ダン婚マスターズガイド
そんなこんなで、俺たちはダンジョンの中に入った。
俺は黒衣の忍者装束をバッグから取り出して装備する。
一方、母さんはというと。
「【
カツラとカラコンを外した母さんはユニークスキルを発動し、身も心も「星羽ミハル」へと変身した。
左目の下あたりにハートマークが浮かび上がる。
変身した母さんはこれまでとはオーラからして別人だ。
うっすらと光を放っているようにすら感じる。
これがダンジョン配信界のアイドル、星羽ミハルか。
「(流石だぜ……!)」
そのプロ意識に敬意を表して、俺もここではミハルと呼ぶことにしよう。
「ミハルさん、俺は配信の準備ができたよ」
「オッケー! ミハルも準備かんりょーっ!」
俺たちはカメラ付きのドローンをセットした。
空中に浮遊するドローンには俺やミハルがターゲットとしてマーキングされており、俺たちの行動に合わせて飛行しながら、AIで計算された最適なアングルで映像を配信する。
周囲には他の冒険者はいなかった。
きっと、上層に向かって攻略を始めているのだろう。
『メイズポータル』のアプリを起動すると、ダンジョンの名称が表示された。
「今日のダンジョン名は『樹鋼の幽獄塔』か──」
良いネーミングをしてるな。
もしも俺が名付けるとしたら、最低限でも世界樹ユグドラシルか高木神タカミムスビを絡ませたいところだったが……これ、誰が名付けてるんだろ?
外から見た塔の大きさは半径10メートル程度だったが、ダンジョンにおいては外観のサイズは当てにならない。内部の空間は拡張している──広大なエントランスのようになっているダンジョン一階を見回し、俺は金属質で出来ている内壁を撫でた。
「冷たいな。それなのに見た目は樹木みたいだ」
面白い。
果たして、どんなモンスターが出てくるのか……?
今日の俺は力を試したくてウズウズしているのだ。
「お兄さーん!
周りに人もいないし、早速ここで始めちゃう?」
「そうだな。ちょうどいいんじゃないか」
俺たちはカメラに向かって配信を始めることにした。
3,2,1……アクション!
「ミハミハ~☆ 今日もミハルは大絶好調っ! 今日は特大ゲストを呼んでます。かもんっ、べいびーっ!」
俺はミハルの横に立つ。
「イモータル・リュウだ。冒険者、ランクはC級。このたびはミハルさんとパーティを組んでダンジョンを攻略することになった……いわゆるコラボ配信だ。いや、呉越同舟とでも呼ぶべきかな……」
スマホが振動する。
通知の内容は画面を見るまでもなくわかった。
「(俺のチャンネルに接続者が入ったようだな……)」
コメント欄に書かれたテキストが合成音声で読み上げられて、俺の耳元のイヤホンから聞こえてきた。
:うおおお やっぱミハぴとのコラボ!
:待機してました
:匂わせ露骨やったんもんな
:さっそく何か言うとる
:ミハルちゃんの前でキモいこと言わないで
:呉越同舟は意味違うぞ
:雰囲気で言ってるなコイツ
:ミハぴは敵じゃない!
:リュウくん、声がいいなぁ
:顔も好き
:Dネームは何の何?
:エンゼルを代表して監視する必要がありますね
:相変わらずで草
今日の配信は俺とミハルのチャンネルでそれぞれ個別に同時配信している。
リスナーはどちらのチャンネルで見てもいいのだが、ドローンはそれぞれの冒険者に密着しているため、自分が見たい方の冒険者の視点で見た方が得だ。
当然ながら、ほとんどのリスナーはミハルの方のチャンネルで配信を見ている。
底辺の俺と人気配信者のミハルでは元々の知名度が段違いであるためだ。
けれども……
「俺のとこで見てくれてる人もいるんだな。
ありがとう」
画面の向こうのリスナーに感謝する。
この人たちが俺のファン1号ってことだ!
(※妹のアキを除いて)
ミハルもコメントに返事しているようだった。
とりあえず自己紹介は済んだので、今日の配信の流れをミハルが説明することになる。
「今日は私たち『ハッピー・エクリプス』の初攻略! まずはダンジョン上層を目指して進行していくね。お兄さん、レベルはいくつなんだっけ?」
「レベル75だ」
つい先週まではレベル3だったが、
そこは言わなくてもいいだろう。
「うーん、となると適正レベルの階層は20階あたりかも。今日はお兄さんが強くなれるように、ミハルがガンガン協力するよ♪」
「それはありがたい。
俺も足手まといにならないようにする」
「ぐんぐんレベルアップしようネ☆」
そう言ってウインクするミハルは天使みたいだ。
現役女子高生という自称が実は真っ赤な嘘で、その正体は俺の母親である──という事実を頭から消すことさえ出来たら、の話だが。
──さて。
ここからは母さんとの打ち合わせどおりに行こう。
☆☆☆
数日前のこと──
妹のアキが不在の自宅リビングにて。
「リョウちゃんはダン婚について勉強したことがあるかしら?」
「あるわけないだろ」
俺が呆れて言うと、母さんは得意げな顔をした。
「じゃあ、星羽ミハルとの恋愛営業についてはダン婚マスターであるお母さんに任せて。きっとカンペキな計画を立ててみせるわ!」
「ダン婚マスター……ダン婚の達人なのか? 父さんとはダン婚だって聞いたけど、他にも経験が……?」
「え、無いわよぅ!?
私はリョウちゃんのパパ一筋よ!」
母さんはブンブンと首を横に振る。
そうか……と、俺は安堵した。
実の母親の恋愛遍歴を聞くことほど気まずいことはないもんな。
「でも、それなら母さんはダン婚マスターじゃないと思うぞ」
まず、ダン婚マスターとやらが何かわかってないが。
母さんは「ふふっ」と笑う。
「リョウちゃんはこんな言葉を知ってるかしら? ”愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ”という格言があるのよ」
「『鉄血宰相』の異名を取ったドイツの政治家、
オットー・フォン・ビスマルクの言葉だな」
母さんは頷いた。
「最近のダンジョン配信界は空前のダン婚ブームですもの、本もいっぱい出ているわ。どこの本屋さんに行ってもダン婚で知り合った冒険者カップルの実話本が並んでいるし。インターネットの恋愛小説を見ても、どれも『底辺配信者の俺がダンジョンで美少女配信者を助けたらバズっちゃってモテちゃってもう大変だし俺のユニークスキルは一見使えなさそうに見えるけど実は世界最強で陰陽師』とか、そんなんばっかり!」
「待て。陰陽師って何だよ陰陽師って」
「なにって、冒険者になる前の前世は平安時代の陰陽師だった、っていう話だけれど。これは現代のトレンド、定番中の定番よ?」
「よくわからないが、母さんはその手の実話本とか恋愛小説をたくさん読んでるからダン婚に詳しいってことか……」
それで人呼んでダン婚マスター。
まぁ、俺も恋愛関係は苦手だから……
母さんに任せるとするか。
母さん改め、ダン婚マスターは託宣を下す。
「まずは第一弾っ!
『初めてのパーティメンバー。年上のお兄さんの頼れる姿にミハルはドキドキ☆』よ♪」
「年上のお兄さん、だとぉ……!?」
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