VSオークプリースト(後編)

俺はミハル・オルタナティブを影に戻した。


影下分身シャドウメーカー】によって生み出した影人形は、影と人形の二つの性質を併せ持つ。

こうやって影に戻した状態から、いつでも影人形へと再び実体化させることができるのだ。


試しに、影に戻したミハル・オルタナティブにポーズを取らせてみる。

ミハルの足下で影が横ピースのポーズをした。


「(……やはりな)」


見渡す限りのオークの群れの向こうで……

オークプリーストが影の動きに目を光らせている。


オークプリーストは知能が高いらしい。


「おそらく、さっきの進軍の際にアイツは俺たちを監視していたんだろうな。俺のスキルが影を実体化させるものであることや、影人形の性質についてもある程度は理解してるようだ」


影の動向に注意を払っているのはそのためだろう。


──だから、ミハル・オルタナティブを封印する。


代わりに用いるのは「彼女」のユニークスキルだ。


「水鳥の池」で話していたミハルのスキル。


一念化粧ダブルフェイク】──自分が触れた物体表面の質感を変化させるスキルを、これまでミハルは自分の肌年齢を誤魔化すことや毛髪や眼の色を変えるためだけに使っていた。


だが、このスキルは使い方次第で無限の応用性がある。

俺のスキルとコンボした戦術もいくつか考案済みだ。


「ミハルさん。

 『シーク・イン・ザ・ダーク』で行くぞ」


「……りょーかいだよっ!」


ミハルさんは大剣を構えた。


足音が地鳴りのように伝わってくる。

それは波のように大きくなり、緑の山が鳴動した。


オーク、オーク、オーク!


【オーク生成】によって生産されたオークの大群。

オークプリーストの近くになるほど群れの密度は増す。


いくらミハルの圧倒的な攻撃力があっても、敵がオークを生産するスピードの方が早い。


正攻法ではオークプリーストには届かない──

だからこそ、俺はアイツをハメてやることにした。


まだ敵が気づいていないスキルをもって、な。

俺はミハルに作戦を伝える。


「とにかく時間を稼いでくれ。

 ──奴の隙を突いて、一撃で倒す」


「大承知ッ! ミハルに任せて、お兄さん!」


チーム『パンドラの希望』の二人も加勢した。


「時間を稼げばいいんだな」と斧を構える男。

「回復は私にお任せください」と言うパンドラ。


頼もしいぜ、二人とも。

──それに応えてみせる!



:盛り上がってきた

:何するつもり?

:シーク・イン・ザ・ダークつってたな

:エンゼルを代表して考察します

:英語でシークは「見つける」

:かくれんぼかも

:ハイド・アンド・シーク

:なんか映画で見た気がする名前



なんだと……!?

コメントを見て、俺は驚いた。


「シークの意味って「見つける」だったのかよ!?」


ならば訂正する必要があるな。

『シーク・イン・ザ・ダーク』、改め……



「作戦名『ハイド・イン・ザ・ダーク』だ……!

 いくぜ、みんな!」



オークの大群が金属の森を踏みしめ、

包囲網を狭めるように突進してくる。


最初の一体が飛びかかってきた。

鈍く光る剣を鎧で受けて、ミハルが大剣でなぎ払う!


切り伏せられたオークたちが倒れたことで、扇のように空き地が生まれた。

すぐさま空いた空間にオークの群れが殺到する。


一体、一体は強化を受けたとはいえ決して強くはない。

しかし数、数、数!


ミハルは踊るような動きでオークを殲滅していく。

挟撃を狙うオークにはパンドラと戦士の男が応戦した。


ここまでは戦線を維持できている……!


だが、大群が減ることはない。

まるで湧き出る泉のように次々と現れるオークの群れに、俺たちは包囲されつつあった。


包囲網は徐々に狭まってきている──

そんな中、俺は「影の操作」に集中していた。



:リュウくん、様子が変

:お前も前線に出ないと

:数が多すぎんよ

:いけ!いけ!

:?

のに…

:何か考えがあるのか

:お兄ちゃん…

:信じましょう

:やってくれるんだよな…!?



ああ、やってやるとも……!


ローブで隠れたオークプリーストの表情──

その醜悪な顔にいやらしい笑みが浮かぶ。


どうやら勝利を確信しているらしい。


その背後の地面。

何もなかったところに、突如、影が生まれる。


黒い塊は立ち上がる。


影は人の形をとり……

キュートなツインテールの少女となった。



:あれって

:ミハルオルタナティブか!?

:どうして さっきまで影なんて無かったのに

:エンゼルを代表して説明を求めます

:ハイド インザ ダーク

:「影にかくれる」…ってこと?

:いけー! お兄ちゃん!



