コラボ配信、完了!
オークプリーストを倒した俺たちは、
キリが良いので配信を終えることにした。
カメラを停めてドローンの電源を切る。
俺とミハルがドローンを片付けていると『パンドラの希望』の二人がやってきた。
修道女の姿をした紫髪の女性──
パンドラは目を閉じて祈る仕草をする。
「星羽ミハル、イモータル・リュウ、本当に感謝いたします。あなた方のおかげで仲間のアイテムを守ることができました。全滅も免れることができて……お二人には、なんとお礼を言っていいものか」
「きゃはっ☆ 問題無し無し♪ ミハルたち、今日の配信ではレベル上げしようとしてたんだ。たっくさんモンスターを倒せたんで、むしろ大助かり! ねっ、お兄さん?」
ミハルの言葉に俺は頷く。
思えば、この人たちは俺よりもずっとキャリアも実力もある冒険者なんだよな……。
「礼には及ばないよ。というか……緊急事態とはいえ、C級冒険者でしかない俺が偉そうに色々と指図しちゃって申し訳なかったな。協力してくれて助かった」
パンドラは「いえいえ!」と手をパタパタと振る。
「オークプリーストを倒せたのは、あなたのユニークスキルのおかげです。見たところ、影を実体化させて操るスキルなんですね?」
「【
今のところは、俺の唯一の取り柄さ」
パンドラは細目がちな目元を鋭くする。
「先ほどの戦闘では、オークプリーストの背後からいきなり影が現れたように見えました。ただし、影を転移させる能力ではありませんね。なぜなら、あなたは我々に時間を稼ぐように頼んでいたからです」
「…………っ!」
「影は実際にオークプリーストの元まで移動していた……そのために時間がかかっていた。影を転移させる能力ではない。たとえば「地面に投影された影の存在を偽装する能力」といったあたりでしょうか。この能力ならば、時間稼ぎを要求した点と辻褄が合いますから」
流石はA級冒険者といったところか……!
一度見ただけで、ここまで俺のスキルを読み解くとは。
ミハルと俺はこっそりと視線を交わし合う。
「(まずいわよ、リョウちゃん!)」
「(ああ。どう誤魔化すか……!)」
地面に映っていた影の存在を隠していたのは、俺のスキルではなく、ミハルのユニークスキルによるものだ。
ただし、その能力の詳細をミハルは公開していない。
【
物体表面の質感を変化させるこのスキルは、ミハルが実年齢を誤魔化すための要となっているスキルでもある。
ミハルのスキルの詳細については隠す必要がある。
──とりわけ、ミハルのファンであるエンゼル(リスナー)に対しては!
俺はあらかじめ用意していた言い訳を説明した。
「あ、あれは俺の【
「そう、ですか……」
ふむ、とパンドラは云う。
「……我々も、受けた恩を仇で返すほどの外道ではありません」
「それは、どういう?」
「貸し一つ分はこれで相殺ということで。残りの借りた分については、そうですわね……いずれ、返済いたしますわ。いつか返す機会を楽しみにしていてくださいな、イモータル・リュウさん♪」
いたずらっ子のようにウインクするパンドラ。
目元の泣きぼくろが妖艶な雰囲気を醸し出して──
清楚なシスターといった第一印象が、小悪魔じみた蠱惑的なオーラに反転する。
「(こ、怖っ!)」
「くすくす。それでは、ごきげんよう」
その後、パンドラは仲間と一緒に去って行った。
ミハルは声を潜めて俺に耳打ちする。
「ねぇ、リョウちゃん。あの人って……」
「たぶん、バレてたな。
あれが母さんのスキルだってこと」
「そうよねえ……カメラを切ってて良かったわ」
素の母さんに戻りかけているミハルが息を吐いた。
俺も緊張の糸が途切れそうになり、気を引き締める。
「とりあえず、今日はこの辺にして戻るとするか」
と、そこに黒い影が現れた。
黒一色のツインテールの少女──
ミハル・オルタナティブである。
ミハルは「あら、この子……」と首をかしげた。
「リョ……お兄さんが操作してるにしては、なんか動作が女の子っぽくない?」
「今は索敵用のオートモードにしてるんだ」
【
ただし、オートモードでは単純な命令しかできない。
先ほどの戦闘のように「隠密性を保ったまま背後から奇襲する」といった精密動作が必要となる行動はマニュアルモードでしか実行できないわけだ。
そういうわけでオートモードは使いどころが限られるものの、便利な機能であることに変わりはない。
で、そのオートモードのミハル・オルタナティブだが。
黒一色の身体を持つ影人形は、戦闘中とは打って変わって女の子らしい仕草を見せていた。
無言で俺の前に立ち、
「どう? 私、がんばったでしょ?」
とでも言いたげな仕草で首を軽くかしげる。
「な、なんだこいつ……」
困惑するあまり俺が反応しないでいると、今度は少しだけ腰をくねらせて、胸元を強調するようなあざといポーズを取り始めた。
「!?」
ミハルと同じサイズの大きな胸が、わざとらしく上下にゆさゆさと揺れる。
まるで俺の視線を意図的に引きつけるかのように……!
