【番外編】以東家の食卓

※本日の更新は番外編です!


ある日の食卓。


母さん(ミハル)の配信の仕事が無い日の晩、珍しく以東家の家族三人が揃ってテーブルに付いていた。


「「「いただきまーす」」」と手を合わせる。


テーブルの上には茹で上がった真っ赤な蟹。

殻の表面には玉のような水滴が浮かび、箸を伸ばすだけでぷりぷりの身が見える気がする。


「ねーねー、お兄ちゃん。あたしの分の身を剝いてよー」


「仕方ねえな。ほら」


ハサミで殻を割り、先の細い器具を脚に突っ込んで身をこそぎ取っていく。

花のようにほぐれた蟹の身が皿の上に集まってきた。


「えいっ」と母さんが力ずくで蟹を割るのを見て、


「手に匂いが移っちゃうぞ。母さんの分も俺がやるから」


「あら、いいの? お願いするわ♪」


「ちょっとちょっと、あたしの方が先だかんね!」


「うふふ。蟹は逃げないわよ、アキちゃん」


「いーやっ、逃げる!

 もう目が食べたいもん、あたし!」


なんて言っていたり。


「母さん、昔から蟹が好きだよな」


「そうね。食べる方は苦手だけど……」


と、言っているとアキが相づちを打つ。


「あー、それミハルちゃんも言ってた!」


ミハル。

星羽ミハルの名前が出てくると、俺と母さんが凍りついた。


「蟹ってさ、美味しいんだけど。食べる手間を味が上回ってくるのに時間がかかるから、マジで好きじゃないとなかなか手が出ない……とか言ってたんだよね~」


まずい、最悪の最悪だ。

母さんの方を見ると、すっかり箸が止まって青い顔をしてる。


星羽ミハルの正体は母さん。

あのキャピキャピにキャラを作ってる自称JK配信者の正体は母さんなんだ。


ミハルと母さんの共通点は蟹が好き。

そんなところから正体にたどり着かれる可能性もある。


まだアキは気づいていないようだ。

なんとか話題を逸らさないと──


「な、なぁアキ! そういえば気になってたんだが」


「ん。なーに?」


「お前、ミハルさんが推しだって言ってたけどさ。それ本当か?」


「ホントだよ。あたし、ミハルちゃんが中学生の頃から大好きだもん」


「それはおかしいぞ。だって俺がミハルさんを助けた日ってミハルさんも配信してたんだろ? だったら、普通は推しの配信を見に行くはずじゃないか」


けれども、あの日はアキは俺のチャンネルの配信を見てた。


「本当にミハルさんが推しなら、あっちの方を見にいくだろ?」


そう言うと、アキはなんでもない顔で答える。



「え、だってそしたらお兄ちゃん一人になるじゃん」



「…………」


「ミハルちゃんの配信ならアーカイブで見ればいいし……ってどしたの?」


「……アキ。今日はたっぷり食え。蟹の身だって俺がいくらでも剝いてやる!」


「え、なんで急に気合い入れてんの?

 うっわ、勢いがキモ!!!」


くそ、不意に泣きそうになっちまったぜ。


ふと、母さんを見ると……

俺たちの様子をニコニコして眺めているのだった。



番外編【以東家の食卓】 おしまい



※次回はふたたびオークプリースト戦に戻ります!

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