まるでデート
「ミ……ミハルさん、ちょっと近すぎないか?」
「まだカメラを回してないから『お母さん』でいいわよ、リョウちゃん」
ぎゅむ、と狭いボートの中で母さんが密着してくる。
『水鳥の池』の中心に出現したダンジョンに向かうため、俺と母さんは二人乗りのスワンボートに乗り込んでいた。
ミハルの姿をした母さん──彼女のピンク色のツインテールが夜風に揺れている。
その度にふわりと甘い匂いが漂ってくるのを意識した。
普段の母さんが付けている清涼感のある石けんの匂いとは違う、大人びた香水の香りだ。
俺は邪念を振り払い、足下のペダルに集中する。
「懐かしいわね。リョウちゃん、覚えてる? まだリョウちゃんが小さい頃にはよく一緒にここに来ていたわね」
「そうだっけ?」
本当はしっかり覚えてる。
だけど、俺はそしらぬ顔ですっとぼけた。
母さんは小鳥のように口を尖らせた。
「そうよぉ! リョウちゃんが向こう岸にボートを止めて陸に上がったから、係員の人に大きな声で注意されたじゃないの。やめてください、上陸しないでください、って……スピーカーで池の周りみんなに聞こえる声で。私、あのときは恥ずかしかったんだから」
「母さん……どこで人が聞いてるかわからないんだし。
念のためにミハルでいこうぜ」
「あら。それもそうね──」
母さんは「よしっ」と気合いを入れた。
「ミハル、今日はお兄さんとコラボできて楽しみ~。
いっぱいレベル上げしようね♪」
うっ。温度差で風邪をひきそう。
「そういえばミハルさんのWikipediaの記事を読んだんだけどさ。ミハルさんって公式にはユニークスキルを非公開にしてるんだな」
「うんっ。だってだって、ミハルのスキルがバレたらエンゼル(リスナー)のみんながビックリしちゃうでしょ?」
星羽ミハルのユニークスキル──
【
物体表面の質感を変化させることができるスキルだ。
母さんはこのスキルで肌や瞳や髪色を変えることで「星羽ミハル」という別人になりすましている、ということだったが……。
たしかにそんなスキルがあると知れたら、エンゼル(リスナー)にも若作りの秘密がバレてしまうかもしれない。
って、あれ?
「冒険者のスキルはダンジョンでしか使えないよな?」
「うん」
「だったら、今のミハルさんはどうやってその姿になってるんだ?」
「今は普通に変装だよっ」
と、ミハルは髪の毛に手を差し入れた。
ウィッグの隙間から栗色をした地毛が見える。
「目はカラコンで髪はカツラ。だけど戦闘のときになったら激しい運動になるし、外れちゃうかもだから……ダンジョンに到着したらスキルで変身するね」
「その精度で変装できるなら、最初からスキルなんていらないんじゃないか?」
「お兄さん、最近のドローンカメラの画質はすごいんだよぉ? ウチのは業務用の最新式だから、ピント次第ではお肌の毛穴までバッチリ映しちゃうんだから。そういう意味では、ミハルのキャラを守るためにはユニークスキルが必須なのっ!」
「そういうもんか……」
俺は横の席に座るミハルを盗み見た。
月明かりだけが星羽ミハルを照らしている。
その肌はきめ細かく、なめらかで輝くように透き通っていた。
夜風に当たる頬は子供のようにぷるんと柔らかそうだ。
「…………」
化粧の技術で若作りしてるのは知っている。
でも、この肌はどうだろう?
近くで見てもシワ一つ無いし、俺の目ではどんなに注意しても厚塗りの化粧跡すら見つけられれない。自然の美しさ──更に注目を重ねていると、頬に赤みが増したような気がする。
「リョウちゃん……あ、あまり見ないで」
「あっ、ごめん!」
思わず「星羽ミハル」の演技が破れる。
どうやら、母さんは素で恥じらっていたようだ。
母さんも女性なんだ。
今の様子はまじまじと見られたくないはず。
「私、やっぱり変かしら?」
「ううん。ミハルさんは綺麗だよ」
「なら……良かったわ。息子のお世辞でもね」
「お世辞じゃないよ。
それと、今は星羽ミハルだろ?」
「──そうだね。ありがとっ、お兄さん! ミハル、そうやって口説かれちゃうと……真に受けちゃうぞ~、なんてネっ!」
【
ん? 一つ、思いついたことがあるぞ。
「なぁ、ミハルさんのスキルなんだけど。
もしかして……とか、できるんじゃないかな?」
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