミックのスーパーヒーローのようなビジュアルをしている。

日本に七人しかいないS級冒険者の一人であるプレジデント罪園は、ダンジョン配信こそしていないものの、その一挙一動がニュースになるスターであり、現役女子大生社長という肩書もあり会社の広告塔にもなっていた。


罪園は云う。


「以東くん。弊社は提案しました、以東くんが冒険者になったときに――弊社とパーティを組まないかと。以東くんがダンジョン配信を始めたときにも。弊社がパーティを組めば、以東くんは容易に人気を掴めたはず。……違いますか?」


「あのなぁ、罪園。前にも話したじゃないか。俺は無名のペーペーなんだぜ? そんな俺がいきなりS級冒険者の罪園とパーティを組んだりしたら、やっかみも受けるし、実力だって不釣り合いだろ? それに」


罪園は自分の会社の看板を背負ってる広告塔なんだ。


「お前にだって迷惑がかかる。あそこの社長は何考えてんだ、ってな。せっかく頑張ってる罪園のお荷物になりたくないんだよ」


「以東くんは想っているのですね、弊社のことを」


「そりゃそうだろ」


「……式をあげましょう」


何を言ってるんだ?


「以東くんは今日の面会にスーツを着てきました。普段着でかまわない、と事前に連絡したにもかかわらず……最初は具現化したのかと思いました、弊社の欲望が」


罪園は立ち上がると、ソファに座っている俺の横に詰め寄る。


「つ、罪園!?」


「ピースしてください、カメラに向かって」


スマホを構える罪園に促され、とっさにピースサインをする。


パシャリ。


完璧パーフェクトです」


罪園が手にするスマホの画面には、困惑しながらピースするスーツ姿の俺と、無表情のままピースをしているスーツ姿の罪園が並んで映っていた。


「弊社の機能を持ってしても、以東くんが弊社とのペアルックを望んでいるとは予測できませんでした」


「ビジネススーツのことをペアルックって言うやつ、初めて見たぞ」


俺の言葉を無視して、罪園はスマホでカレンダーを表示した。


「提案します。大安の土日祝のうち、最も近い日程は来月の下旬です。式の日取りはここでいいですか? 問題なければ、関係各所に連絡を」


「待て待て待て。式、式ってさっきから何の話だ」


「結婚式です、弊社と以東くんの」


「なっ……!?」


「ダン婚をします」


罪園がリモコンを押すと、社長室が消灯した。

窓にも自動でカーテンが引かれて、会議用のスクリーンが現れる。


スクリーンに投影されたのは円グラフのデータだった。

円グラフの中でひときわ目立つのは「ダン婚」という項目……!


「以東くん、見てください。これはインターネット上から収集したビッグデータをザイオンテック本社のAIによって解析した演算結果です」


「ビッグデータ……人間では解析しきれないほどの多様で膨大なデータを、機械学習によってAIに分析させるっていうやつか?」


「肯定します。ザイオン社ではマクシウム・カリキュレーションと呼称する独自のディープラーニング技術により、他社よりも高速・高精度でビッグデータを分析することが可能です。ちなみに社外秘です、この技術は」


「社外秘なら俺に教えちゃダメだろ!?」


「問題ありません。以東くんは弊社の夫ですので」


さっきから罪園がヤバいことを言っている気がする。

罪園は表情を変えないままに説明を続けていく。


「このグラフを見ればわかるとおり、現在のインターネット上における国民の関心は「ダンジョン」「ダンジョン攻略」「ダンジョン配信者」にあり、「ダン婚」もそれに続きます。ダン婚――ダンジョン配信者同士のカップルのイチャラブからしか得られない栄養素があるのです」


「そ、そうなのか……ところでこっちにある「エロゲ悪役転生」「NTR」「スローライフ」「悪役令嬢」「ヤンデレ」「中華後宮」「モキュメンタリ―」っていうのは?」


近畿地方とか三重県とか書いてあるが……。

なぜ地名?


「気にしないでください。

 別のジャンルです、それらの項目は」


罪園は室内の電気を点けて、スクリーンを仕舞った。


「弊社と以東くんが婚姻関係を結べば、互いの格差など気にする必要はありません。夫婦愛を否定することなど誰にもできないのですから。あの女――星羽ミハルとコラボをせずとも、イモータル・リュウはダンジョン攻略を十全に進めることができます。パーティを組んで、弊社と一緒に」


「お前……結婚ってのは、愛し合ってる二人がするものじゃないか。そんな打算的な理由でしていいわけないだろっ!」


「打算……?」


罪園は心外、という目をする。


「弊社は以東くんを愛していますが。

 なにか問題がありますか?」


「ええっ……!?」


「そういえば、伝えるのを忘れていました」

と、罪園 リアムは俺の胸に手を当てた。



「好きです。弊社と結婚してくれますか?」

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