これより恋愛営業を始めます
「年上らしくミハルに頼れるところを見せる」
という作戦。
ダン婚マスター肝煎りの策……
この作戦には大きく分けて二つの「欠点」があった。
一つは俺よりも母さんの方が年上だということ。
そして、もう一つは……
「えーい☆ ミハミハ・ストラーシュッ!」
「あ、あの……ミハルさん?」
「きゃははは、ちょろいっ!」
「…………」
そこで行われていたのは、一方的な蹂躙だった。
ミハルの小柄な身体よりも大きなグレートソードが振るわれるたび、周囲のモンスターたちは年末の大掃除で片付けられるホコリのように払われていく。
速度においても、俺は追いつくことができない。
ミハルは冒険者としてのランクはA級だが、
「日本に七人しかいないS級冒険者と同等を誇るステータスの暴力……!」
俺たちはC級冒険者の適正レベルであるダンジョン20階に到達したが、この階層のモンスターではミハルとは勝負にならない。
ゴーレムのボディは過剰な攻撃力によって砕かれる。
オーガの棍棒は堅牢なる防御力の前では無意味。
魔法防御力も隙が無い──
サラマンダーの雷の矢は鎧の表面を撫でるばかり。
コカトリスの石化毒さえも強靱な抵抗力で弾かれた。
これがミハミハスタイル……!
力押しを超えた力押し。
ミハルが剣でなぎ払うたびに、パーティを組んでいる俺にも経験値が入っていく。
俺にとってはありがたい話……ありがたいの、だが。
俺は背後で追尾してくるドローンに目線を寄せた。
コメント欄の書き込みが音声となって聞こえてくる。
:お兄ちゃん、もっと前に出て!
:オイオイ
:完全にお荷物やな
:「足手まといにはならない」キリッ
:棒立ちしてるだけの簡単なお仕事です
:ゲンメツ~
:顔だけ星人じゃんね
:影になるのはスキルだけにしとけ
:まぁミハぴはA級だし…
:パーティ組む意味ある?
:エンゼルを代表して叱咤激励の必要がありますね
:これもうミハぴだけでいいんじゃないかな
く、屈辱だ……!
ミハルに良いところを見せるどころか──
「(リスナーのあいだでも既に蔓延し始めているぞ。イモータル・リュウ不要論が!)」
焦る俺の前に転機が訪れた。
「ミハルさん、宝箱だ!」
それも鍵付きのやつ。
ダンジョンではモンスターを倒したときや隠し部屋を見つけたときに、たまに宝箱がドロップすることがある。
「(俺の見せ場を作る機会だぜ!)」
「ミハルさん、俺に任せてくれ。【解錠】なら先日、スキルポイントを割り振ったばかりで……」
「えーい☆」
グシャア……ッ!
宝箱は大剣の一撃で潰された。
「は……?」
「きゃはっ、煌星晶をゲットだねっ」
ミハルの手にはきらきらと輝く
俺はその様子を見て戦慄する。
「ば、馬鹿な……!?」
確かに宝箱もダンジョン内のオブジェクトの一つ。
宝箱の耐久力を上回る攻撃力でダメージを与え続ければ破壊は可能、とはいえ……せいぜい変わり種の配信者による【宝箱、無理矢理壊してみた】動画のネタに過ぎないはずだ。
それに……!
俺はとっさに自分の影に触れてスキルを発動する。
「
「え──!?」
実体化した俺の影は、砕けた宝箱の破片とミハルの隙間に入り込んだ。
その瞬間、紫色のガスが噴出するっ…!
