女子大生社長は限界オタク
俺が訪れた罪園CPの社長室は、まるで異世界のような空間だった。
床から天井まで続く全面ガラス張りの壁は、その向こう側に新宿駅前の景色を余すところなく映し出している。
視線を少し下げれば、駅前を行き交う人々や車の流れをありありと目にすることができるだろう。
絶景の前に立つのは
室内の床は黒の大理石。
その上には幾何学模様が描かれたカーペットが敷かれている。
社長である罪園のデスクはガラスの壁を背にするように鎮座していた。
罪園は自身のデスクではなく、室内にある応接用のソファーに腰かける。
「以東くん、座ってください」
「あ、あぁ……」
罪園の堂々とした立ち振る舞いと、手にしたクラッカーのギャップがアンバランスだった。
「俺に大切な話があるって言ってたよな。それって、俺のチャンネルの登録者数の話だったのか?」
「否定します。それは本題ではありません」
「そうなんだ」
「つい、祝う気持ちを抑えられませんでした。イモータル・リュウのチャンネル登録者数が1万人を超えたのは確かに節目。祝福に値します。ですが、オリジナル3として、弊社は断言しましょう。これはあくまで通過点です、以東くんにとっては」
「そう言われると嬉しいな。
ところで、オリジナル3って……」
罪園の表情がわずかに硬くなった。
「まだ説明していませんでしたね、詳細を。
その、オリジナル3とは」
「わかるよ。俺がミハルさんを助けて、バズる前からチェックしてたチャンネル登録者――って意味だろ? あの頃の登録者数は3人だったから」
それに「オリジナル3」と名付けた由来もわかる。
「オリジナル・セブン。1950年代の後半から、1960年代にかけて実行されたアメリカ合衆国発の有人宇宙飛行計画――マーキュリー計画に選抜された七人の宇宙飛行士のことをそう呼んでいた。オリジナル3、ってのはそこから付けた命名だな」
「…………ッ!?」
「あの頃の俺の配信を罪園に見られてた、と思うとむずがゆいが。オリジナル3――カッコいいネーミングだと思うぜ」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………好き」
「たっぷりと溜めたなぁ!
そんなに気に入ってたのか!?」
罪園はこくり、と頷く。
「肯定します。弊社はずっとチェックしていました、以東くんの配信を」
「忙しいだろうに、ありがとな! でも、配信を見てたならさ。アキみたいにコメントしてくれよ。ひょっとして、面白くなかったのか?」
配信でコメントしていたのは妹のアキだけだった。
罪園もいてくれたなら、もっと楽しかったのに。
「否定します。弊社は以東くんの配信を楽しんでいました。リアルタイムで見るのは前提。個人的に録画もしています、星羽ミハルとコラボを始める前にはアーカイブも無かったので。通勤・通学時には環境音の代わりにループ再生しています」
「楽しみすぎだろ!?」
「長尺の作業用BGM動画も作成しました、
ハイライト部分を編集して」
「やってることが公認切り抜き師じゃねえか」
罪園は口元に手をあてて考え込む。
「ですが――コメントするとなると。
排除しきれません、観察者効果の影響を」
「観察者効果って、物理学におけるアレか?」
それなら聞いたことがある。
とある現象を観察しようとする行為そのものが、現象に対して影響を与えてしまうことがある――そういった効果のことを、物理学の世界では「観察者効果」と呼ぶ。
たとえば電子のようなミクロの物質を観測する場合。
「見る」という行為そのものが光子を介して電子と相互作用を起こしてしまい、電子の軌道を変化させてしまう。
測定機器が対象に与える影響を、測定の際は常に包含しなくてはいけないのだ。
「俺はミステリ小説で知ったな。名探偵がいくら事件から距離を取ろうとしても、名探偵自身もその場に居合わせる以上は、名探偵も事件の構成要素にならざるを得ない……ってやつだ」
「以東くんの配信は完成しています、それ単体が高度な娯楽として。そこに弊社のような不純物を混入して、以東くんの純度を薄めたくありませんでした」
「よ、よくわからんことを考えてるんだな」
罪園は昔からこうだった。
頭は良いんだけど、考えすぎるとこがあるというか――
俺としてはシンプルにコメントで盛り上げてくれた方が嬉しいんだけど。
――そういえば。
「結局、大切な話ってなんだったんだよ?」
「……以東くん。弊社は不得意としています、会社業務とは無関係のコミュニケーションを。なので、失礼があったら遠慮なく言ってください」
単刀直入に――と、罪園は云う。
「星羽ミハルとのコラボを、辞めてほしいのです」
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