祝いは肉だ
ミハルとのコラボ配信は無事に成功。
『ハッピー・エクリプス』の活動はエンゼル(ミハルのリスナー)にも広く受け入れられた。
俺たちが助けた『パンドラの希望』は固定ファンも多い人気パーティだったこともあり、彼女たちと共闘したオークプリーストとのバトルはバズり、ミハルだけではなく俺のチャンネルでも登録者数がどんどん増えている。
登録者数の増加で収益化申請の条件もクリアした。
そんなわけで、今日の晩ご飯は──
「アキ、喜べ。今日はすき焼きだぞ」
「すき焼き!? やったぁ、あたし大好き!」
テーブルの上に置かれたコンロでは、ぐつぐつと煮える鍋が置かれていた。
醤油と砂糖の焦げる香ばしい香りが食卓に広がる。
スーパーで買ったトレイの上には、バランス良く脂が混じった薄切りの牛肉が並べられており、その鮮やかな発色は見ているだけで食欲をそそるようだ。
「うわっ、これ和牛じゃん!」
「そうだぞ。母さんの仕事が上手くいったんだって。な、母さん?」
母さんは「ええ」と微笑んだ。
「アキちゃんから聞いたけど、リョウちゃんの配信も成功したのよね? 星羽ミハルさんとのコラボ配信、私もネットのニュースで見たわ。だから、そのお祝いも兼ねて、今晩はご馳走にしましょう♪」
「そーそー! お兄ちゃんってばすごかったんだよー! もう、ママも仕事がなけりゃお兄ちゃんの配信をリアタイできたのにねっ!」
「そ、そうね……」と母さんは苦笑いした。
残念ながら、母さんが俺の配信をリアルタイムで見ることはできない。
なぜなら──
コラボ相手であるミハルこそ、母さんなのだから。
「(まぁ、とてもアキには言えないが……)」
あらためてアーカイブで見てみたが、母さんが演じるミハルと古典的な王道ラブコメを演じる俺の姿は、第三者の目で見てみると……あ、あまりにもキツすぎる!
恋愛営業のことがバレたら、アキが非行に走ってしまうかもしれない……!
たとえばこんな感じで↓
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「はぁ? 信じられっない! 実の母親と息子でカップルごっこしてたの!? サイテー! 不潔! 淫行親子! 条例違反で磔刑に処す! ふんっ。あたし、高校には行かないからね。盗んだバイクで走り出して学校のガラス全部割ってやるんだからーっ!」
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↑やばすぎる
そ、そんなことになるのだけは阻止しなくては!
「(アキの学費を稼ぐためでもあるんだ。許せ、妹よ)」
「お兄ちゃん、お肉に火通ったかな?
ね、ね、食べてもいい!?」
「ああ、いっぱい食え……!」
割り下の味がたっぷりと染みこんだ肉を箸で取るアキ。
濃厚な溶き卵にくぐらせて、すき焼きを口に運ぶ。
「うんっ、うまうまっ!」
「母さんも、ほら」と肉を小皿に移す。
「ありがとう、リョウちゃん」
一旦、割り下だけで食べて肉を味わうのが我が家の流儀。
俺もできあがった肉を食する。
「……美味いな」
高い肉だけあって、脂が多いのにくどくない。
口に入れた瞬間、肉の旨みが広がり──
それから一拍置いて、染みこんだ醤油の甘い味わいが後から追いかけてくる。
肉だけを味わったら、次は野菜。
白菜とネギを入れて一煮立ちさせる──今度は野菜の味わいが割り下に混ざり、先ほどとはまた変わった味付けで肉を食べることができるのだ。
「(野菜レスコンボからの
野菜を入れたすき焼きと、野菜を入れないすき焼きは、同じすき焼きでも別の料理である。
そこに貴賤は無いが変化は不可逆──大事なのは順番だ。
野菜に火が通るまで、しばし待つとしよう。
──そういえば、気になることがあった。
「そういえば俺がミハルさんと一緒にオークプリーストと戦ってたときに、あいつの情報を書き込んでたコメント……あれ、アキだったんだな」
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:神奈川の厚木でも異常個体が発見されている
:厚木の報告ではA級数人がかりでも倒しきれなかった
:私調べ ソースはオフレコね
:U案件? これは意味わかんないけど
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後からアーカイブで振り返って初めて気づいた。
コメントを書き込んでいたのは「オータム」──アキのアカウントである。
「うん、そーだよ?」
「俺としては助かったけどさ。あんな情報、どっから手に入れたんだよ? A級冒険者が何人負けたとか、神奈川では云々とか……」
「半分はネットから拾ったやつ。SNSの書き込みとか動画やニュースサイトの書き込みとか、まぁ、色々」
アキがさらりと言うと、母さんは驚いて箸を置いた。
「あんなに早く情報を調べたの!?
アキちゃん、すごいわ」
「にひひ、それほどでも? あるけど? ねっ!」
自慢げに笑うアキは「あれ?」と目をぱちぱちする。
「ママ、お兄ちゃんの動画見てたんだっけ?」
まずい。
母さんがうっかり口を滑らせた……
ミステリの犯人みたいに!
俺の動画は見てないって設定にしてるんだからさぁ!
こうなったら誤魔化すしかないか。
「ア、アーカイブだよ。俺が無理矢理見せたんだよ、なぁ、母さん?」
「そ、そうよ。アキちゃんのコメントもその時に見たの」
アキは「へー、ママも動画見たんだ!」と食いついた。
「お兄ちゃん、珍しくカッコよかったよね。ミハルちゃんに「お兄さんお兄さん」って言われてデレデレしてんのは、ちょっとロリコンっぽくて嫌な感じだけど! なんかネットだとイケメン忍者とか中二ドラゴンとか呼ばれてるらしいよ、お兄ちゃんって」
母さんは「そうね」と相づちを打つ。
「あのときのリョウちゃん……本当に、格好よかったわね」
「母さん、コンロが近かったか?
ちょっと熱っぽい気がするが」
「熱なんて全然無いわ! 大・大丈夫よッ!」
「あー、それミハルちゃんの口癖だ! ママ、意外とダンジョン配信見てるんだねっ」
ミハルの話題になると、いつ母さんが口を滑らせるかわかったもんじゃない。
ここは強引に話題を変えるとするか……!
「アキ、ちょっといいか?」
「なーに?」
「さっき、情報源の半分はネットから拾ったって言ってたよな。じゃあ、残りの半分はどこから持ってきたんだ?」
「あー、それはリア姉。お兄ちゃんとミハルちゃんの配信を見てるときにチャットしてたんだけど、そこで色々と教えてくれたんだ~」
「リア姉って……
あいつ、俺たちの配信を見てたのか」
「聞いてなかったんだ!? っていうか、お兄ちゃんの配信なら全部見てるって言ってたよ」
「そうだったのか? 全然聞いてないぞ」
「うーん、そんならちょうどいいかも。この前のグリーンドラゴンの話もリア姉に共有してたんだけど、色々と気になってることもあるみたいだし。一回、リア姉と情報共有した方がいいかもね」
ピロン、とちょうどよくスマホに通知が来た。
メッセージアプリに着信がある。
【罪園 リアム】
:大切な話があります。
:以東くん、明日の予定は空いていますか?
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