そして幼馴染が参戦する
俺は
俺の幼馴染みである、罪園 リアムだ。
罪園は多忙らしく、最近では会わなくなっている。
忙しいというのも当たり前。
彼女は俺と同い年であり現役女子大生なのだが、学業とは別に罪園CP(ザイオン・コンシューマプロダクツ)という会社の社長を務めているのだ。
まさにエリート中のエリートである。
当然ながら大学受験も名門大学にストレート合格。
浪人生の俺とは身分が違いすぎる相手だ。
「しかも、その上……」
罪園はダンジョンで活躍する有名な冒険者でもある。
Dネームは『プレジデント
現役女子大生にして、社長にして、冒険者。
天は二物を与えず、だって?
ことわざが嘘っぱちだとわかる話だ。
「日本に七人しかいないS級冒険者の一人、か……。
あの罪園が、まさか俺の配信を見てくれてたとはな」
罪園のメッセージを思い出す。
──大切な話って、なんだろう?
翌日のこと。
JR立川駅から中央線に乗って新宿駅で下車した。
目的地はスカイスクレイパー・シティタワー。
その全貌が目に入った瞬間、俺は思わず足を止めてビルを見上げた。
新宿駅から歩いて数分。
オフィスビル群がひしめく駅前の中でも、このビルは異様な存在感を放っている。
ビル全体が奇妙に丸みを帯びた円柱状のデザインをしているのだ。
話によると、これは虫の繭──
コクーンの形を模しているとか。
外壁は白銀色のフレームで覆われており、複雑な曲線が織りなすその姿は、まるでこの建物だけが別の世界からやってきたような違和感を感じさせる。
「この中に罪園CPのオフィスがあるんだよな」
罪園は普段着でいいと言っていたが、流石にそうはいかないだろう。
会社のオフィスに普段のパーカー姿で行ったら、場違いにも程がある。
とはいえ、手元にあるのは以前に買ったリクルートスーツくらいだ。
仕方なく、俺は着慣れぬスーツの袖に腕を通して、まるで就活生が会社の面接に向かうようなぎこちない格好のままオフィスを訪問することになった。
「へぇ、社長のお友達。ってことは大学生です?」
「いや、ちょっと……大学には落ちちゃって。今は浪人生です」
「あっ、そりゃ悪いこと聞いちゃいました。ご、ごめんねぇ……! あの、社長にはナイショにしてくれない? うちの給料下げられちゃったら困るし、へへへ」
オフィスを訪れた俺を案内してくれたのは、人懐っこい雰囲気の女性社員さんだった。
明るい栗色の髪は肩より少し下でふわりと揺れている。
きちんとブローされた髪型は、品と落ち着きを感じさせるけれど、少し遊び心のある巻き具合が彼女の軽やかな性格を物語っているようだった。
「このフロア全部がウチの会社のオフィスなんで。以東さんも、迷子になりそうになったらいつでも呼んでください。って、18歳にもなったら迷子は無いかぁ!」
オフィス仕様にきりっと決めたスタイルも相まって、ぱっと見た印象は「デキるオトナの女性」と言った感じだけど……ひとたび口を開くと、見た目とは裏腹に、親しみやすく庶民的な一面が見えてくる。
彼女の胸ポケットに付けられた名札を俺は見た。
「(玉緒さん、か。ダンジョン公社の新川さんと同年代っぽいけど、同じ美人でもタイプが違うな……)」
あまり年上の社会人と接する機会がないので、つい身近な知人と比べてしまった。
罪園CPはコンシューマゲームの開発をしてるらしい。
ゲーム会社の社員、ってことは……この人はプログラマーかデザイナーなのかな?