ふと、横から冷たい声が響いた。
「……お兄さん?
それ、本当にオートモードなんだよね?」
「ミ、ミハル……?」
「お兄さんが男の子だってことはわかってるけど……うん。そういうことされると、ちょっとケイベツしちゃうかな☆ 倫理規定違反でBANされるかもだし☆」
「誤解だ、母さん!
これは本当にオートモードで……!」
どうして影人形が勝手にこんなことをするのか……!
くそっ、オートモードの仕様がわからんっ!
そんな風に騒いでいると──
ミハル・オルタナティブは頭を軽く傾けた。
「(もしかして……撫でろって言ってるのか?)」
☆☆☆
「女の子に嫌われるランキング、番外編っ!
──『頭を撫でてくるオトコ』。
頭を撫でられて「ぽっ」としちゃうのはアニメか漫画かソシャゲかラノベだけっ! たとえ好きな人相手でも、一瞬で恋が冷めること請け合いっ! お兄ちゃん、そういうとこ勘違いしそうだから気をつけてね? 勿論、あたしにやったりしたら死刑に処すから!」
☆☆☆
「と、以前にアキが言っていたが……」
これはやってみるしかないのか?
影人形の頭に触れて、さわさわと撫でてみる。
「…………ッ!」
影人形は「ぴょん」と軽く跳ねて、黒いツインテールを揺らして嬉しそうに舞い上がった。
その様子があまりに楽しそうで、俺も苦笑してしまう。
「とりあえず、大人しくなったか……」
満足したらしく、影人形は再び周囲の警戒に戻った。
おかしなポーズを取らなくなったのは幸いだが……なんだったんだ、今のは?
「……お兄さん?」
「あ、ごめん、ミハルさん!」
自分のコピーに変なことされたら気分良くないよな。
弁解しかけた俺に、ミハルは予想外のことを言う。
「その。ミハルも……撫でてほしいな」
「ええっ!?」
「ミハル・オルタナティブも頑張ったかもだけど。ずっとオークの群れ相手に大奮闘してたのは、ミハルも同じだし……ねぇねぇ、ミハルも頑張った……よね?」
「それはそうだけど……」
俺は片付け終わったドローンカメラを見る。
「今はカメラは回ってないんだし、別に「営業」しなくてもいいんじゃないか?」
あくまで俺と母さん──ミハルのイチャつきはリスナー向けの「恋愛営業」なんだ。
ミハルを撫でる俺……想像してみるとなかなかに配信映えするシーンかもしれないが、ラブコメにしても古典的すぎるところはあるしな。
俺がそう言うと、ミハルはきょとんとした顔をする。
やがて、ぽつりと呟いた。
「あ……そうだね。今日は帰ろっか☆」
「そうしようぜ。おっ、見てくれよミハルさん。今日の配信もネットニュースになってる……俺のチャンネルの登録者数も増えてるぞ!」
「ふーん。いいなぁ……」
「ミハルさんのチャンネルに比べたら全然だよ。俺のチャンネルは元が登録者数少ないからさ、前と比べると伸びがわかりやすいんだよな」
配信を終えて帰路に着く、俺とミハル。
そのときには──
俺たちの「恋愛営業」にとんでもない暗雲が立ちこめていることを、まだ知らなかったのだった。
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