「ぐっ……!」
ガスの正体は宝箱に仕掛けられた罠である。
【解錠】に加えて【罠解除】のスキルを使用せずに開けた場合、こういったトラップが発動することがある──幸い、影人形が盾となったことでミハルにはダメージは無かった。
影人形へ与えられたダメージは半分が本体にもフィードバックする。
俺のHPが削られたことで鈍い痛みが走った。
ミハルは慌てた様子で俺の元へ駆け寄る。
「お、お兄さん!? どうして……」
「どうして、って。ミハルさんこそ、あんな危ない真似をしなくてもいいじゃないか」
「平気だよ……ミハルはステータスだけは高いから、ちょっとくらいの罠を踏んでも大・大丈夫だし。HPへのダメージだって、ほとんど無いもの……」
ほとんど無い、か。
確かに、この階層くらいの罠だったらミハルにとっては無傷も同然かもしれない。
それでも「無傷も同然」は「無傷」じゃない。
「ダメージを食らったら、痛いだろ」
ミハルはこれまで、ずっとソロ攻略をしてきた。
通常なら魔法攻撃役、回復役、偵察役、特定モンスター対策、といった役割配分をするパーティ攻略が基本であるダンジョンにおいて、たった一人で多くの役割をこなしてきた。
ミハミハスタイルは単なる「脳筋」じゃない。
物理攻撃に対する耐性を持つクリーチャーや、鍵のかかった宝箱や、罠をステータスでゴリ押ししていったのは……きっと、それがソロ攻略の最適解だったからだ。
でも今はパーティを組んでいるんだ。
ミハルには俺がいる。
「俺の職業(クラス)は
俺がそう言うと、ミハルは「ご、ごめん……なさい!」と頭を下げた。
「ミハル、他の人と組むのに慣れてなくて。ひとりで突っ走っちゃった。さっきだって、お兄さんがダメージを受けちゃったし……」
「気にしないでくれ。俺が勝手にやっただけだ」
「それでも、ごめんなさい。……怒ってる?」
「怒ってるわけないだろ」
「でも、顔が怖かったよぉ。大激怒してるのかも、って思っちゃった」
「それは、すまん。悪いことをしたな……」
今度は俺が頭を下げた。
お互いにペコペコしていると、
なんだか、おかしくって。
俺たちは──次第に、二人で笑い合うことになった。
:なんか良い感じ
:ミハぴにも春が来た
:年上らしいとこ見せてるじゃん
:シーフがいると便利やね
:やっぱパーティは組んだほうがいい
:付き合ってんのか?
:ミハミハスタイルも好きだけど
:お兄さんって言われてデレデレしてる
:むかつく
コメント欄の俺への当たりも優しくなってる。
ん、もしかしてこれって……
「そういうことかよ……!」
脳裏によぎる作戦会議の記憶。
『初めてのパーティメンバー、年上のお兄さんの頼れる姿にミハルはドキドキ☆』!
目の前のミハルは「ぽっ」と言ってそっぽを向く。
なんてわかりやすいんだ。
これが古典ラブコメのデレ仕草ッ!
「(全部、ミハルの……母さんの手のひらの上だった、ってことか!)」
母さん、見直したぜ。
流石はダン婚マスターを名乗るだけはある。
よーし、もっとリスナーに良いとこ見せるとするか!
☆☆☆
「ぽっ」と口に出して、星羽ミハルはリョウから目を逸らした。
心臓の鼓動が高鳴っている。
──ミハルさん、俺を頼ってくれ
リョウの言葉が残響するように耳元に残っている。
──女の子に痛い思いなんてしてほしくないんだよ
「(お、女の子……うふふ)」
ウキウキと心が浮ついていることに気づき、慌ててミハルは気を引き締めた。
「(違う、違うわよ、春子! 今のリョウちゃんは恋愛営業してるのよ。そう、あれは演技、お芝居、あくまで営業……なんだから!)」
ううう……。
目に入れても痛くない可愛い息子に、なんてことを。
不純極まりない欲望──
邪な思いを追い出すように、春子──ミハルはダンジョン攻略に気を戻そうとする。
そこにリョウの声が飛び込んできた。
☆☆☆
「ミハルさん……ミハルさん!」
「はっ!? 違うのよ、そんなこと考えてないわっ!」
「え、何が?」
ミハルの様子がおかしいが、それどころじゃない。
「なぁ……今、悲鳴みたいな声が聞こえなかったか?」
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