長い廊下を歩いていると、
女性社員──玉緒さんは、ぽつりと呟く。
「でも、良かった。
社長にもプライベートの交友があるんですね」
「えっ……?」
「ウチの社長っていったらザイオンテック日本支社CEOの一人娘でしょ? ほら、世界的な大企業で、ダンジョン公社とも錬金術の関係で独占契約を結んでる、ここの親会社のザイオンテック! だから社長ってば、同じオフィスにいる時でも社員と顔を合わせることないし。昼は大学、夜はダンジョン攻略、会社業務はリモートで指示、隙間時間にオフィス通勤、って……あれじゃ、いつ寝てるんだかわかったもんじゃないもの」
「やっぱり……罪園は仕事で大変なんですね」
俺が相づちを打つと、玉緒さんは和歌を詠んだ。
めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に
雲がくれにし 夜半の月かな
「それって百人一首ですか?」
玉緒は狐のように目を細めて頷く。
「紫式部の歌。以東さん、意味知ってます?」
「いや……」
百人一首は一通り覚えている。
響きが良い言葉が多いため、技名などのネーミングに引用することも多い。
けれども、意味を調べたことは無かった。
「すみません、わからないです。
月が隠れ……ってことは、天気の話かな」
「正解。下の句の『雲がくれにし 夜半の月かな』は夜の月が雲に隠れてしまうことを指します。でも、この歌は全体を見れば「友情」を詠んだ歌なんですよ」
「『めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に』の部分が関わるってことですか?」
「上の句は「忙しい中、合間を縫ってせっかく会えたのに、それが貴方だとわかるかどうかの前に帰ってしまう」という意味。そういった「友情」の切なさを、後半では雲に隠れて見えなくなってしまう「月」に喩えてるってわけです」
「なるほど……」
「うち、この歌が好きなんです。社会人になると、日々の仕事が忙しくて、ついつい友達と連絡を取ることも億劫になったり、会うことも少なくなったり……でも、そうやって「後で、後で」ってしてると、いつの間にか会う機会も無くなってしまう。この歌、学生の頃よりも「あー、わかるわかる」って思っちゃったりして──」
玉緒さんの話は、俺も身につまされるところがあった。
幼馴染みの罪園とは、高校からは進学校に進んだあいつと進路が分かれたものの、お互いの趣味が合うこともあって、休日にはちょくちょく会っていた。
今年のバレンタインにもチョコをくれたしな。
「(だけど──)」
俺が大学受験に落ちて、あいつが会社の社長になってからは……いつも忙しそうにしている罪園に連絡を取るのが気まずくなって……いつの間にか疎遠になってしまっていたのだ。
「(アキの話では……罪園はずっと俺の配信を見てくれてたんだよな)」
畜生、水くさい話だ。
せっかく配信を見てくれたなら、コメントしてくれてもよかったのにな。
「玉緒さん、ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことしてないですよ。うち、百人一首オタクなんで。他人に語れる機会があったら逃さないってだけ。へへへ」
「それでもです。実は最近、罪園と連絡を取ることも少なくなってて。付き合いが長い友達だから、いつでも連絡を取れる……って、甘えてたかもしれない」
「うちの場合、一番大事な友達には毎日みたいに電話してますよ? あっ……着きましたね。ここが社長室」
気づくと、俺たちは社長室の前に到着していた。
「じゃ、ごゆっくり~」と去って行く玉緒さんを見送る。
このドアの先に、社長としての罪園がいるのか。
緊張しながらも、俺はノックをして室内に入った──
パンッ
「…………は?」
室内に入った俺を出迎えたのは、銃声。
否、銃声ではなく……
パーティ用のクラッカーの音だ。
クラッカーを手にしているのは見慣れた顔である。
腰まで流れる長い銀髪。
他者の心を見透かすようなサファイアの瞳。
女性用の高級ビジネススーツに身を包んだその姿は、余計な装飾を一切排したシンプルさの中に、まさに完璧な調和を保っていた。
優雅な長い手足と、モデル顔負けのスタイルの良さ。
目の前に立つのが自分の幼馴染みだと気づかなかったら、反射的に頭を下げていたかもしれない。
その印象は──氷の女王だ。
美しく整った表情は彫刻のように動かない。
これは不機嫌なわけでも、呆れているわけでもない。
氷のように固まった無表情。
それは彼女の──罪園 リアムの特徴だった。
ただし、無表情であっても決して無感情ではなく。
罪園 リアムという人間が情に厚く、怖がりで、ノリが良く気分屋なところは知っている。
罪園は無表情のまま、クラッカーを握りしめていた。
やがて、鈴を鳴らすような声で告げる。
「祝福します。1万人を突破しましたね……以東くんのチャンネルの登録者数が。オリジナル3の一角として、弊社も鼻が高いです」
だ……大事な話、ってそれかぁ!?
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