影に戻した影人形は、影の状態でも俺は操作することができる。

その操作範囲はある程度は融通が利く……、そう、俺はずっと影を操作していたのさ。


オークの群れが踏みしめる足下、その下をくぐり抜けて、影はずっとオークプリーストの元に向かっていった──そして背後を取った瞬間、実体化したわけだ!



「グウッ……?」


不審に思ったオークプリーストが振り向いたが、もう遅い。

眼前に突如出現したミハル・オルタナティブを目の当たりにして、オークプリーストの笑みは消え去り、狼狽の表情へと変化する。


奴はずっと足下の影に注目していた。

なのに、影に気づかなかった理由とは──



「()」



ミハルはずっと触れていた──に。

足で地面に触れることでミハルはスキルを使っていた。


動いている影を動いていないように見せて──

ミハルの足下に影があるように見せかけていたのだ!


「オークプリーストは頑丈らしい。

 だったら……一撃でぶっ倒さないとなアッ!」


ミハル・オルタナティブが振り下ろしたグレートソードの攻撃──それが命中する寸前、ミハルの影から別の影の腕が出現する。


影の腕が手にするのは盗賊用のダガー。


オークプリーストに触れたダガーの攻撃はせいぜいがC級冒険者程度の強さであり、大したダメージにはならない……しかし!


「【造影付与】ッ!」


スキルポイントを割り振ることで進化した、

影下分身シャドウメーカー】の新たな能力を発動する。


【造影付与】──MPを消費することで、俺の所持するスキルを影人形に対して一時的に付与することができるスキルだ。


ミハル・オルタナティブは俺が生み出した影人形。

この影人形には俺が所持する【奇襲攻撃】を付与できるのだ。


「自分以外の冒険者とバトルしているモンスターに対する【奇襲攻撃】のダメージは……本来のダメージの倍となるッッッ!」


ミハルの【一念化粧ダブルフェイク】で隠していた影は一体じゃない。

俺とミハル、二体分の影を操作して地面を潜行させていたんだ!


俺の影人形がダメージを与えたことで「自分以外の冒険者とバトルしているモンスター」という発動条件を満たし、【奇襲攻撃】によって倍加したミハル・オルタナティブの攻撃がオークプリーストに与えられる。


日本で七人しかいないS級冒険者に匹敵、あるいは凌駕する暴力の化身の一撃……それの二倍のダメージだ。

いくら、オークプリーストがタフなモンスターだろうと──



「最悪の最悪、だろ?

 名付けて……シャドートライエッジさ!」


これで技名の披露も完了だぜ……あ。



「グオゴオオオオオオオオッッッ!」


断末魔をあげて消滅するオークプリースト。

本体であるオークプリーストが倒されたことで【オーク生成】のスキルの効果も切れて、オークの大群も消え失せていく。


だが、ここで俺は自分のミスに気づいた。



:いやいやいや

:3倍じゃなくて2倍じゃん

:トライ???

:最悪 ダサすぎ

:こいつ黙らせた方がいいぞ

:めちゃくちゃすぎて草



俺は必死にコメント欄に弁明した。


「いや、あの、本来は俺の影人形が最初に与えるダメージも含めるから合計で三倍になるんだよ。でも今回は実質的にミハルさんの影人形のダメージ二回分がメインだから……その……ああ……くそっ、畜生!」


まぁ、技名はともかく。


「(『パンドラの希望』の二人が助かって良かった)」


一息つく俺の元にミハルがやってくる。


「お兄さん、やったねーっ!」


「う、うん」


満面の笑みを浮かべるミハルの前で、気まずい俺。

そんな俺の手を取って、ミハルはカメラの前でポーズを決めた。


「ミハミハ~☆ 『ハッピー・エクリプス』は大絶好調っ!

 星羽ミハルと」


ちょいちょい、とミハルは俺の脇腹をつく。


「イ、イモータル・リュウが」


「みんなの空を、明るくするよっ☆」


こうして、俺とミハルの初コラボ配信は……

大成功。


またしてもバズりまくることになったのだった。


これにて一件落着。

オークプリースト、討伐完了!



☆☆☆



「……許せない。視聴者を騙している」


配信映像を見ながら、そう呟くのは一人の少女だった。


銀色の髪が夜空の月光をまとったように輝いている。

少女の瞳はサファイアの蒼。

深い湖のような眼は映像の中でイチャつく二人の配信者を映していた。


「初々しいカップル? ダン婚? 

 否定します。弊社は知っています、二人の関係を」


自らを「弊社」と自称する少女は独り、告げる。



──二人の関係は、親子。



「正義の元に告発します。見逃すわけにはいきません。

 ……以東くんの、妻として」

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